一万円選書 北国の小さな本屋が起こした奇跡の物語

一万円選書 北国の小さな本屋が起こした奇跡の物語 (ポプラ新書)

 一万円選書という試みも、その背景も、興味深かったです。

 

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 2013年。これまでの人生を振り返ってみても、この年が一番きつかった。どん底でした。いわた書店を始めた親父が亡くなって、資金繰りがいよいよ立ち行かなくなってきました。改装するときに、長期でローンを組んでいたのですが、書店の商売は利益率が高くないのでね。うちの場合、1冊1000円の本を売って、利益になるのは、2割少しの220円。乾いた雑巾を絞るようにして、人件費を削って、売り場を縮小し、細かい経費を削ることで、なんとかやってきたわけです。もうこれ以上は絞れない。20年以上、あれこれ知恵も出しきって打てる策が浮かばない。いよいよいわた書店をたたむしか選択肢がないだろう。そうして、その年の暮れに、函館ラ・サール高校の同級生で、札幌で弁護士をしている友人の事務所訪ねたんです。子どもや孫たちに迷惑かけないよう軟着陸できるうちに、どうやって店をたたむのがいいか教えてくれって。重要な話なので、妻も連れて行きました。

 彼はわざわざ日曜日に事務所を開けてくれて、じっと僕の話を聞いてくれましてね。地元ではなかなか弱音が吐きにくかったんです。「あそこはもうすぐ潰れるぞ」なんて言われたら敵わないので。気を張っていたから、第三者である彼が親身に話を聞いてくれただけで、少し心が軽くなりました。彼は、もう少しできることがあるかもしれない、といろいろ算段してくれて、「あと1年だけがんばってみないか」って背中を押してくれたんです。持つべきものは友ですね。

 60歳を超えていたので年金をもらって給料を下げるとか、彼のアドバイスを受けて、できることをやりながら、もうちょっとだけ踏ん張ってみようかと。そうやって、ほんの少しだけ前を向いて、人生で一番、思い悩んだ年が暮れていきました。

 忘れもしない2014年。

 テレビ朝日の「アレがスゴかった‼」という深夜番組から取材依頼があり、ディレクターがひとりでカメラを持って砂川までやってきました。暇だったんで、2日間車に乗せてあちこち連れまわしましてね。山の上から遠景が見たいというので、一緒に山に登って下りて帰る途中、子熊が車の前を横切ったんです。近くにいるであろう親熊に車を押されたら崖から落ちちゃいますから、逃げろーってひやひやしながら車を飛ばして事なきを得た、なんてこともありました。

 無事に撮影を終えて、迎えた放送日。これまで何度も取材は受けてきましたし、深夜放送だし、こう言っちゃなんだけど、そんなに効果はないだろうなあってまったく期待はしていませんでした。だって、みんな月曜の朝から仕事なんだから、日曜の深夜に誰も見ないと思うじゃないですか。ところが、蓋を開けてみたらとんでもない。

 放送翌日、月曜の早朝、インターネットの検索急上昇ワードに「一万円選書」が上がって、「これはなんだ?」ってことで、問い合わせが殺到。地上波全キー局から電話で取材オファーがありました。いわた書店のホームページのアクセス数も跳ね上がって、メールで一万円選書の申し込みが山ほど届いた。最初は何が起きているかわからなかったですよ。うそだろ、うそだろ、うそだろって、もう混乱状態。夢の中にいるんじゃないかと思いました。

 何が起こったのか。深夜に番組を見ていたスマホ世代の人たちが、SNSで広げてくれていたんですね。僕が戸惑っている間にも、いろんなところから情報をかき集めて、インターネットのまとめサイトにスレッドを立ち上げて書き込んで、僕より上手に詳しく説明してくれているわけです。どんどん拡散されていって、放送3日後には555件の申し込みが来たんです。これ以上受け付けるのは無理だってことで、募集をストップしました。インターネットの拡散力には驚かされましたよ。超アナログな僕の仕事が、デジタル社会に助けられるんだから。

「本屋の神様はいた‼」

 妻はそう言って、一緒に喜びました。やっと見つけてくれた。本屋を続けていて、あのときあきらめなくて、本当によかった。やってきたことは間違ってなかった、と。

 それまでの20年はずっと、先の見えない霧の中をひたすら下山しているような感覚でした。不安と恐怖を抱きながら、ぐらつく足元を確認し一歩一歩進む。進むといっても、前ではなく底に向かっているようでした。それでもなんとか歩を止めずにいたら、ある日突然、霧が晴れて目の前に花園が広がっていた。ああ、この景色を見るために、大変な山道を下りてきたんだなと思えるような、美しい花園が。

 本当に、あの日を境に、オセロの石が一気にひっくり返るようにして、書店主として見える景色が180度変わったんですね。

 一万円選書が軌道に乗ったことで、売り上げが立って資金繰りが滞ることなく、経営が安定しました。支払いに追われなくて済む。何より、一人ひとりに自分がいいと思った本を届けられる。本屋の仕事が楽しくてしょうがない。それが一番ですよ。

 63歳にして僕はやっと、ずっと「やりたかった本屋」に近づけたんです。おもしろい本を書いた作家のバトンを読者につなげる本屋に。

 一度は本屋をたたもうと思った人間が、69歳になってもなお、老いぼれて頭と体が動かなくなるその日まで本屋をやろう、と思っているのですから。人生は、不思議なものです。本当に何が起きるか、わかりません。

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 どうしてこんな田舎の小さな本屋に全国から注文が殺到するのか。取材なんかでもよく聞かれるんですが、やっぱり一万円選書の鍵になる「選書カルテ」が果たす役割は大きいでしょうね。

「選書カルテ」は、お客さんご自身に、これまでの人生や現在の悩みを書き出してもらったもの。僕はそのカルテを読んで、その人に読んでほしい本を選んでいきます。それこそお医者さんが診断するときに見る、患者さんの過去の病歴や現在の痛みが書き込まれた「カルテ」のような位置付けですね。

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 内容は少しずつ変わっていますが、いまは年齢や家族構成、お仕事、最近気になったニュースや読んでいる雑誌に加えて、この本の冒頭に書いたような内容に落ち着いています。

 

―これまで読まれた本で印象に残っている20冊を教えてください。

―これまでの人生で嬉しかったこと、苦しかったことは?

―何歳のときの自分が好きですか?

―上手に歳をとることができると思いますか?

 もしくは、10年後どんな大人になっていると思いますか?

―これだけはしない、と決めていることはありますか?

―いちばんしたいことは何ですか?

 あなたにとって幸福とは何ですか?

 

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 2015年に閉店した札幌の町の本屋、くすみ書店の店主、故久住邦晴さんが生前、うちのお店に来て言ったんですよ。「岩田君のとこはいいなあ、店が狭いから在庫も少ないし、田舎で人も通ってないから夜遅くまで店を開けなくていいし、競争相手もいない。いいよなあ」って。全部ダメな本屋の条件じゃないかって、笑いましたよ。でもこれ、久住さんが言う通り、一万円選書を軸にするいわた書店にとってはいいことばかりなんですよね。高い家賃を払わなくていいし、店で抱える在庫が少ない分、売れる前に支払いするお金も少なくなる。砂川は人口1万6千人の町で商圏が小さいから、札幌のように大型チェーン書店も参入してこない。人通りが少ないから日中にシャッターを降ろしても誰も文句を言わない。おかげで僕は選書に集中できる。もともとたくさん人が来ることを前提に商売をしていないから、お店でありながらコロナ禍に受ける影響も少ない。〝負ける要素〟が揃っているのに、いわた書店はいまも町の本屋としてあり続けることができている。

 すべてのハンデはアイデアひとつでアドバンテージに変えられるんですね。