「アーモンド」を読んで、他の作品も読みたいと思いました。
これから読む3冊も楽しみです。
小説の一部を切り取るのはどうかなと思いつつ、印象に残ったところを少し書きとめておきます。
P39
階段に座っていちご牛乳を一口チューッと吸い込んだ。ジョンジンさんが私に会いにアカデミーに来る時は、私はいつもここに来る。アカデミーの人たちには大抵、ジョンジンさんと一緒にご飯を食べるとかお茶をするとか言い繕う。しかし、実際にはそんなことは一度もなく、断言するがこれからもないだろう。ジョンジンさんにはそんな手間や心遣いは必要ない。ジョンジンさんは私の親しい友だちだが、存在しないから。
ジョンジンさんを作り出したのは、息苦しい都会の生活で息をつける所が一つ欲しいと思ったからだ。いつも同じ人たちとご飯を食べるのは、本当に息が詰まる。毎日お昼になると、何食べようか、何でもいいですよ、今日はとんかつはどう、いいですね、メニューはジャージャー麵に統一しようか、そうしましょう、というような会話を交わすこと。進んでみんなの分のナプキンを敷き、スプーンと箸を置いて、水を注ぐこと。みんなしていることだと思えば難しいことではないが、それでも、それでもたまには、逃げ場が欲しかった。
初めは友だちが来ると言った。それが何回か続くと、みんな友だちの性別を知りたがり、年齢と名前も必要になった。・・・何度かごまかしていると、ユ・チーム長はジョンジンさんが私のことを好きだと勝手に決めつけて、挙句の果てに私とジョンジンさんを「友だち以上恋人未満の関係」と規定するに至った。面倒くさくて弁明もしていないが、もう少ししたら結婚でもさせられそうな勢いだ。関係がもっと深くなる前に、ジョンジンさんとの付き合いを清算する必要があるかもしれない。そんなシナリオまで考えなければならないのが今更ながらおかしくて、フッと鼻から笑いが漏れた。・・・
P156
水曜日の夕方、ウクレレのレッスンが終わると、ムインとナムンおじさん、ギュオクと私はもともと約束していたかのように飲みに行き、次の計画について話し合った。・・・ターゲットに合わせて、目立たないように、でも確実に相手に伝わるように反撃すること。それが私たちの選んだ方法だった。
私たちは営利主義と世襲で悪名高い牧師がいる教会に行って、牧師が廊下を通り過ぎるとき、木魚を叩きながら南無阿弥陀仏と叫んだ。従業員への賃金未払いで問題になっている大型スーパーでは、支店長が現れるのを待って「支払え」と大きく書いたマスクをして歌って踊り、一分でさっと姿を消したりもした。
権威を不当に利用して世の中を歪ませている人たちがターゲットで、彼らを困惑させ、面と向かって叱責し、不快にさせることが私たちの目的だった。誰もが同じ反応だった。水をかぶっても絶対に濡れないとでも思っていたのか、私たちの反撃に一様にびっくり仰天してうろたえていた。彼らは、心の中でこんな言葉をつぶやいたのではないだろうか。
誰だ。よくも、この私に。
なぜ、おまえたちが、どうやって。
軽犯罪と言うには軽微で、名誉毀損と呼ぶにはあまりにも短くて曖昧な、いたずらのような反撃が毎週のように起こった。私たちはその境界線の上ぎりぎりを歩く人間だった。・・・アイデアを練るのも、実践に移すのも緊張の連続だった。生きていることを実感したし、私たちが世の中の鍵を握っているような気分にもなった。私たちは毎週ささやかな祝杯をあげ、密かに鼻を高くして成功を祝った。
・・・
攻撃は痛快ではあったが、そのターゲットも行動もある一定の枠を越えないでいることが気にかかった。的を射ずに周辺ばかりぐるぐる回る感じ。しかし、私は決してそんな考えを口には出さなかった。私にとってこの仲間は、世の中とのコミュニケーションのための小さな社交クラブでしかない。危険を冒すつもりはもちろん、すべてを捧げて世の中を変えるつもりも勇気もない。・・・ちょっととどまるだけの場所であり、すぐに過ぎ去って忘れてしまう人たちだと、ずるいことに心の奥底ではそう思っていた。できることなら上に行きたかった。口には出さなくても皆そうだろうという考えが、後ろめたさをぬぐってくれた。彼らと一緒にいるといつも同意感と居心地の良さを感じたが、実はその同意感こそ、私が最も抜け出したいものだった。
P291
著者の二作目の小説となる本書『三十の反撃』は、二〇一五年に「普通の人」というタイトルで初稿が書かれ、二〇一七年に「一九八八年生まれ」のタイトルで済州4・3平和文学賞を受賞、同年十月に『三十の反撃』とタイトルを改めて刊行されている。・・・
・・・著者は、『アーモンド』が人間という存在そのものへの問いかけだとすれば、『三十の反撃』はどんな大人になるのかという問いへの著者なりの答えだと語っている。・・・
一見、順風満帆にキャリアを重ねてきたように見える著者だが、必ずしもそうとばかりは言えない。
本書の構想を練っていた二〇一〇年代の前半は彼女にとって、結婚と出産を経験する一方で、仕事面では行き詰まりに直面していた時期だ。数本の短編映画の実績はあったものの、長編映画を撮りたいという願いは決して叶えられずに、失敗に対する耐性ができたほどだと語っている。
「自分の性格を考えると勤め人としてはうまくやって行けそうにない」と思って、二〇〇六年頃から少しずつ書き始めていたという小説の方でも何の成果もあげられないでいるつらい時期だったようだ。自分の文章が果たして世に出ることがあるのだろうか……。就職できないまま勉強し続けている感じだったとも。
映画人としても、小説家としても先の見えない状況の中で、目の前にそびえる厚い壁を前にして、それに跳ね返されながらも懸命に綴ったこの『三十の反撃』は、大人になる入り口で生き方を模索している若い人たちに、生きる希望と勇気を与えてくれるのではないだろうか。・・・
