代理人は眠らない 世界への路を拓くサッカー代理人の流儀

代理人は眠らない 世界への路を拓くサッカー代理人の流儀

 プロフェッショナルとはこういうことか・・・と驚きつつ読みました。

 

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 航との出会いは、彼が17歳のとき。・・・年齢のわりに浮ついたところのない、真面目な青年というのが第一印象でした。

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 航のブレない精神的な強さは海外でも一貫していました。

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 シント=トロイデンVV移籍後に試合に使われなかったり、クラブからの評価が上がらないといった状況にも、航はまったく動じませんでした。

 普通の選手ならば不安になり、焦りが大きくなってエージェントに「移籍したい」「このままじゃダメだ」という心境を吐露したくなります。実際に、ベルギーでは絶対的なレギュラーではない状況でしたが、航はブレませんでした。

 一時は6人もいた日本人選手が次々と移籍を決め、一人になってしまうめぐり合わせ。ベルギーの片田舎の町に一人残されて、心さみしい部分もあったかと思います。でも家族に支えられて、黙々と自分に流れがくるのを待ったのです。

 その我慢はドイツへの移籍という果実をもたらしました。

 アーセナル時代から私と旧知のスヴェン・ミスリンタートが、シュツットガルトの強化責任者でした。そして、26歳と年齢的にも中堅で、ピッチ上でのデータも自クラブの補強ポイントに合致するという理由で航に着目してくれたのです。

 夏のマーケットが閉まる前に、レンタル移籍が決まりました。

 ドイツに渡り、出番がないまま数カ月が経っていました。

 レベルの高いドイツとはいえ、出場時間を求めて移った先でまったく出番がめぐってこない。エージェントに嫌味の一つでも口にしたいところでしょうし、その程度のことは私も覚悟していました。しかし、航は平然としていました。不安をまるで顔に出さない。

 自分の役割は守備的MFだと冷静に分析し、ときにコーチを通じてそのポジションでの自信をアピールしつつ、出番を待ち続けました。

 そして、3カ月後にポジションを手にし、指揮官の交代という局面も乗り越えて、春にはレンタルから完全移籍を自分の力でものにしたのです。

 その後もしばらくは、新監督に様子見という感じで力を測られていたにもかかわらず、一度出番をつかむと離さず、翌年にはキャプテンに任命されました。

 この強さ、ブレのなさはどこからくるのか。私は2つの要因を考えました。

 まずは航が育った家庭の影響です。

 お父さんは日本を代表するメーカー勤務後に、いわゆるトレーダーとして独立をして資産運用のプロになった方です。航が自分のキャリアを考え、いまでも収入を運用して将来に備えている背景には、父親の影響があると見て間違いありません。実際にその運用の仕方は専門家顔負けで、証券会社の人も驚いたと聞きます。

 資産のことだけでなく、海外でのプレーを見据えて、ベルギー行きを決める1年前から語学の個人レッスンも受けていました。

 タカサカモトさんという、おもにアスリートに語学やリベラルアーツを教えてくれる方に師事していました。

 ・・・ベルギーに移籍した当初、「英語で1曲歌わされるだろうな」という予測の下で、中学英語から学び直しながらエド・シーランの歌をマスターしていたと聞きましたが、そうした周到さは家族の影響でしょう。

 もう一つの要素として挙げられるのが、自らの家庭の安定です。

 航は海外に移籍する時点で3人の子どもがいました。いまイングランドで成功している三苫薫もそうですが、早くに家庭をもつことは成功の大きな要素です。

 航は自分自身のことだけを考えて一喜一憂することがありません。

 チームは生き物で、エージェントがいかに有利なカードを引き当てて移籍を実現しても、監督の去就や周囲の選手の状況によって、出番を失うことはよくあるものです。そんなときに、ちょっと外されたからといって、「もう移籍する」と投げやりになってしまう選手は、失敗することが多いのです。

 航は物事を客観的に見て判断できる選手です。いままで私が示した選択肢に首を横に振ったことはありません。

 なぜ、そんなに信頼してくれるのか。航にとって何がいちばん正解なのかという道筋を、お金抜きにして考えていること。それが伝わっているのかなと思います。

 これは本人も認めていますが、語学力もふくめて、こんなに着実なキャリアを計算の下で積んできている選手は、ほかにいないのではないでしょうか。

 浦和レッズからシント=トロイデンVVに移籍した頃、英語はまだ片言。それがシュツットガルトでキャプテンを務めて英語でインタビューを受けられるようになり、今度はイギリスでネイティブとやり合う。それだけ考えてもすごいことだと思います。

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 この20数年で日本人選手の価値は大きく変わってきていますが、そのシンボルといえるのかもしれません。

 以前はスポンサー目当てであったり、「化ければもうけもの」であったりという見方だったのが、今回の航にしても、アーセナルの冨安にしても、ポジションをあてこんで名門クラブが日本人選手を獲得する例が多くなってきています。

 

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 遠藤貴は明け方まで眠らない。

 酒も飲まない。

 若い時分にはテキーラを生で飲んでも顔色一つ変わらなかったから、酒を受け付けない体質ではない。いまでも、商談で最初の1杯を空けなければならない場ではビールを口にすることがあるが、それも年に数回にすぎない。

 1日は長い。ヨーロッパとの時差8時間ほどの東京・品川区の自宅と職場で午前中から働き、ベッドに入るのはほぼ毎日、明け方だ。

 夜中でも鳴るスマホの呼び出し音。前触れなく飛び込んでくるメッセンジャーアプリの通知音。日本の夜半過ぎ、ヨーロッパのマーケットはまだ活発に動いている。

 扱うのは数字が乱高下する為替ではなく、生きた人間だ。病気にもなるし、ケガもする。監督とぶつかるかもしれないし、トラブルに巻き込まれることもあるだろう。

 そんな連絡を受けたときに、頭を完全にクリアにしておかなければ意味がない。酒は仕事のパフォーマンスを下げるばかりか、命取りのミスにもつながる。

 契約選手がボールを追いかけ、相手と体をぶつけ合って戦っているのに、自分だけが眠っているわけにはいかない。

 ときに、自分自身もジムのランニングマシンで体を動かしながら配信映像をチェックする。眠るのはそれからだ。

 サッカー選手のエージェントとしての、数十年におよぶ遠藤貴の流儀である。

 

 最後に完全にオフを取ったのは何年前だったでしょうか。

 新型コロナにかかったときに強制的に休んだくらいで、倒れない限りは休みません。

 お酒を飲まないのは、たばこなどと同じで中毒性のあるものを好まないということもありますが、この仕事は夜中でも平気で電話がかかってくるからです。

 それもかなり重要な連絡で、ときに選手の移籍について、その場で判断をしなければならないこともある。大事な数字がすぐに出てこなかったり、あるいは誤って伝えてしまったりすることは許されません。

 ぼんやりしていて、判断ミスをすれば商談が成立しないばかりか、選手のキャリアにとって致命傷にもなりかねないのです。

 就寝するのはヨーロッパのビジネスアワーが終わり、所属選手の試合をチェックしてからなので、朝の4時か5時くらいです。

 日本のクラブが練習している午前中は緊急の出来事はまず起こらないので、9時か10時に起床。新聞をチェックし、携帯に着信があれば対応します。日中は電話やオンラインでのミーティングが続きます。

 担当選手の試合は極力ライブで見ます。

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 契約交渉は1年中、いつでも動いています。

 日本には育成型移籍があって23歳以下はいつでも移籍できるので、対象の年齢の選手とは毎日のように連絡をとりあっています。毎試合、出るか出ないかわからないような立場の選手には、いろいろな話がきますから、常に状態を確認しておく必要があるのです。

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 クラブからエージェントに連絡がくるのは、選手に直接は聞けないからです。選手がいまのチームに不満をもっているのか、場合によってはチームを出られるのか、違約金は設定されているのか―。

 夏の移籍に向けて、6月くらいからは、とくに情報が飛び交うようになります。

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 選手からの連絡も多いです。プライベートなことや、他人からみれば些末なことでも、それが朝8時前であっても、丁寧に対応します。

 そのため、ほとんど眠る時間がない日も多く、睡眠は平均して4時間から5時間。もともとショートスリーパーなのか、ほとんど苦にはなりません。

 

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 交渉のときに気をつけていることは、いくつかあります。

 服装は堅くなりすぎないように。ヨーロッパでは交渉の席でもカジュアルで、ネクタイをすることはほぼありません。それに合わせて服装は選ぶようにしています。

 リバプールFCとの交渉時もそうでしたが、Tシャツにジャケット。初対面の方と会うときには国内外問わずに茶かグレー系のやわらかい印象を与える服装を心がけています。逆に相手に威圧感を与えないように、黒い服装は避けています。

 表情は基本ソフトにして、誠実に仕事をしていることを理解してもらうことを心がけています。

 交渉の席でははっきりとものを言わなければならないことは多々あります。少し強い態度に出た場合は「何かあるのではないか」「よほどのことなのだな」と思ってもらえるようにするためです。

 ただ、目をあえてそらすことは、よくあります。

 交渉の場が固まったときや沈黙が流れたとき、相手に「この人は何を考えているのだろう」と思ってもらうために、わざと「何を考えているのかわからない」と思わせるのです。

 何を話しても話が進まないときがあります。そんなとき、無音で目を見ない時間が流れると相手は「おや」と思う。つまり、相手になんとかしたい、打開策を考えなければという状況にもっていくのが大事です。こちらがぺらぺらしゃべりすぎるといい条件が引き出せないことがあります。

 握手は相手が会長であっても友人とするようにして、交渉の最初のほうはできるだけ雑談をするようにしています。

 交渉はお互い守るべきものを守るためにするわけで、お互いに正義があるし、譲れない局面はあります。それはしかたがないこと。

 だからこそ、これから話すことはどうしても対立してしまうけれど、決して悪い人間ではないと思ってもらうことは気を付けています。・・・人間関係を壊すことがあってはなりません。

 日本人は時間に厳格ですが、ヨーロッパでは少し遅れるのが当たり前。こちらが変に下手に出たくはないので、時間ちょうど、場合によってはあえて遅れて交渉場所に着くこともあります。対等に話をするのが大事なポイントだと思っているからです。

 交渉の仕事は相手との駆け引きにおいて「生き物」ですが、その場でよりものをいうのは事前に仕入れていた情報なのです。つまり移籍の交渉に入る前に、仕事はほとんど終わっているということです。

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 相手の出方を予測し、考えられる道筋によって自分の手持ちの情報をあてはめ、いくつかの選択肢から解決策を見出していきます。少なくとも、それは「テーブルの上の仕事」ではありません。

 言い換えれば、いかに人と知り合い、コネクションがあるか、それによる情報がどれくらい手元にあるか、その勝負といえるのです。