崖っぷちの老舗バレエ団に密着取材したらヤバかった

崖っぷちの老舗バレエ団に密着取材したらヤバかった

 谷桃子バレエ団のYouTubeを担当していたディレクターさんの本、興味深く読みました。

 

P131

「動画の方向性を変えられませんか?」

 配信開始から3ヶ月。

 公開した動画本数は20本近く。

 総再生回数も300万回超え。

 次回公演のチケットも完売。

 そんな中で、バレエ団の運営会社から動画公開の「ストップ」が入った。次々とくるネガティブコメントにいよいよ耐えられなくなったのだ。

 ・・・

 バレエ団の希望は要するに、王道のバレエドキュメンタリー、アスリートとしての真正面からの物語を作ってほしいというものだった。

「チケット完売という結果が出てもダメか……」

 実を言うと、僕自身、結果が出るまでは、今の動画の方向性を100%理解してもらうのは難しいと割り切っていた。

 だからこそ、わかりやすい結果が欲しかった。「この方針で間違ってなかった」という証が欲しかった。このまま進んでいっても大丈夫だとバレエ団を安心させたかった。

 そして配信開始から2ヶ月。チケット完売という結果が手に入った。

「これでようやくわかってもらえる」

 そう思っていた。しかし実際はそう甘くなかった。「変化をしていく」というのはこんなにも難しいものなのかと痛感した瞬間だった。

 正直に言うと、YouTubeのネガティブコメントだけでなく、バレエ団のOB・OGや関係者、ダンサーの保護者、古くからのバレエ団の支援者から、不安や心配の声がたくさん届いていた。

「あんなの芸術じゃない。YouTubeはやめろ!」

 そんな声もあった。

 他にも、ここには書くことが出来ないような問題も多々あった。

 そのすべてにバレエ団の運営陣が対応し、なんとか収めてくれていた。しかしついに収まりきらなくなってしまった。その結果、この話し合いの場が設けられたというわけだ。

 人は変化を恐れる。それは人間の防衛本能だ。

 元々は練習風景を公開することすらタブーとされてきたバレエの世界で、ダンサーの自宅をはじめとしたプライベートや、給料や団費などのお金事情までをも赤裸々に映す。間違いなく前代未聞であり、一部の人にとっては「あり得ないこと」だったのだろう。

 ・・・

「方向転換しても動画への注目度は変わらないはずだ」

 そんな考えもバレエ団側にはあったのだろう。

 でも僕は確信していた。方向転換したらすぐに動画は見られなくなる。ありふれたプロモーション動画では視聴者の心を動かすことは出来ない。そもそもバレエ団がやりたい方向性で上手くいくなら最初からそうしている。それが難しいから、色々な無理をしながら、本来ではあり得ない部分にまで踏み込み、カメラを向け、動画を公開してきた。絶対に成功させたいから、あえてリスクがある方に進んだ。

 クライアントの言う通りに動画を作った方が正直ラクだ。そうすれば、もし失敗しても

「僕はあなた方の言う通りに作っただけです」と言い訳できるからだ。

 でも、それはしたくなかった。言う通りに作っても結果が出ないのは目に見えていたし、結果が出なければ誰も幸せにならないからだ。

 ・・・

「バレエ団からしてみると、毎回週刊誌の記者が取材に来ているような感覚なんです」

 運営担当者に言われたこの一言は今でも強く覚えている。

 僕があまりにもネガティブ面にフォーカスするので、そんな風に感じてしまったのかもしれない。

 辛かった。悲しかった。思いが届いていないことが悔しかった。

「取材対象者を幸せにするために」と本気で作った動画が、真逆のカタチで相手に受け取られていた。

「辞めたい」

 言われた瞬間はそう思った。どんなに反響はあっても、結局取材対象者が幸せになっていなければ僕も嬉しくないし、幸せを感じられない。テレビのディレクター時代のように、また何のために動画を作っているのかわからなくなるのは嫌だった。

 結局、結論は出ないまま話し合いは終わった。

 家に帰ると、体に力が入らなかった。自分がやっていることに急に自信が持てなくなってしまった。

 心を落ち着けるために、尊敬する先輩ディレクターに電話をかけた。

 事の経緯を一から説明し、どうするのが正解だったかを尋ねた。

 先輩ディレクターは優しい言葉をかけてくれた。正解どうこうよりも僕の頑張りを褒める言葉をたくさんくれた。正直そう言ってくれることをわかっていて電話をかけたところもあった。何の解決にもなっていないが、少し心が落ち着いた。

 いつもなら寝る前に少し編集作業をするのだが、この日はやる気が起きなかった。

 なぜそれをやるのか?が見えないままだと、行動の原動力は生まれない。

 ・・・

「方向性を変えるのであれば、僕が密着撮影を続けることは出来ません」

 後日、バレエ団にこう伝えた。

 ・・・

 しばらくしてバレエ団側から返事が来た。

 結論からいうと、今まで通りのスタンスで密着撮影を続けることになった。

 真意は聞いていないので、今でもわからない。

 とはいえ、このまま同じようなスタンスでいたら長くは続かないだろうと思った。そして、僕がバレエ団の意向を完全に無視して続けていくのも何か違うなと思った。向こうの望む通り、もう少しバレエというものに正面から向き合ってみよう。・・・

 ・・・

「どうにかしてバレエの踊り自体を見てもらえて、興味を持ってもらるようにする方法がないか」

 ・・・

 バレエにはセリフがない。

 僕はこの点がとにかくバレエ初心者にとって高いハードルになっていると思う。・・・

 ・・・

 そして動画を作る上でのハードルがもう一つ。

 これは動画を編集していて感じたのだが、バレエにおいて何が「ダメ」で、何が「良い」のかが初心者にはわからないことだ。・・・

 

P212

 1公演目が終わって30分後、誰もいない舞台袖で高部先生のインタビューを撮らせてもらった。

「とにかく永橋さんが頑張りました」

 そう話す高部先生の目には涙が浮かんでいた。

「実は、もし32回転がやり切れなかったら、そこからは自分で振りを変えて続けても良いよって話もしていたんです。でも、やり切った。足の痛い中本当によく頑張ったと思います」

 永橋さんと同じくらい、高部先生も不安だったのだろう。バレエ団のトップとしてお客さんの満足のいくものを届ける責任が高部先生にはある。

 初めて観にくる人に、「また来たい」と思ってもらえるような舞台にするために常に工夫し、挑戦する。それが上手く伝わるか、不安もあっただろう。計り知れないプレッシャーの中で戦っていたはずだ。

 そんなことを考えていると、思いもしない出来事が起きた。

「ちょっと泣かないでよ、渡邉さん!」

 気づけば、僕の目から涙が溢れていた。

 自分の嗚咽する声が聞こえてきて驚いた。止めようと思っても止まらなかった。カメラを回しながら泣いてしまうなんて、こんなことは初めてだ。

 今は高部先生のインタビュー中だ。僕が泣いている場合ではない。

 頭ではそう考えながらも、涙と嗚咽が止まらない。

「渡邉さんも頑張ったから……」

 突然の僕の涙に驚き、最初は茶化すような笑顔を見せていた高部先生も、話すうちにさらに泣き始めた。誰もいない舞台袖で二人して泣いた。

 密着を始めて1年近く。最初はバレエのことなんて何も知らなかった。

 ・・・

 ・・・密着を続ける中でバレエのことを知っていった。いや、バレエに関わる人たちのことを知っていった。

 どんな思いでやっているのか?どんな苦労があるのか?何を目指しているのか?

 わからないし、納得できないことだらけだったけれど、徐々にバレエに、バレエに関わる人に興味が出てきた。

 動画を通してそれを伝えたいと思った。自分の存在価値はここにあるような気がした。・・・

 大丈夫かとたくさん心配された。やめた方が良いとたくさん言われた。言われるたびに不安な気持ちになった。自分を疑った。怖くなった。

 でも、続けてきてよかった。

 今そう思った。そう思うと涙が止まらなかった。嗚咽が止まらなかった。

「渡邉さんがバレエを知ろうとしてくれた。私はその気持ちが嬉しいです」

 そんな高部先生の言葉にさらに涙が溢れた。

 

P247

 人の悩みの9割は人間関係だ、と何かの本に書いてあったが、この仕事をしていると、本当にその通りだと感じる。撮影でたくさんの人に関わるが、それが原因で辛いことがたくさん起きた。僕は元々人見知りだし、人と深く関わるのは苦手な方だ。だから、嫌なことや辛いことが重なると、なるべく人と会わずに済むような生き方をしたいなと弱気になることが多い。幸いにも、動画編集というスキルがあれば撮影した素材データをもらって、家に籠ってパソコンを使い編集だけをする、という仕事の方法をとることもできるのだ。そんな人生も良いかもしれない、と時々考える。

 しかし、その選択をしていたら、バレエ公演のチケットが完売して嬉しい気持ちになることはなかっただろう。バレエ公演後になんだか言葉にならない感情が込み上げてきて泣くこともなかっただろう。こうして本を書く機会をもらい、新たな学びや気づきを得ることもなかっただろう。・・・

 


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