森博嗣さんの考え方、フムフムと思うところ、それはどうかな?と思うところ、色々あり、思考のマッサージになった感覚です。
P25
・・・僕は、一般の大勢の方とは異なる金銭感覚を持っているらしい。自分では、全然問題でもなんでもない。僕は、自分が使いたいものや、欲しいものを買うために、お金を使っている。
そんなことは、誰でもそうだろう、と皆さんはおっしゃることだろう。しかし、僕から見ると、大勢の方は、自分のためにお金を使っていない。誰か人に見せるために使っているのである。そこが決定的に異なっているように感じる。
僕が、お金の使い方を知らない、というのは、人に見せるための使い方ができない、という意味だ。これを突き詰めていくと、人から羨ましがられたいという気持ちが欠如している点に原因がある。僕は、人から憧れられたり羨望されたりすることに価値を感じない。その方面の感覚がもともとない。それを感じ取る能力が、きっとないのである。
逆にいえば、多くの方々が、あまりにも周囲の他者を気にしすぎているのではないか、という点を、少しだけ強調しておきたい。僕自身には無関係なので、そんな主張をしたいわけではないけれど、本を書いているのだから、ある程度は社会的というか、一般に役立つような知見が求められるだろう、と想像して書いている。
P30
諄いようだが、良い悪いの問題ではない。僕のやり方に対して、賛同を求めているのでは全然ない。違う価値観にときどきは触れて、新しい考え方を取り入れることで、それぞれが得をすることが往々にしてある。そういったヒントになることを各自が見つけて、自分に活かしていただければ、この本を読んだ時間が無駄にはならないだろう。
P46
ちょっと想像してみてもらいたい。もし、写真を撮って人に見せることができないとしたら、それを買うだろうか?それを食べにいくだろうか?その場所へ出かけていくだろうか?
いや、それならしません、と答える人は、自分が本当にしたいことを見失っているように思われる。自分が満足できるもの、つまり自分にとって価値あるものに、自分のお金を使っていないことになるからだ。
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もちろん、人それぞれであって、自分はみんなから注目されたい、大勢のアイドルになりたい、という欲求を強く持っている人もいるだろう。しかし、世の中の多くがそうなってしまっているのは、どう見ても不自然な感じがしてしまう。
P68
・・・若くして結婚をした僕は、まえがきに書いたとおり、奥様になった人と、数々の約束をした。まず、僕が稼いだ給料は二人のものであり、それぞれが一割を遊びに使う。残りの八割を共通費として家庭を維持していこう、というものだった。
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かなり貧乏だったのだけれど、お金が不足した場合は、食費を削れば良いし、着るものも買わず、ずっと同じ服装で良い、くらいには考えていた。そういうものを「必要だから」と買うことには、もともと反対だった。
遊びに使うもの、自分が欲しいものは、全体の一割の金額をやりくりして、それぞれが自分の好き勝手に使えば良い。・・・
僕たちは、これを「防衛費」と呼んでいた。当時、日本政府は、ずっと防衛費一パーセント枠を維持しているようだったので、自分の家庭でも、防衛費十パーセントを厳守することにしたのだ。これには、自分の趣味を守る、自分の嗜好の権利を守る、というような意味合いがあったと思う。すなわち、好きなものにお金を使うことは、攻撃するのではなく、自分を防衛する行為だという認識である。
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贅沢はいけない。最低限のもので良い、といつも言っていたように思う。そういう慎ましい生活に、僕はまったく抵抗がなかった。・・・毎日、おにぎりだけでも良い。僕は朝と昼は食事を抜いてもかまわない人間だ。一日に一食で充分。・・・ただ、これにつき合わされた奥様は、あまりにも惨めだ、と思われたかもしれない。当時の僕は、思想を正しく持てば、感情は抑制できると信じていて、とにかく、彼女を諭すことしかしなかった。今となっては、これを反省している。若かったのである。
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結婚して二年めと三年めに子供が生まれた。・・・子供に着せる服も買えないから、奥様は、ミシンですべてを自作していた。そのミシンは、結婚したときに彼女が嫁入り道具で持ってきたものだった。そのミシンがあるとき故障して、僕が分解して直そうとしたのだが、逆にもっと酷い状態になってしまった。このとき、奥様が大泣きしたのを覚えている。ミシンは、もちろん修理屋に出して、お金をかけて直してもらった。
また、電子レンジが欲しかったので、奥様は、どこかのプレゼント企画にハガキで応募をしていたようだ。これはいっこうに当たることはなく、結局、ボーナスが出たときに電子レンジを買うことになった。
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幸い、運良く大金を得て、僕たちは以前よりは多少自由に暮せるようになった。僕も奥様も、親しい友達はいないし、親戚づき合いもない。お金に不自由することはなくなったので、欲しいものはすぐになんでも買える。でも、特に高いものを欲しいとは思わない。それは、自分たちが欲しいものが、しっかりとイメージできているからだろう。
僕は相変わらず、毎日工作を楽しんでいるし、奥様は、アトリエで絵を描いている。ただ、とても広い土地に引っ越したから、同じ場所に住んでいても、滅多に出会わない。犬が数匹いて、犬の声がときどき聞こえるから、あちらにいるのだな、と方角がわかる程度である。
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これまでの人生、約六十年を振り返ってみて、まず思いつくこと。それは、お金に困ったことがない、という事実である。貧乏だと書いたし、奥様がそのことで苦労されたこともあるのに、その言い草は何だ、とお𠮟りを受けるかもしれないけれど、実際、お金に困ったことはない、と言い切れる。・・・
かといって、反対に、お金に恵まれていた人生だったな、という感慨もない。お金がいくらあるかは把握してるけれど、そんなことは、ほとんどの時間は忘れているといっても良い。・・・
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お金は、とても大事なものだし、お金がないとできないことは多いけれど、僕は自分の持っているお金でできることしか考えない。これは、壁を通り抜けることはできないから、ドアから出ていくしかない、と考えることと同じだ。自分にできないことは、普通は考えないのではないか。他者がやっているから自分もやりたい、という欲求が僕にはまったくない。そもそも、他者に対して興味を持っていない。
お金に困ったことがないと書いたが、例外が、これまでの人生で二回ある。一回めは、大学生の頃に、友達と漫画の同人誌を作ることになり、その印刷代を各自が持ち寄ることに決まった。そのとき自分の持っている小遣いでは足りなかったので、それまでに集めた漫画の本を全部売った。二万円くらいになったかと思う。もう一回は、三十七歳のときに、線路をもう少し長く敷きたいと考えて、バイトで小説を書いたときだ。これは、結果的に二十億円にもなった。
どちらも、僕は自分の個人的な欲求のために、お金を得ようとして、その目的を果たしたわけである。ただ、それだけのことだ。幸運とはいえるかもしれないが、威張れるようなことでもないし、また恥ずかしいことでもないだろう。
P84
お金は、減らすことで、初めて価値を生み出す。持っているだけでは、なんの価値もない。・・・これは、投資を促すために、しばしば語られる文句でもある。
極端な話をするなら、持っている紙幣で焚火をすれば、お金は確実に減る。そんな馬鹿なことをする人間はいない、と思うかもしれないが、・・・かなり貴重な体験であり、一種のアトラクションになるだろう。自分がそれをどう考えるのか、という機会を演出してくれるかもしれない。・・・
僕の母親は、百万円の札束をオーブンレンジで燃やしたことがある。僕が子供の頃の話だ。これはニュースになった。あちらこちらにヘソクリをする人だったので、こういう失敗があったわけである。ちなみに、僕と結婚した奥様は、このニュースを知っていた。「あのニュースの人が君の母親か」と驚いた。僕は名古屋に住んでいたのだが、彼女は大坂の人だ。あのニュースはそれほど全国区だったのである。
とはいえ、常識的には、お金は有意義に使いたい。当たり前である。ところが、そうでもない場合があるらしい。いつもより少し安い値札が付いているだけで、つい買ってしまう、という経験はないだろうか?それは、はたして本当に有意義だろうか。安いものを買うと得をしたみたいな錯覚を抱くことができるのだが、それを買わない場合と比べたかどうかが問題である。
P110
・・・小学四年生くらいのときの話。
僕の母は、おもちゃは買ってくれなかったが、工作のための道具ならば、ほぼ無条件で欲しいものを買ってくれた。また、本も自由に買えた。・・・
工作の本を読んでいると、ニッパやラジオペンチという工具がよく登場する。・・・
・・・どうしてもニッパが欲しくなり、近所の金物屋へ見にいった。しかし、千円近い値段で、僕の小遣いでは足りなかった。だから、母に頼んだのだ。
次の日曜日に、デパート(松坂屋)へ連れていってもらった。・・・
ニッパをデパートで探したのだが、・・・発見したのは、ドイツ製の高級品で、五千円もするものだった。僕は、近所の金物屋で買えば、五分の一の値段で買える、と母に告げたのだが、母はまったく気に留めず、この五千円のニッパを購入したのである。
その金額を出してくれるなら、さっき見た戦車のプラモデルが買えるし、あれもこれも買えるだろう、と僕は思った。だから、嬉しいというよりも、釈然としない気持ちになった。
・・・現在、僕はニッパを八つくらい所有している。ホームセンタで売っているものは十年くらいで刃が欠けたりして使えなくなる。だから、その八つのうちの七つは、何度も買い替えたものだ。ただ一つだけ、ずっと使っているものが、小学生のときに母に買ってもらったニッパである。
・・・
母の出費は、無駄遣いではなかった、ということだ。特に、息子に非常に重要なことを教えた効果が認められる。戦車のプラモデルを買ってもらっていたら、僕はそれに一生気づかなかったかもしれない。
P164
学生が、自分はこういった仕事がしたい、と言ってくるのだが、どう見ても、その職種は向かないのにな、と感じることが何度もあった。しかし、僕は自分の意見を言わない。・・・本人は絶対に自分の意見を曲げないのが普通だ。案の定、一年か二年で辞めてきて、また就職の世話をしてほしい、と大学へ相談に来るのである。こういうときでも、「だから言ったじゃないか」なんて話したことは一度もない。そんなにはっきりと忠告したわけでもないし、自分の予測が当たっていたことを話しても、意味はないからだ。
理系の大学を卒業し、一流企業へ就職できるようなエリートであっても、自分をよく観察できないのだな、ということがよくわかった。自分だからこそ、冷静に観察することができないのかもしれない。
こういった経験から、自分にも同じような見誤りがあるかもしれない、とすぐに修正する癖がついた。とにかく、自分の感情、自分の信念、自分の習慣のようなものに囚われないことが大切だ、と僕は感じている。いつも、「どうして自分はこう感じるのか?」という疑問を持つこと。自分の判断を疑う目を持つことにしている。
