うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門

うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門

 子どもを育てたいとこんなにまで思う方もいるのだな・・・と、ある時までは全然関心がなかったという話も含め、興味深く読みました。

 

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 不妊治療の終わりのほうでは、子どもが欲しくて欲しくて喉から手が出そうなほどで、もはや自分の子どもじゃなくてもなんでもいい、どんな悪い子でもいいからとにかく1秒でも早く子どもに愛情を注いで暮らしたいと、せっぱつまった気持ちでいました。テレビで里親や養子縁組の特集があれば欠かさず見ていました。するとどうやら里親にも年齢制限があるらしいと知り、焦りは極限に達しました。不妊治療で女性の卵子には数に限りがあり、年齢も若ければ若いほどいい。精子にも老化がある。高齢の不妊治療で、一部成功例があり、それを真に受ける風潮がありますが、30代後半の不妊治療はかなり厳しく、成功例以上に諦めて子どものいない人生の受け入れを余儀なくされる人が多数いることをもっとアナウンスすべきです。僕は「20代で第一子は作っておくべきだ」と常々人に言うことにしています。

 世の中には子どものいない人生を選択する人もいます。僕は80年代バブル期に青年期を過ごし、その時代は個人主義が非常にもてはやされていました。自分の希望を最優先する生き方で、家族の大切さや子育ての魅力など誰も語っておらず、女性の社会進出やフリーターとしての自由な生き方が推奨されていました。今現在、少子化対策で「女性が働きやすい社会」など見当違いなお題目がとなえられています。

 それに、少子化対策を何年も何年もやっているのに、不妊治療は保険適用外です。行政から補助は出るのですが、1年で1回分に満たない額です。真面目に対策がされているとはまったく思えません。いい加減にして欲しいです。

 話がずれてしまいましたが、僕もすっかりその時代の風を背に受けて自由な個人主義を謳歌し、子どもを持ちたいなど微塵も考えず、誰からも子どもを持つことの素晴らしさを聞くことなく中年期を迎えていました。子どものいない人生を選択する人もいるし、子どもが持ちたくても持てない人がいる、だから子どもを持ったほうがいいなんてあまり言うのはよくないという意見も耳にします。たしかにそういう人にとっては迷惑だとは思いますが、あまりに子どもや子育ての魅力、家族が増えることの喜びなど、そういった情報が少ないのではないでしょうか。・・・とにかく僕のように普通の性交渉による子作りに出遅れて不妊治療に出遅れて里親制度にも出遅れないようにして欲しいです。

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 里子を預かりたいと妻に相談すると、妻は自分で子どもを産みたいとあまり乗り気ではありませんでした。その時はまだ、不妊治療を継続中でした。しかし、不妊治療は妻の意見をほぼすべて受け入れてきたので、今度は僕の希望につきあって欲しいと頼みました。この時点ではまだ養子と里親の区別もついていませんでした。

 僕がよそ様の子どもを育てたいと思ったきっかけがあります。友人の男性が、まったくの他人の男の子をわが子も同然に、しかもシングルファーザーで育てていたのです。その仲のよさが本当に素晴らしくて、他人同士でも家族になれるのだと実感しました。元々は、交際していた女性が連れてきた子で、3人で暮らしているうちに彼女が帰って来なくなり、男の子とふたりだけになってしまったそうです。2歳から父親同然に面倒を見ていて、僕が会ったのは5歳の時で、その時は完全にお父さんだと信じて疑わず仲良くしていました。お父さんが体をくすぐると転げ回ってよく笑う楽しい男の子でした。

 僕はその時、婚約不履行の裁判中で被告人で、娘ともまだ会っていなかったため、立派だと思いながらも素晴らしさを理解できずにいました。「他人の子どもを育てるなんて物好きだな」などとも思っていました。理解できないどころか、元婚約者に対して中絶を希望していました。今では中絶に反対の意見を持っています。キリスト教原理主義みたいに、どんな不幸せな妊娠でも中絶しないで欲しいと考えています。生まれたら僕の家に預けてくださってもいいし、里親を希望していながらも子どもを待ちわびている人がたくさんいます。ぜひ中絶せずに出産して欲しいです。出産直後に里親にひき渡す場面をテレビで観てすごくうらやましかったです。

 友人の子育ての素晴らしさに気づいたのは娘に会ってからでした。娘と一回会ってから、よそのどの子も愛おしく思えるようになってしまい、自分は子どもをほったらかしにしているクズなのに、友人は他人の子どもをわが子も同然に育てている。とんでもなく素晴らしいことだと思いました。友人の生活ぶりが急に輝かしく、まばゆく見えました。

 そんな友人の素敵な生活を念頭に置いて、児童相談所に話を聞きに行きました。里親制度はあくまで子ども中心の制度であり、希望する親の都合で子どもを選ぶことはできない、子どもにとって条件のいい親を行政が選ぶとのことでした。男の子や女の子も選べず、赤ちゃんがいいというようなことも選べません。できれば小さい子がよかったですが、それでもなんでもいいと思いました。里親になるには研修を受けて市の里親認定を受けなくてはなりません。2月に相談に行ったのに、研修の開始は5月で、なんで毎月やらないのだと、焦っていた僕はイライラしました。

 テレビで観た里親の特集で、里親の前に大きく立ちはだかる試練として「親試し」が取り上げられていました。その番組では、里親に引き取られた子どもが親に対してわがままの限りを尽くし、親の愛情がどれほどのものなのか試します。その試し行動がはじまったら1年間何をされてもすべて受け入れなくてはならないそうです。強靭な忍耐力が問われます。我々のようにフニャフニャな気ままに生きている夫婦の覚悟では務まるような気がまったくしません。でもそうなったらやるしかない。

 研修がはじまり、・・・「里親」「親戚里親」「ホームグループ」「専門里親」など里親にもいろいろあることがわかりました。里子の試し行動についても習いました。

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 里子はあくまで、親権が実親にあり、苗字も実親のものです。里親には親権はなく、養育権があります。・・・要するに里子はよその子を預かっているだけで、返してくれと言われたら返さないといけなくて、養子は完全に戸籍に入る家族です。

 

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 研修を一通り終えると、自宅の調査があります。その家が子どもを預かるのに適しているのか、その家の間取りの図面を提出し、実際に職員さんが来訪して自宅の様子を実地調査します。家中を見ていただくので、かつてないほどの大掃除をしました。

 家の造りだけでなく、我が家の資産、僕の前年の所得、家族全員それぞれの履歴書を提出します、前年は医療費が100万円以上かかっており、その内訳の質問を受けました。「不妊治療です」と答えると気まずい空気になりました。

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 研修を一通り終えて、認定を待つまでになっていました。・・・そんなある日、児童相談所からの電話がありました。男の赤ちゃんが病院にいて、我々に里親として預かって欲しいとのことでした。

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 急な話に戸惑いました。2、3歳の子どもを預かって心のケアを頑張らなければならないと勝手に想定していたのに、0歳の乳児は心より体のケアに取り組まなければなりません。・・・木曜日に電話をいただいて、週明け月曜日に返事をすることになりました。

 ・・・妻は一晩じっくり考えて、こんなに早く赤ちゃんを預かることができる幸運を逃す手はない、断ることはあり得ない、運命の流れに従おうという結論に達し、月曜日を待たず翌日金曜日に「預からせてください」と連絡しました。

 僕は自分で物事を選択することはあまりありません。目の前に提示された条件に従ってその中で力を尽くすようにしています。特にここ数年いただいた仕事はほぼ断っておりません。・・・元々遊びみたいな仕事なのでやらせていただけるだけでありがたい。仕事だけでなく、アパート選びや人付き合い、車の購入なども運命の流れに従い、なるべくイエスマンであろうと考えています。なのでこの場合も断るという選択肢はほぼ0%でした。・・・

 火曜日に妻と病院に行きました。・・・

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 看護師のMさんがお母さん同然に育てていらして、そのMさんは顔もやさしいお顔立ちで、声も高くてやさしくて可愛らしい方で、赤ちゃんが安心しきっていました。・・・

 ミルクを飲ませるために寝ている赤ちゃんを抱きあげると目を覚まして大声で泣きました。妻が赤ちゃんを抱っこして人肌の温度のミルクの入った哺乳瓶を口にくわえさせると、それまで泣いていたのが嘘のように止んで「ズバッズバッ」と力強い音を鳴らしてミルクを飲みます。大変ながっつきようで、集中力と生命力と躍動感を感じさせる飲み方でした。・・・

 ミルクの後、初対面なのに安心しきって抱っこのまま眠ってくれました。・・・