こちらは2冊目の本に載っていた「母の気持ち」、お二人揃って、ほんとにここまで子育てに幸せを感じられるって、すごいことだ・・・と思いました。
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うーちゃんが可愛くて仕方がない。
生後5か月のうーちゃんにはじめて出会ってから、いつがピークなんだろう、と思いながら日々を過ごしているが、3歳現在、まだ毎日可愛さを更新し続けている。
私が子どもが欲しいと思ったのは30歳を目前にした頃、「恋愛も結婚も仕事も趣味も、遅いなんてことはないけれど、出産だけはタイムリミットがある」と健保のセミナーで女医さんに力説されてからだ。幸い夫となる人も子どもを欲しがっていたので、妊娠したら籍入れよう、なんて軽く取り組んでいた。するとすぐに妊娠、でもすぐに初期流産、医者からは「またすぐできるよ」と励まされた。それからはなかなか授からず、仕事も辞めて田舎に引越して不妊治療に取り組んだけれど、やっぱり授からなかった。・・・
8回目の体外受精に取り組んでいる頃だったろうか、夫が里親登録をしたいと言い出したのは。私はすでに37歳で、タイムリミットが見えはじめてはいたが、「まだ大丈夫、絶対産める!」と盲目的に治療している時で、「頑張っている人間になんて残酷なことを言うのだ」ととても傷ついた。それでも心のどこかで、「もし授からなかったらどうしよう」という不安は常にあって、テレビで養子縁組や里親の特集があると録画して観ていた。だから関心はとても強かったと思う。
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・・・説明会で、私の考えは180度変わった。先輩里親さんの体験談で、その方は、施設に入る8歳の男の子が冬休みに帰省先がないから預かってみないか、と言われたそうだ。その子を迎え入れ、お正月だったのでお年玉をあげたところ、その少年は「はじめて見た!」と大喜びで、ポチ袋をアルバムに貼って大切に眺めていたそうだ。胸が締め付けられた。社会的養護を必要とする子ども、頭ではわかったつもりでいたが、実際お年玉もない、サンタさんも来ない、誕生日ケーキもない。そういうことだったんだ。私自身が普通だと思っていたことは、とても恵まれたことだったんだ。
ひとりの子どもも産み育てたことのない私が、人様の子どもの親になるなんて無理だ、里親や養親は立派な人がなるものだ、という思いは一旦捨てて、お正月やクリスマスを一緒に楽しめる暮らしを子どもに提供してあげるオバちゃんでいい。とにかくそんな子をひとりでも増やさなければいけない。それは、実子がいてもいなくても、知ってしまったからにはやらなくてはいけないことだ。それだけの思いで、里親になる決意を固めました。
児童相談所から連絡を受けて、うーちゃんと病院ではじめて会ったとき、私は、「赤ちゃんだ!この子がうちに来てくれるんだ!かわいい!」と、もうフワフワ胸がいっぱいだった。帰り道に映画館が見えて、「今どんな名作を観ても頭に入らないね」と夫婦で話したのを覚えている。
後に看護師さんがその日の様子を、「初対面のはずなのに、うーちゃんが、迎えに来るのが当然だ、という態度をとっていて驚いた」と言っていた。赤ちゃんのシックスセンスだろうか。うーちゃんもこの人たちが家族になると感じてくれていたら嬉しい。
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不妊治療していた頃の私にこんな未来を伝えたら、どんなに「今、幸せなんだよ」と言っても、絶望したと思う。「産めない未来」なんて真っ暗だと思っていた。運良く里子や養子に恵まれても、責任や役割としての子育てだと想像していた。実際経験してみると、とにかく可愛い、楽しい。今日はどんな面白いこと言うかしら、とワクワク子育てをさせてもらっていて、心から幸せを味わっている。「子どものための制度」には違いないけれど、私も、月に1度集まる里親仲間さんたちも、大人が楽しんでいると思う。
「想像だけではわからないことだらけだ」と里親になってよくわかった。特に産みの親御さんたちへの想いは、経験してみないとわからなかった。里親になる前は負のイメージだったが、今はとにかく感謝しかない。この世に産んでくださって、その命を安全な児童相談所に託してくださって、本当にありがとうございます。
今は可愛い、楽しいだけの育児だけれど、この先の不安はもちろん、これも経験してみないとわからないんだろうなと身構えている。私も夫もうーちゃんの気持ちに寄り添いたいと強く思うけれど、実際、養子としての経験がないからわかってはあげられない。
今さらだが、この本も、うーちゃんを傷つけてしまったらどうしよう、と夫婦で震えている。ただただうーちゃんの可愛さと、里親制度や養子縁組の素晴らしさが伝われば、という想いだけなのだが、当人がどう捉えるかはわからない。
児童相談所の方々や、先輩里親さんたちにいろいろ話を聞くと、やはり真実告知でショックを受ける子が多いそうだ。でも自分自身で乗り越えるしかないので、全力でサポートできるよう心を調えていきたい。うーちゃんには、出自なんて気にならないほど、幸せで健康で楽しい人生を歩んでいって欲しいと切に願います。
