心に折れない刀を持て ジャングリア沖縄、誕生までの挫折と成長の物語

心に折れない刀を持て――ジャングリア沖縄、誕生までの挫折と成長の物語

 よくお体が持ちましたね・・・と驚いてしまう壮絶さでした(;^_^A

 

P79

 ・・・思い悩んだ私は、今西聖貴さんに相談に行った。長年にわたる「数学マーケティング」の私の研究パートナーだ。・・・

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 今西さんは博学で知性の塊のような人だ。人格の中心は非常に誠実だが、はっきり言ってサイコパス性が強い。彼はこの世界の「真実」を突き詰めるために生まれてきたので、空気を読まないし、政治的な配慮もしない。誰の前であっても思ったことをすべて正直に話すので非常にドキドキする。しかし、いつも忖度なしに本音を当人にハッキリ言ってくれるので、こういうときに自分を客観視する相談相手としては得難い存在だ。大学教授のような思慮深い眼差しで私の話を聴いた後、今西さんは開口一番にこう言った。

「森岡さん、複雑に考えすぎと違いますかね?」

 今西さんの本質を射抜くカウンセリングが始まった。

「要するに『森岡さんが何をしたいか?』だけで決めれば良いでしょう。だって森岡さんの人生ですから」

「森岡さんが決めたことを他の人が挑戦したければ、勝手にすればよろしいですやん。だって彼らの人生ですから。それは森岡さんが悩むことじゃないです」

「失敗するか?成功するか?そんなことは森岡さんにとっては、重要ではないですやろ?」

「成功が大切なのは〝安定〟が欲しい人だけと違います?森岡さんは安定するのは嫌いですやん。だからいつも、とびっきりしんどい人生をわざわざ自分から選びますやん」

「森岡さんが一番欲しいのは〝挑戦〟でしょう。挑戦できるなら、たとえ失敗しても挑戦できないよりずっとマシな人生でしょう。だからUSJを出る。挑戦する自由が欲しいからでしょう?」

「USJの経営再建を成し遂げた今、森岡さんが次に何に挑戦したいのか?それだけを純粋に考えれば良いのではないですかね?」

「挑戦するということは『失敗するか、成功するか』じゃなくて、『人生に悔いが残るか、残らないか』ではないですかね?」

「ちなみに私はアメリカに帰る前に寄り道するところができました。私も勝手についていきます」

 最後に彼はニコッと笑った。

 

P158

 我々の軍資金は尽きかけていたが、可能性を感じている案件候補がまだもう1つ残っていた。・・・それに全力を尽くすのみだ!私は奈落の底で覚悟を決めた。

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 電話を受けた立見さんの表情が10秒で険しくなり、そしてしばらく先方と話した後に切電した。「あの場にいた社長以下の全員がやりたくて仕方ないのだけれども、あの場にいなかった父親の会長と社外取締役などが反対して取締役会で否決されたそうです……」。立見さんは努めて冷静に伝えてくれた。

 私は文字通り〝目の前が真っ暗〟になっていた。知らない人の方が多いと思うが、こういうときは本当に、文字通りに目の前は〝物理的〟に真っ暗に感じるようになる。・・・

 またも……か……。惜しすぎる‼今回はぶっ刺さったと思った。なかなか大義のある会社だったが、あのプレゼンでもダメなのか⁉いや、あの場にいなかった父親に対して我々が直接話さなければ、趣旨は彼らではまったく説明できなかっただろう……。強化した伝え方自体はとても機能したが、本当の意思決定者を見切れていなかったのだ……。また1つ大きな学びを得たのは良かったが、現実として最もチャンスがあると思っていた案件がダメだったのだ……。

 さすがの立見さんも「これは……。いけると思ったんですけどねぇ……」と悔しそうに頭を抱えている。私も無意識に両腕で頭を抱えていた。顔面蒼白の2人は向き合って「うーん……」と唸りながら頭を抱えた。・・・

 そのとき……落胆の黒い闇の中で、瞬きもできず、ブラックなコーヒーを吸っていたほとんど空っぽな私の方角に向かって、誰かが何度も何度も声をかけていたことにようやく気がついた……。

「あ、あの……すみません!森岡さんと、立見さんですよね‼」

 あまりに明るく弾んだ声に虚を突かれ、一瞬クラクラした。

「私、尊敬していて、大ファンなんです‼何冊も本を読ませていただいてます‼立見さんも、ホームページで拝見しました!お二人にお会いできるなんて、本当にラッキーです‼」

 30歳前後に見える男性のミッキーマウスのように明るい笑顔だった。 

 我々は対照的な顔をしていた。自分が絶望しているときに幸せと元気に溢れている人が目の前にいると、こんな気持ちになるのか……などと考えながら、私は状況を無気力に眺め続けていた。目の前の暗さごと空間を歪んで感じていた。

「すみません、森岡さんと一緒に写真を撮ってもらって良いですか⁉」

 彼は屈託なくリクエストしてきた。本当に嬉しそうだ。

 そういうとき、私は「今はそんな気分じゃないんです」などとは言わないことにしている。もちろん気分は〝絶賛お葬式中〟だ。しかし人前に立つときは私のすべての言動は「刀」のためにある。しかも、ありがたくも、私の本の熱心な読者様だ。私は誰かの期待を常に背負う道を自分で選んだのだ。どんなときでも必死に顔面神経を駆使して笑顔をつくらねばならない!

 ・・・彼は振り返りながら、最後までとびきりの笑顔で去っていった……。2人で見送りながら、私は暗闇の中から彼の背中を無気力に眺めていた。

 そのとき、やにわに立見さんがこちらを振り向いたのだ。クリクリした眼を見開いて双眸の奥がランランと光っている‼これまでも彼のこういう表情を何度か見たことがある。大ピンチのときに起動する〝立見エンジン〟にスイッチが入ったのだ。

 立見さんはダメージを受けてからの回復力が人並み外れて速く、ピンチになるほど直感の鋭さにキレを増し、腹を括れる胆力があり、行動力が爆上がりする特性を持っている。・・・

「森岡さん、これは大丈夫だと思います。きっと何とかなる……」

 彼はどっしりしていた。

「今回は、これまでで一番のシュートが撃てました。ちゃんとネットを揺らしたけどオフサイドだっただけ。あのシュートをコンスタントに撃てば、遠からず1~2件必ず取れると思います。これまでほぼすべての交渉を見てきたからわかりますが、森岡さんが覚悟を決めてからの我々のジャンプはすごい。成約はもう目の前に来てますよ!」

「実は進捗が小休止していた案件にも、あらためて連絡があったんです。大義ある筋の良い案件です。私、今からそこに行ってきます!地ならししてくるので、またシュート撃ってください!」

「森岡さん、大丈夫ですって!何とかなります!きっとなんとかします‼」

 ・・・

 逆境で必要なのは「楽観」ではなく「胆力」である。重いプレッシャーがかかり、自我が揺らぐようなとき、本当に必要なのは、どうしようもなく追い詰められた気持ちを軽くするための「楽観主義」ではない。気休めが現実を好転させることはない。最も必要なのは、このときの立見さんのように、自分や仲間を動揺からシラフに戻すことだ。逆境であるほどチームの能力を正常に機能させなければならない。問うべきは成否そのものではなく、今からできることの成否の確率を操作することなのだから。

 

P194

 本当の競争も、共通の敵も、組織の内側ではなくて外側に存在する。だから組織の内側は美しい共依存関係で繋がるべきである。「上下関係の呪い」は共依存関係の敵なので、それを刷り込む仕組みを私はできるだけ排除したいのだ。だから上下関係にこだわる人や、個々人の自己保存を共同体の目的よりも優先しがちな人は、できるだけ刀には入っていただかないようにしている。というより、共同体の目的を優先することが自己保存の喜びになる少数派を探していると言った方が正確だろう。

 そういう価値観が合っていないと、刀に入ると不幸なことになってしまう。・・・

 わかりやすく言えば、他者に対して偉ぶりたい人は刀には向いていない。・・・

 タイトル(肩書)がとても大事な人も、刀に来たらきっと幸せにはなれない。・・・もちろん各々の給与水準は市場価値と役割によって大きく差がついているが、どれだけ年収の差があろうが、職権に差があろうが、刀では本質的にすての人が対等であり、尊重されなければならない。

 

P278

 ・・・USJで株主たちの想像を遥かに超える業績を出したことで、私は〝宝くじの1等賞〟のような成功報酬をもらうことになり、働かなくても家族で平穏に生きていける程度のお金を手にしたのである。私は何を望んだのか⁉実は私はほとんど迷わなかった。私が最も欲しいものは予想通り明快だった。それは〝さらなる挑戦〟だ。食べるために働く必要がなくなったとき、人は本当に欲しいものが明瞭になる。

 お金は、私の場合は〝目的〟にはならない。私にとってお金は、やれることの選択肢を増やし、成し遂げたい目的を実現する力、つまり〝Enabler〟だ。やりたいことをやるために大切だが、お金そのものが目的になることはない。これまでも、お金に執着していなくても、目的を懸命に追いかけていると必要なお金は後ろからついてきたように思う。

 

P409

 失敗は挑戦の代償ではない。挑戦するならば、最初から覚悟しておくべきものなのだ。人は失敗しないから挑戦するのではない。失敗しても、後悔だけはしたくないと強く願うからこそ、人は未知の領域へと足を踏み出すことができるのだ。なぜなら、真の挑戦とは己の能力の限界、あるいはその遥か先にある、手強すぎる獲物に挑む行為だから。できるとわかっていること、できそうな安心感と共に始めることは、安全な航海に過ぎず、魂を揺さぶる真の挑戦ではない。失敗の覚悟なしに、真の挑戦などあり得ない。

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 日本の社会は、この40年という長い間、停滞を続けてきた。その根源には、真の挑戦に踏み出す勇気を持つ人々が、あまりにも少なかったという事実があるのではないか。そして、その勇気の欠如の背後には、成否に過剰に囚われ、失敗した者を安全な場所から容赦なく叩き潰す、この国独特の同調圧力が支配する〝村社会〟の気質が深く根付いているのではないだろうか。

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 日本は今、かつてないほどに、新しいこと、リスクの高いことに果敢に挑戦するチャレンジャーを必要としている。であるならば、社会全体が、結果の成否だけではなく、勇気を振り絞ってバットを振った者たちを温かく応援する土壌を育まなければならない。それは、たとえ失敗に終わったとしても、チャレンジャーを社会で下位に落とすのではなく、その挑戦の意義や目的の正しさを真摯に議論し、そこで得た貴重な経験を活かし、再び立ち上がることを奨励する、成熟した社会のことであるはずだ。