アーモンド

アーモンド

 一万円選書の本に、こちらが紹介されていて興味を持ちました。

 読んでよかったです。

 

 こちらは巻末の解説から・・・

P274

 いわゆるエンターテインメントとしての小説の側面を持ちリーダブルでありながら、真摯なテーマで大ヒットとなったのが、本書、ソン・ウォンピョンの『アーモンド』であろう。「書店員が売りたい本」というコンセプトで選出される「本屋大賞」は、日本でよく知られるようになった文学賞だが、二〇一二年から新設された翻訳小説部門において二〇二〇年の受賞となったのが『アーモンド』だった。ちなみに著者のソン・ウォンピョンは、二二年に『三十の反撃』でも同賞を受賞しており、現時点で複数回にわたって栄誉を受けた作家は彼女だけだ。

『アーモンド』という作品は、人よりも脳の一部である扁桃体(アーモンド)が先天的に小さく、喜びや悲しみ、愛や恐怖といった感情の起伏をほとんど感じられない十六歳の少年ソン・ユンジェの姿を通して、「心」とはなんなのか、感情とは脳のどんな働きの作用なのかを探っていく小説である。・・・

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 病院では「失感情症(アレキシサイミア)」と診断され、学校では変人扱い。それでも母の教えの通り、感情というものを「学習」して、ふつうのひとを擬態してやり過ごそうとするユンジェの努力のさまが、まずひとつの読みどころだろう。恐怖心を持てないことも問題だが、愛や喜びといったプラスの感情も、彼は持てないのだ。だから母とばあちゃん、自分の三人で暮らしたソウルの水踰洞の古本屋兼住居のことを、最大限にポジティヴに表現しても「居心地が良い」としか言えないのだが、それはまぎれもなく幸福を意味していたはずだ。

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 本作がユニークなのは、ユンジェの視点で進行するために心理描写はほぼなく、ひとの表情や出来事がありのままにうつしとられていく点だ。読者はユンジェの脳の働きを、部分的に追体験することができる。ドラという少女を、つい目が追ってしまうこと。彼女の髪が顔にあたったとき、<突然、胸の中に重い石が一つ飛び込んできた>と感じたこと。恋や愛といった抽象概念をつかうことなく、自身の内に湧きでてきた違和感への几帳面な言語化は、ユンジェのたしかな成長の証にもなる。

 物語はこのあと、絶対絶命の窮地に追い込まれたゴニに示したユンジェの献身を描いてクライマックスへといたるのだが、未読の読者のためにも詳細はふせておくことにしたい。しかしながら<ゴニはいい子です>というユンジェのきっぱりとした宣言と、<彼は、僕の友だちだから>という確信は、誠実に他者に関与することの意義を、私たち読者につよく印象づける。他人の上っ面だけを見て、ひとつのレッテルを貼り付けてしまっていないか。〝ふつう〟という規範から外れるひとに関わらないことが最善だと決めつけていないか。

 ユンジェの行動は、シンパシーの感覚を持たずとも、他者を理解しようと努力することができることを、分かり合えない他者を、自分と同じかそれ以上に大切にすることができることを、私たちに教えてくれるのだ。

 

 こちらは巻末にあった作者の言葉から・・・

P280

 毎日毎日、子どもが生まれている。すべての可能性が開かれている、祝福されるべき子どもたちだ。でも彼らのうちの誰かは社会の落伍者となり、誰かは偉くなって人に命令する立場になったとしても心はねじ曲がった人になるかもしれない。あまり多くはないかもしれないけれど、与えられた条件を克服して、感動を与える人に成長することもある。

 ちょっとありきたりな結論かもしれない。でも私は、人間を人間にするのも、怪物にするのも愛だと思うようになった。そんな話を書いてみたかった。