覚えていない

覚えていない (新潮文庫)

 佐野洋子さんのエッセイ、20~30年前のもので時代を感じつつ、面白く読みました。

 

P110

 私は世の中を全部真二つに分けて考えている。・・・けちと気前のいい奴、きちょう面な人間とずぼらな人。陽気な人とクライ奴、自分に夢中な人と人の目ばかり気にする人。くよくよ考えてばかりいる奴とその時の事しか考えない人。目立ちたがる奴からひっこみ思案、酒を飲む奴と飲まぬ奴……ありとあらゆる事を二つに分けて、それらがいろいろ組み合って一人の人間が出来上がっていると考えるのである。結婚というものに対して、イメージを生きる人と現実を生きる人というジャンル分けもする。

 学生時代「結婚したい、すごく結婚したい」と言ってた女友達がいた。

「あんた、結婚して何が一番したいの」

 結婚するであろう相手も恋人もいない時であった。友達はいきおい込んで確信に満ちて答えた。

「朝ね、クロワッサンとコーヒーをきれいなお皿に入れ、お盆にお花を一輪のせたいの」

 私は驚いた。そーいう事が結婚なのか。

 私はやがてミカン箱の上にパネルを敷いたものがテーブルという貧しい結婚生活をスタートさせた。結婚というものにイメージがなかったのである。男にのぼせ離れたくないという現実を生きる事が結婚だったのである。やがて年月を経て子供が生まれ、現実を生きるのは容易ではなかった。やがて現実に破れ、現実を生きる結婚であれば当然結婚に破れて、次なる現実を生きねばならなかった。

 イメージは強い。朝の花一輪の友達は、花一輪から白いレースのカーテンがゆれる大きな家に住み、夫と娘達を持った。

 結婚のイメージはやがてあるべき家族のイメージ、あるべき娘のイメージにと成長するのである。子供にマンガを読むのを禁止していた。

「何の本読んでればいいの」

「世界文学全集とか」

「何で?」

「女学生がそういう本持っている方がかっこいいじゃないの」

 私は又してもあきれた。しかしマンガをむさぼって読む私の息子はグレているのである。

 その家の娘もグレた。グレた奴はまたケロリと戻る。娘も母もグレた事は無い事になった。偉そうに息子は言った。

「あれはグレた甲斐もない」

 私には、彼女の家庭は偽善と嘘でかたまっている様な気がするのであるが、真実が一体どれ程のものであるのか。

 経済が破たんを来していても、成人式にはそれぞれの娘にふりそでをあつらえ、美しいお嬢様が育っているのである。

「うちお金が無いの、本当に無いの」

 その家は花であふれ返っているのである。現実を生きる人としては、「花から捨てろ」と思うが、花は家のイメージの一番大事なものらしいのである。

 そしてイメージに生きる事は現実よりずっとしたたかに強いのである。イメージを守るためには彼女はいかなる事でもするであろう。

 現実を直視する事は、現実に破れる事でもある。しかしイメージは死なない。イメージの前に現実や真実はふみつぶせばよいのである。

 ・・・

 ・・・世の中にはイメージを生きる人と、現実を生きる人がいる。・・・しかし、現実にも人目にも羨ましい結婚というのも存在する。それは運というどうにもならないものなのである。

 

P116

 私はごく普通に育ったから、父と母を持ち、その父と母が作った家庭というものの中で生きて来た。父と母は結婚したのであるから、子供に、結婚に、まみれていたといっていい。結婚まみれというのが家庭であり、そこでたっぷり私は結婚した女、母の生き方を見て来た。母のパーソナリティにもよったであろうが、私は子供心に、結婚というものが素晴らしいものだと思った事は一度もない。出来ることなら、決して母の様になりたくないものだと思って生きて来た。

 ごく普通の家庭の父と母は、ほとんど夫婦げんかにあけ暮れていた。その父と母は、大恋愛の末の結婚という事になっていた。

 結婚というもののなれの果てをつくづく見て来ているのに、相手に「結婚しよう」と言わせた時、「やったね」と私は思ったのである。

 ・・・

 そしてカン違いのまま結婚に突入するのである。・・・

 私の結婚はカン違いの行きつくところであったし、結婚を続行すると、それはカン違いのなれの果てというものになるが、別に結婚に固いイメージなどなかったから、ただ二人で暮していたのである。そして結婚は生活習慣を作る場所であったから、私達は私達なりの習慣を作っていった。

 まあ、それなりに安定したのであるが、安定というのはカン違いから目覚めることであった。目覚めて、子供も出来ると、つくづくと結婚というのは恋愛というか発情というか混乱というか、カン違いをせずに出来るもんではないということがわかった。カン違いにほぞをかむことも感謝することもあった。

 そして二十年の年月をもって、私は結婚を解消したのであるが、解消はカン違いを必要としないのである。つくづくとカン違いは易いが、それを解体するのは難儀であった。カン違いの百倍は馬鹿力を必要とする。

 解体に馬鹿力を使い果たした私は、もう二度と、カン違いがおこる男との接触はごめんだと思った。

 唯一のもうけ物は子供であった。子供は不良でよたっているのであるが、何とももうけ物なのである。

 二十年もたつと私も多少は世の中の事がわかって来たが、結婚生活そのものを後悔した事はなかった。しかし一度で沢山であった。・・・まあ仕事があって運がよかったとサバサバと、寂しいなんてナンボのものかと勇ましかったのである。・・・

 ・・・

 あー本当に見晴らしが良かった。

 見晴らしが良かったのもつかの間で、何やら、先が見えなくなった。男が現れたのである。これは計算の内になかった。

 こんなはずはない、こんなはずはないと思いながら、ますます先が見えなくなるのである。

 ・・・私の相手は二回も結婚していた。

 二回目の妻とは別居中であったが、やたらこみ入って、私の外にも二、三人の女が居るらしいのである。何でも真っすぐつき進む私は、本気でやらぬなら、そんなもんはいらんと言ったら、相手は整理整トンに走ったが、机の中の整理が良いのに、人間を整理するのに実に下手くそであった。・・・

 八年位たっちゃったんだね、最後の整理がついた時には。その時はもう一緒に住んでいた。私の子供も不良するのにあきて、健全な青少年になって独立して行ってしまったし、相手の子供も家庭を持っていたから、今さら、家庭を作って、子供を産むには遅すぎるのである。そのまま二人で静かに暮して行けばよいと気楽に考えていた。発情期などもう彼方に行ってしまった年頃で、あとは年取るばかりの段どりである。なのに私は又離婚したのである。これは疲れた。もう本当に疲れた。今になってつくづく結婚向きの女ではなかった。気が付くのがとてもとても遅いのである。

 

P189

 私は困って泣きそうである。私は英語も出来ないし、東西南北の国々の歴史や地理もわからないし、吉本隆明読んでもわかんないし、数学なんかxイコールyという事が理解出来なくて、公式丸暗記してようよう高校を出て来たのだ。何で、知の巨人河合隼雄先生の事を語れようか。

 もうさっき一度泣いて来た。

 それでも私は喜んで、先生の本を読むのである。テレビに先生が出ていらっしゃれば、リモコン片手にじっと先生のお話に耳を傾けるのである。傾けるついでにお顔もじっと見るのである。先生のお顔は出来たての座ぶとんのようである。・・・そしてあの無気味な目を見て怖れおののくのである。怖れおののいていると、少し馬鹿げた冗談などおっしゃり、一瞬くしゃくしゃになった座ぶとんが、縁がわで、お日様の光で急にあったまったようになる。私もアハハと笑い気を許すと、たちまち無気味な目がいっそう鋭く光るとグサッと本質を切って下す。「だまされた‼」と私は胃袋も頭の中もキリリと立て直さねばならない。

 これをくり返されると、「オノレ、タヌキオヤジめ‼」という気になって来る。

 ・・・

 私は一度だけ先生と対談した事がある。

 そしてピシャーッと横つらをはりとばされた。

 私が、「時々、私が何かというと男の人が、タッとうしろにとびのくような気がする事があるんですけど」といったら、先生は「それは、佐野さんが本当の事をいうからですよ。男は真実がきらいなんです。世の中本当の事ばかりだと生きていけません」といわれた。

 私はうなだれ恥しく、頭の中はものごころついて以来私がおかしたたくさんの失敗でぐちゃぐちゃになってしまった。

 すべての失敗は、私がつめ寄り、ほじくり出したものばかりであった。

 しかし、私が得たものも、また、つめ寄りほじくり出して手にしたものであったような気もするのである。

 困った事に、私が何かいって、人がうしろにとびのくのを感じるとき、「ヤッタァ」という快感も確かにある事を認めざるを得ない。

 そしてとびのいたものに対して、「このヒキョーモノ逃げるのか」という気分も起るのである。そして、何よりも淋しいのである。

「生きていけません」という事は、多分この淋しさを指して先生はいわれたのだと思うとやっぱり恥しい。

 困った事である。・・・

 私はタヌキババアになりたい。

 だから私は先生の熱心な読者である。・・・