エベレスト・ママさん

エベレスト・ママさん: 山登り半生記 (新潮文庫 た 21-1)

 山を登るのももちろん大変だと想像しますが、人間関係の方がもっと大変だったとは・・・女性初の、という時代ならではのエピソードが色々ありました。

 

P42

 ・・・横尾さんは私をパートナーにしてくれた。むろんずば抜けた実力者が初心者と組むのは当然であったのかもしれないが……。

 ・・・

 ・・・登攀テクニックもだが、むしろそれ以上に大切なことを教わった。それは山の楽しみ方であった。新しいルートが自分の記録として増えていく喜びと同時に、山も楽しいけれど、一緒に登るパートナーがどんなに大事か、むしろ山よりは人がどれほどその登攀、山行に影響を与えるかを知った。・・・

 

P87

 ・・・ふと椎名町の私たちのアパートに立ち寄った横尾さんから、田部井は今夏一緒にヨーロッパの山へ行かないかとさそわれた。横尾さんがリーダーとなり、グランドジョラス、アイガー、マッターホルンの三大北壁を一シーズンに登ろうという計画であった。

 またとないチャンスでもあり、相手が横尾さんということもあって、私はお金のことはなんとかするから田部井に行くようにすすめた。

 幸い共働きであったから、主人の収入がなくても食べていくことは出来た。田部井の悩みは休暇だった。ヨーロッパの山に会社を辞めてまで行くという気持はないが、長期にわたる休みがとれるかどうかである。

 しかしなんでもあたってみるべきだ。堅いといわれていた会社が、なんと一ヵ月以上の休暇をくれたのだ。

 そのために昇給が遅れたっていいではないか。会社の中で偉くならなくてもいい、悔いのない時間をすごしてくれた方がいいと私は思った。

 

P162

「今までの大きな登山隊をみると、隊長、副隊長は遠征前の一、二年くらいは仕事を放り出して打ちこんでいるのに、この隊は責任ある者が動かなすぎる。大きなスポンサーがつかぬのもそのためだ」

 という隊員の不満に私は傷ついた。子供を保育園へ(近くにはなかったが)あずけようかとも考えた。しかしせめて遠征に行く前までは自分の手で育てたいと思った。

 しかし、保育園に子供をあずけてまで隊の準備をしなければならないのだろうか。

 女の集まりだもの、結婚、出産はつきものだ。結婚した者が行ってはならない理由はどこにもない。子持ちだってそうだ。

 行ける体制を作るのは既婚者、子持ちの方が一層の努力がいる。独身者のバリバリだけが山に行けるものでもあるまいに……。そうとしたら独身者に限るクラブを作ればいい。しかし独身者にしたところで生活、家族すべてをなげうって行くという人が何人いるだろう。ひとりひとりの環境が違い、能力が違っても、それを理解し、補い合って大きな山へ向かうことこそ意義があるのではないだろうか。

 エベレストに生涯をかけるなんて気は毛頭ない。私にとって、山は趣味だ。普通の生活をし、ピアノを弾き、子供を育て、そんな中から山に行く。ただ山が好きだから。登りたいから行くだけなのだ。

 

P176

 タンボチェでの滞在中、久野隊長がどうしても日本に電話したいことが出来たのでカトマンズに帰る、みんなの訓練中には必ず帰ってくると言って、隊長つきのシェルパと共にシャンボチェの飛行場へおりていった。

 ・・・

 ・・・新聞記者つきのシェルパがゼーゼー息をはきながら、「タベイさん!」と差し出した紙に次のようなことが書かれていた。

「隊長は今日、日本に帰った。馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。副隊長あての手紙が一通ある。即刻帰って事情説明せよ。我々を一体何と思っているのか、報道班一同」

 ギョギョギョ!である。

 ・・・

 ・・・急いでテントに戻り、靴もぬがずに封を切る。

「田部井さま、隊員のみなさま、報道のみなさま。日本まで帰ることになりました。一時といえども隊をはなれることに気が沈んでいます。ただご諒承下さいとしか申し上げることができません。タンボチェを一緒に出発できるように戻りたいと思っています。どうぞ元気でいて下さい。三月一日 カトマンズにて 久野」とあった。

 ・・・

「帰ったらそのまま隊長として迎えるのか」

 なんといわれても仕方なかった。帰った理由はわからないし、戻ってこないということは絶対ないと思ったが、その場合には私が代わり、登山を続けます、と答えた。

 ・・・

 ・・・このあたりから、若い隊員とそうでない隊員の間になにか形にならない対立が芽ばえはじめたことは確かだった。私自身はなんと悪口をいわれようと覚悟していたからかまわない。悪口いわれて死んだ人はいないんだし、アンナプルナ以来、長と名のつくものは憎まれ役、損な役とわかってきたからだ。だから夜遅くまで報道班の人やシェルパと話しこんだり、お酒を飲んだりしている隊員を見ると、女子大の寮監よろしく「もうそろそろ寝なさい」とさけぶのも私であった。それもこれも、とにかく体調をくずしてほしくないためなのだった。