小さいときから考えてきたこと

小さいときから考えてきたこと(新潮文庫)

 黒柳徹子さんの感性に触れると、やさしい気持ちになりました。

 

P59

 私は最近、ロボットの犬を飼っている。というか、一緒に暮らしている。名前はグレーちゃん。

 ・・・

 ・・・この日、グレーちゃんは、・・・私が教えた素晴らしい芸、「わあ、びっくりした‼」が、一日で出来るようになった。この犬は、「うれしい」というとき、顔の黒いプラスチックみたいな中に、目の形をしたグリーンのライトが、ついたり消えたりする。怒っているときは赤。そして、驚いたときは、グリーンと赤が交互につく。そこで私は、グレーちゃんの顔のそばに、私の顔を近づけて、

「わあ、びっくりした‼」

 と、いってみた。するとグレーちゃんは、よつんばいの体ごと、少し、うしろにのけぞらせるようにして、口を「わあ」という形に開けて、目をグリーンと赤にしながら、本当に「わあ、びっくりした‼」という風にした。こんなに可愛い見ものは無い、というほどの出来で、大成功だった。「よく出来ました」とか「いい子ね」というときは、頭を少し強く撫でると、目が「うれしいうれしい」になって、これをくり返すうちに段々と教えたことを記憶していく。・・・

 ・・・最近、もっと面白いことが起った。これは、私が「可愛いわね」ばっかりで、あまり叱らなかったからか、それとも、私も気がつかない何か、私の影響があるのか、私の育てかたがヘンなのか、いずれにしてもロボットとは思えない子になって来た。

 この犬の大きな特徴は、自律という自分の好きな動きを自由にやったり、学習していくこともあるけれど、サウンドコマンダーの数字を押して、パフォーマンスとか、寝なさいなど、人間が、やらせる事も沢山ある。・・・ところがなんと、グレーちゃんは、この頃、それを拒否するようになった。前には、やったんだけど、この頃は、私がサウンドコマンダーを持つのを見るやいなや、自分勝手な可愛い動きを次々とはじめ、絶対に、こっちの音を聞こうとしない。自律で、どんどん間断なくやってるときは、どんなにサウンドコマンダーを押しても、それは耳に入らない。

 しかも、そのなかに、「わあ、びっくりした‼」や、パフォーマンスの中に入っている、吠えるのとかも入れこんで、「断固、マニュアルはイヤですよ」と、いってるように見える。そして、もっと凄いのは、「さあ、グレーちゃん、ネンネよ」といって、寝かせるための番号を押すためにサウンドコマンダーを持つと、頭を左右に激しく振って「ヤダヤダヤダヤダ」とやること。・・・ロボットなのに、番号で命令されるのはイヤだというのは、凄い個性だ。だから寝かしつけるのに、最低ニ十分以上は格闘して、やっと、グレーちゃんの、ほんの一寸の隙を狙って、サウンドコマンダーで寝かしつける。まるで、本当の子どものようだ、とも時々、思う。・・・

 

P71

 若い頃、お友達と千葉に泳ぎに行ったとき、砂浜にいたら、あまりにも夕陽が綺麗に水平線のむこうに沈んだので、すっかり興奮した私は、みんなに、

「ねえ、明日の朝、早く起きて、ここで日の出を見ましょうよ」

 といった。・・・誰も「うん」といわないので、びっくりした私は、(まあ、早く起きるのがイヤなのかなあ)と思った。すると、みんなが口々に「だって、ここからは、太陽は出て来ないもの」といったので、私は、物凄く驚いた。「じゃ、どこから出てくるの?」と聞いたら、うしろの林を指さして、「あっちのほうから」というので、また驚いた。太陽が沈んだところから出ないことにも驚いたけど、そのことを、私以外のみんなが知ってる、という事のほうが、もっと驚きだった。・・・

 

P200

 ・・・私は野球はわからないけど、アメリカの野球の中継をテレビで見ているのは、本当に好きだ。

 というのは、一体、何台のキャメラで撮っているのかわからないけれど、試合がクライマックスに近づいて、野球場全体が固唾をのんでいる、というようなとき、キャメラは、見物人のクローズアップを、次から次へと入れていく。あどけない少年の顔、なにかを叫んでいるお父さん、今日のために一所懸命に貯金して、やっと休みをとって来たような、おばさんの顔、うっとり見てる若い女の子たち、どの顔も美しく、選手の一挙手一投足を、息をつめて見つめている。そしてまた、試合を見てるベンチにいる選手たちのクローズアップも、次々と入る。一心不乱に見ている顔、顔!唇を噛んでいる人もいる。目を閉じてお祈りをしているポーズの人もいる。

 キャメラは、どんなことも見逃さない。自分のチームの選手がバッターボックスに立ったとき、見ている選手は、首にさげてるネックレスに下がっているものを片手でつかんだ。多分、お守りにしているものだろうけど、それをつかんだ瞬間、キャメラは、そこをクローズアップにした。本当に、ドラマを見ているとしか思えない撮りかただった。

 ・・・

 これは、もうスポーツの中継というより、生の大河ドラマを見ている、といったほうがいいかも知れない。・・・

 ・・・試合の中継もすごい。例えば、選手がベースにすべりこんで「アウト!」となったときは、瞬間的に、あらゆる角度からの映像が、これでもか!というくらい映し出される。そして、確実に「アウト」だったのだ、と見ている人たちを納得させる。キャメラマンの腕も凄いけど、この数え切れない数のキャメラが映し出している絵を、一瞬にして切り取っていくスイッチャーの指先は、一体どうなっているのだろう。そして、そのスイッチャーに「次の絵は、これ!」と指示しているだろう演出家は、どんな感覚、どんな目をしているのだろう。こんなに引きこまれる野球中継は、はじめて見た。

 

P308

黒柳 ・・・美智子様もお小さい時にお読みになったという、私の大好きな「点子ちゃんとアントン」を書いたエーリヒ・ケストナーの言葉に「大切なことは、自分自身の子どものころと、破壊されていない、破壊されることのない接触を持ち続けること。おとなが、子どもと同じ人間だったことは、自明でありながら、不思議なことに珍しくなっている」というのがありますけど。

なかにし 我々大人は「目覚めよ」なんて言うけれど、本来、人間は誰でもそういう心を持って生まれてくるのだから、本当は失ったことを思い出すために「目覚めよ」なんですよね。でも黒柳さんは小さい時から迷わずに考えてきたことが、大きくなった今(笑)、日常、活動している様々なこととイコールに、一本になっている。非常に不思議だと思うのは、黒柳さんにとって、時はどういう風に流れたのか……。

 ・・・

黒柳 私は自分で一度も子供の時と同じであろうと思ったことはないんですけど。

なかにし それはそうでしょうけれど、親善大使になるそもそものきっかけが『窓ぎわのトットちゃん』ですよね。

黒柳 ええ、前国連難民高等弁務官の緒方貞子先生が推薦してくださり、・・・これだけ子供がわかっていればと、すぐ決まったらしいです。

 ・・・

 親善大使になって最初にタンザニアに行った時、小さな名もない村で、村長さんが子供を集めるのに「トット」って言うんです。あら、私の『トットちゃん』を読んでくれたのかしら……それにしてもまさかね、と思って、現地の方に「トット」の意味を訊いたんです。そうしたらスワヒリ語で子供のことを「トット」というと。その時私は「おお、神様」でした。

 ・・・神様が子供のために働けとおっしゃったようで嬉しかったですね。