これでもいいのだ

これでもいいのだ (中公文庫)

 みんなそれぞれいろいろあって、それなりになんとかやっていて・・・など思いつつ、面白く読みました。

 

P139

 ・・・父は七十代後半から「長生きしたい」とハッキリ言うようになった。子どものころから病気がちで、大人になってからも慢性的な倦怠感を伴う病を長く患っていた。ここまで生きただけでも十分とか、先に逝った母に会いたいとか言っていた時期もあったのに、今ではまったく死にたくないようだ。死にたがられても、困るけれど。

 そこそこの小金持ちだった父の経済力は、母が亡くなってから緩やかに下り坂を降りはじめ、七十代で全財産を綺麗サッパリ失った。今ではMr.スッカラカンだ。

 Mr.スッカラカンになるまで、父はすべての移動に自家用車を使っていた。父が電車に乗るのを見たことはなかった。外食する店や着る服にもこだわりがあり、私と違って、高級品にわかりやすくお金を使う人だった。よく働き、よく稼ぎ、稼いだお金を使うことが、生きる証のような人。それが父だった。

 生きる糧を失い、一時はどうなることかと心配したが、それは杞憂に終わった。父は、光の速さで宗旨がえをしたのだ。PASMOやSuicaを駆使してどこへでも出掛けていくし、UNIQLOの服だってサラリと着こなす。足元が少し覚束ないことを除けば、六十代後半くらいの機動力がある。

 味覚の幅も劇的に広がり、ファミレスもエスニック料理も大歓迎。「なんだこれは!」と言いながらも、ちゃんと食べる。昔だったら、絶対にありえなかったことだ。

 ひとり暮らしながら世話を焼いてくれる人もいて、娘としては大助かり。お金に関しては「ないものは、ない」と開き直る力が凄まじい。娘に無心するのにも、まるで屈託がない。

 先日、父は私になんの相談もなく文鳥を買った。慌てて文鳥の寿命を調べると、七~八年とある。これじゃあ、本当のチキンレースではないか。どっちが先だ。私には鳥アレルギーがあるので、鳥より先には逝かないでくれ。

 家に文鳥がきてからの父は、ますます楽しそうだ。愛でるもの、世話をするものがあると、老人の生活にも張りが出るのだろうか。文鳥に「ピーコちゃん」と名付け、スマートフォンを駆使し、写真も送ってくれる。持っているもので精いっぱい楽しむことに貪欲で、こりゃしばらくは死なないだろう。魂がアップデートできて、本当に良かった。

 時代が変わり、価値観もくるくると変わっていく。

 男性の終身雇用と年功序列、専業主婦の無償のケア労働に支えられた日本経済は、とっくの昔に終わった。古い価値観にしがいついていたら、父の毎日は暗澹たるものになっていたはずだ。

 父のたくましさを見ていると、私も見習わなければと、真剣に思う。「あのころはよかった」なんて一言も言わず、新しいものごとに、体と脳をどんどん適応させていく。そうすることが、いつまでも人生を楽しむ秘訣なのだと、父は全力で教えてくれる。

 いつかは母に会いに行ってしまうからこそ、父はギリギリまでやりたい放題やってほしいと、心から願っている。

 

P221

 木曽路でしゃぶしゃぶでも食べようと迎えに行くと、父の顔と体が一回り小さくなっていた。最後に会ったのは一カ月半ほど前、いったいなにがあったのか。病気?痩せたことに本人が気付いていない場合、いきなり尋ねると傷付けることもある。ここは慎重にいこう。

 店に入り、適当な世間話をしてからオーダーを済ませる。頃合いを見て、夏バテかと尋ねた。父は得意げに首を横に振る。ではなぜ、と尋ねようとしたところに肉が運ばれてきて、着物姿の給仕さんが沸騰寸前の出汁に肉をくぐらせた。

 霜降りが鍋のなかに透けていくのを眺めながら、父が口を開く。

「お父さんはね、健康のためにひと口五十回、噛むことにしました」

 三十回なら聞いたことがあるが、五十回は多すぎではなかろうか。なんでそんなことを始めたのかと聞きたかったが、給仕さんが取り分けてくれた肉をひょいと口に入れた父は、モグモグと口を動かし続けたまま一向に飲み込もうとしないので聞くに聞けない。父が咀嚼を終えるまでに、私は肉を三枚は平らげた。

 永遠に続くかと思われたモグモグのあと、満を持してのゴックンを経て、父はようやく口を開いた。「よく噛むようになってから、胃もたれや胃痛もなくなり、すべてが絶好調!」。おなか回りの肉もすっきり取れ、風呂上がりに自分の体を見るのが楽しみらしい。

 なあに、それ。女子高生じゃあるまいし。なかなか体重が減らない私は、やっかみ半分だ。ずっとモグモグしているので口には出さないが、私が痩せないのはよく噛まないからだと、父の目が訴えてくる。腹立たしいったらありゃしない。

 父のひと口五十回咀嚼法は、社交に不向きな健康法だ。会食が始まってから、父はほとんどの時間を噛むことに費やしている。つまり、黙っている。それではと私も真似してみたが、五十回噛み終わるまで口の中に食べ物を残しておくのが難しい。「慣れだよ、慣れ」と父は先輩風を吹かせた。

 喉に味蕾があるわけではないけれど、噛みすぎると食べ物の味がわからなくなってつまらない。モグモグ即ゴックンができる私は、まだまだ若いのかもしれない。

 

P278

 私にはパートナー氏はいるが子どもはおらず、親は無一文だから引き継ぐ財産も負債もなく、間違いなく六十歳を超えても働き続けなければならないだろう。でも、失敗したとか損をしたとは思わない。いまのところは思ってない。

 そりゃ仕事があって東京に住んで健康で、文句ないに決まってるでしょうと言うあなた。その通りだ。しかし、この状態を不幸だとか損してると定義する人もいるわけで。これが大損になる場合も先々ないとは言えないし。

 だから、前もって正解を決めないというやり方しか、私には思いつかない。ここ十年か十五年はずっとそう。でも、なんらかの矜持は持っていようと思う。私はどうにかやれる、という矜持。

 気が滅入らない程度に、不安に押しつぶされない程度に、備えてはいる。だけど、ちっちゃなプライドを防御するために「あのブドウは酸っぱいに違いない」と断じるのではなく、なにかが足りないと自分を責めるのでもなく、「現時点では私の手には入らないあのブドウを、酸っぱいと感じる人もいるかもしれないし、甘いと感じる人もいるかもしれないし、いつか私の手に入るかもしれないし、入ったところで幸せになるとも限らない」くらいにボンヤリとさせておくのだ。そうすると、自動的にいまの私は、それほど過不足がない状態になる。

 毎日は、そこそこ楽しい。中年になると良いことが立て続けに起こるから、楽しくなったわけではない。

 食べてしゃべってまた食べて、飲んだり飲まれたりする人もいて、遊んで働いてまた働いて、子育てしたり介護したり、疲れたらボーっとする。

 私たち、これでもいいのだ。