14年間の長い道のりは本当に大変だったと想像しますが、プロフェッショナルのかっこよさが溢れていました。
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「下町ボブスレー」は、町工場で働く人々が、自分の仕事の価値を家族や取引先や社会に認めてもらいたい、と切望して始めたプロジェクトである。高度な専門性と長い経験に裏打ちされた加工技術の力を証明するために、力を合わせてボブスレー競技のソリを開発・製作し、冬季五輪に出場することを目指している。
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下町プロジェクト最初の記者会見は2012年5月23日、童夢カーボンマジックが出展している自動車技術の展示会場内で開催した。広大なセミナーホールに、来場したメディアは新聞4社、テレビ2局、出版1社。「ガラガラ感」は消しようがない。細貝がボブスレー競技の概要から大田区の町工場が置かれた環境を説明し、「五輪に出場し、大田区の町工場の力を世界へアピールする」との活動目的を強調した。
テレビと新聞が「下町ボブスレー」というプロジェクトを報道すると、町工場メンバーが奮い立った。それまで情報発信をしたことも、する必要もなかった町工場が、新聞記事やテレビニュースを見て新たに参加してくれた。・・・
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下町ボブスレー1号機の製作に集まった町工場は30社。2012年9月18日、プロジェクトは大田区産業プラザPiO3階の特別会議室で「部品協力説明会」を開いた。本当はもっとたくさんの町工場に参加してほしいところだが、メンバーそれぞれが知り合いに声をかけまくって集まったのがこの数だった。
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・・・ボブスレーを1台作るのに必要な部品は約200点、設計図で150枚ほどあった。5月23日に記者会見を開いて「作る」と宣言してから3カ月余りでここまで漕ぎ着けたが、日本国際工作機械見本市「JIMTOF」でのお披露目(11月1日)まで2カ月もない。部品協力説明会の前日、マテリアルの技術者である鈴木信幸はほとんど徹夜で部品図を書いていた。
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鈴木はボブスレー全体の3次元データを個別の部品に分解し、一つずつ紙の部品図を作っていった。それはいわば、童夢カーボンマジックの設計図面を、町工場の言葉に翻訳して伝える仕事だった。製品全体のなかでその部品が果たす役割を理解し、工作機械で削る時に作業者が必要とするのはどの寸法かと言ったことを部品図に明示していく必要がある。部品図への展開は地味だが、ものづくりの知識や経験を求められる仕事だった。
細貝は鈴木が徹夜で仕上げた150枚の部品図を持って大田区産業プラザPiOへ駆け込んだ。・・・細貝が説明を始める。
「部品加工の仕事が海外に流出するのは仕方ない。でも日本の町工場の部品を作る力は世界一だと思う。このプロジェクトは、CFRPと金属を融合する技術で、世界から航空機の部品の仕事を取ってくる第一歩だ。みんなで作ったボブスレーを世界へ発信したい」
細貝がプロジェクトの趣旨をまず訴える。・・・そして最後にサラッと言ってのけた。
「部品製作は、無償での協力をお願いします」
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説明が終わると、沈黙とともに、会場に戸惑いのような空気が流れた。新規顧客開拓の問題意識は共通で、ボブスレーがどんなものかもわかった。しかし、実際に何をすればいいのか?・・・
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「角もの、丸もの、板金、その他の4つに分けます」
と会議室の四隅を指定し、参加者に声をかけて案内する。「角もの」とは工具が回転して金属の平面を削る加工、「丸もの」は回転する材料に刃物を当てて削る加工、「板金」は板を曲げて溶接する加工を指す。
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ほぼ全員が社長であるから、趣旨に賛同しながらも無償であることを頭に入れ、自社の設備の稼働状況を考える。簡単なのを2~3枚持っていく社長があり、そこそこ手応えのある部品を一つだけ選ぶ社長もいる。誰がどう見ても難しく時間がかかる部品―すなわち、自社の売上げが目減りする部品―の図面が長机に残る。ある意味、全員がものづくりに関してプロの目利きである。
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最後に細貝が納期の念を押す。
「11月1日のJIMTOFに展示しますので、きょうお願いした部品は10月初旬には納品をお願いします」
参加者から声が上がる。
「これだけの部品点数のものが一発で組み上がるとは思えないよ」
「そうだよな。手戻りとか作り直しとか当然出てくるだろ?」
「初旬じゃなく、10月1日納入とはっきり言った方がいいよ」
説明会に集まったものづくりのプロたちは、自ら納期を短く切り、下町ボブスレー1号機の製作がスタートした。
「部品協力説明会」の翌日、「やっぱりできません」と図面を返しに来た人が何人かいた。社員が説明会に参加して図面を持って帰ったものの「タダの仕事なんて何を考えてるんだ」と社長に怒られたケースでは、断りにきた社員が申し訳なさそうな顔をする。二代目社長候補の若旦那が図面を持って帰ったケースでは、現社長の父親に「なんだそれは」と言われてケンカになるケースも多かった。
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しかし、現場の社員からは、図面を引き受けたほとんどの町工場で前向きな反応が表れていた。家でテレビを見ていて下町ボブスレーのニュースが流れた時、「お父さんはこの仕事をしている」と言うと家族の父親を見る目が変わるのだ。ほとんどの町工場が作っているのは「部品」であり、自社製品を持たないどころか完成品も手がけていないため、「○○を作っている」と説明することができない。職人たちは長年の仕事で習得した高度な加工技術で優れた部品を作っている自負はあるのに、誰もそれを褒められたことがなかった。下町ボブスレーは、町工場の仕事の象徴を作るプロジェクトであり、そこで働く人々の密かな誇りを顕在化する試みだった。
細貝が「無償」での製作協力を求めた狙いもそこにあった。町工場は「1000円で頼む」と言えば、きっちり1000円の価値の仕事をする。五輪に出場し町工場の力を世界にアピールするなら、値段のつけられない「プライスレス」の最高の仕事をしてもらう必要があった。
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下町ボブスレーの部品を届けに来た人のなかには、
「公差指定は100分の1㎜台だったけど、1000分の1㎜台でど真ん中に仕上げておいたからね」
と言ってニヤッと笑う人が少なからずいた。指定したわけでもないのに、裏側までピカピカに磨いた美しい部品を持ってくる人も多かった。大田区町工場の最高の仕事が集まり、約束の10月1日を前にすべての部品がそろった。
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10月18日、すべての部品・ユニットがそろい、マテリアルで下町ボブスレー1号機のフレーム最終組み立てが行われた。細貝、横田、舟久保らが見つめるなかで、集まった部品を鈴木が組んでゆく。部品協力説明会で参加者たちが心配した「これだけの数の部品が一発で組み上がることはない」との予想に反し、1号機のフレームは部品同士が吸い寄せられるようにスムーズに組み合い、それが当然であるかのように完成した。
機械の組み立てで難しいのは、穴にシャフトを差し込むような「はめ合い」の精度の調整だ。公差指定で穴はやや大きめ、シャフトはやや小さめになるよう加工するが、やり過ぎればすき間が広くなってしまい、うまくいかない。同一の町工場が穴もシャフトも加工すれば調整しやすいが、下町ボブスレー1号機の図面150枚はバラバラに発注した。
バラバラの部品がぴったり組み合ったのは、ものづくりのプロである町工場が、自分の担当した部品と組み合う相手を調べて連絡を取り、事前に調整を終えていたためだった。
「大田区のものづくりの思いやり」
細貝はそうつぶやき、下町ボブスレー1号機の仕上がりに手応えを感じていた。
![[完結編]下町ボブスレー 復活のゴール [完結編]下町ボブスレー 復活のゴール](https://m.media-amazon.com/images/I/518JCurQPNL._SL500_.jpg)