こぽこぽ、珈琲

こぽこぽ、珈琲: おいしい文藝 (河出文庫 ん 5-1)

 こちらの本でも、佐野洋子さんのお話が印象に残りました。

 

P75

コーヒー 佐野洋子

 

 名曲喫茶のベートーベンも、ジャズ喫茶のMJQも、音楽が好きでなかった私は喫茶店が好きでなかった。おまけに私は、コーヒーの味がわからなかった。知ったかぶりの友達が、コーヒーはブラックで飲むのが通だと言えば、コーヒーにミルクも砂糖も入れずに飲んだ。おいしいんだかまずいんだかわからないんだから、ブラックで飲んでも一向にかまわなかった。

 ・・・

 時々友達の家に遊びに行くと、友達が、「今兄貴がね、コーヒーにこっているの、飲ませてくれるわよ」と言われると真底困った。東大の大学院のいかにも秀才風の兄さんが、「これはキリマンジャロなんです」とうやうやしくコーヒーカップをはこんで来たりすると、「わぁおいしい、やっぱり全然味が違うわ」などと私はつい言ってしまい、自分が正直でないことに腹が立った。つい言ってしまったあと、「じゃあ今度はブルーマウンテンにしてみようか」などと言われると、私は「わあ、うれしい」と言ってしまう。

「兄さん、今日のすこし苦いわね」「ちょっと、細かくひきすぎたかなあ」などと兄妹仲よくやっているのを見ると私は、なんちゅう兄妹かとさえ思ってしまう。思いながら「あらとってもおいしいわ。コーヒーらしくて私好きよ」とミルクも砂糖も入れていないコーヒーを飲んでいる。そして、いつまでたってもコーヒーの味がわからなかった。

 違う友達の家に行った。古いお屋敷で、薄暗いアトリエがあった。アトリエの中で、白髪の初老の人がチェロをひいていた。大きなキャンバスにフラ・アンジェリコの受胎告知の模写が半分くらい出来上がっていた。何ともいえず、不思議にあらゆるものが調和していた。

「あんたのお父さん有名な絵描きさんなの」私はたまげて聞いた。「あれ?趣味だよ」「じゃ音楽家なの」「あれも趣味。おやじ生まれてから一度も働いたことないの、全部趣味で生きてるの」彼は父親を憎んでいるように笑った。

 茶の間に行くと、お母さんがはた織り機でマフラーを織っていた。紫色と青色の美しい織物があった。「うぁ、いい趣味だなあ」「これは趣味ではないの、生活のため」友達がすかさず言った。初めて会うお母さんは私をジロッと見て「お前ら、何か食べたいか」とにこりともせずに言った。「お前食うか」と友達が言った。「食う」と私は言った。

 お母さんは、おにぎりを三つ四つ入れた皿を持って来て、「食いな」と言った。かぶりつくと中にチーズが入っていた。あとにもさきにもチーズ入りおにぎりというのは初めてだった。

「おふくろ、これはひどいよ、何でチーズなんだよ」「そうか、まずいか、まずいだろうなあ」しかし、私には友達が、そんな母親をものすごく愛しているような気がした。私も、おにぎりにチーズを入れてしまうような人が好きだった。私たちが笑っていると、アトリエからお父さんが出て来て、「コーヒーでも入れますか」と言った。白髪のお父さんは長いことかかって、古めかしいコーヒーカップにコーヒーを入れてくれて、「お砂糖はいくつ?」ときいた。「私何もいらない」「いやうれしいね、コーヒー通だね、入れ甲斐があったね」と白髪の人が言った時、私はよかったと思った。

 私は、一生働かないで趣味で絵を描き趣味でチェロをひいている白髪のお父さんが好きだった。おにぎりにチーズを入れて生活のためにマフラーを織っているお母さんが好きだった。チーズのおにぎりを作る奥さんと息子とその女友達のために入れてくれたコーヒーは、フラ・アンジェリコとバッハの世界につながっているようだった。私はそのコーヒーをおいしいと思った。コーヒーの味のわからない私の嘘を信じてくれたお父さんに嘘を言ったことを、私は後悔しなかった。