「家」ってすごいな・・・と驚くと共に、看護師さんがいてくれるありがたさを思いました。
P41
ここで次章の主人公となるCさんの語りを、先に一つだけ引用する。Cさんは最近になって訪問看護部門に異動してきた病棟経験が長い看護師である。
Cさん 看取らしてもらったというか、最後まで処置いろいろさしてもらったんですけど。すごくいいですね。
村上 ほう。
Cさん 病院で亡くなられる方って、やっぱり最後まで酸素を付けて…リザーバーマスクっていう酸素がたくさん入るマスクをずっと最後まで付けられてたりとか、点滴してたりとか。しんどそうなんですよ、やっぱり。
でも家での看取りは、なんか自然。すごく自然です。家で看取るって決めて家へ帰ってはるので。もうたしかにこう…あんまり余分な栄養も入れないですし。要らない酸素やとか点滴もしないので。そういう面もあるかもしれないけど、すごくこう…自然ですね。家族もまあ、ちょっとずつ受け入れていって。家族のできること、自分がやりたいこと、できることをやるので、悔いが残らない感じ。なんかいい雰囲気のなかで死ねるっていうか。
P50
・・・病棟で数多くの看取りを経験してきたCさんは在宅で看取りを行う場合に、死が悲しいものではなくなると力説してきた。そのことを受けての語りである。
村上 僕らの社会にとっては新しいですよね。
Cさん 新しいですか。ハハハッ。
村上 じゃ、ないですか?
Cさん ですよね。
村上 だって、そういう……。
Cさん 死ぬのに楽しいみたいな。
村上 ねえ、死ぬのが楽しいってね。
Cさん うんうん。死ぬのが本来悲しいものじゃないっていうのが分かります。本当に、亡くなられて四十九日ぐらいに、まあちょっとお花を持って集金にうかがうんですよ、最後の。そのときもね、「すごいねー、よかったー」と言ってもらえるんですよ。「ちゃんと家で看取れてよかったー」と言って。「毎日来てくれてたから、すごい安心感があったし」って言わはるしね。「ありがとう」と言ってはりますね。だから、しんみりっていうのもないし。うん、うん、うん、終始笑顔。ウッフフ、フフフフ。
村上 それは何ていうか、何かがすごいおっきく変わる。
Cさん ああ、でも本来の死に方ですよ。なんかそんな気がする。
P54
さてCさんは、看取り以前にそもそも訪問看護という仕事全体に対する楽しさを語った。訪問看護の実践全体を見たときに、患者や家族にとっての「よさ」と、看護師にとっての「よさ」とが連続していることがはっきり語られる。
・・・
村上 ・・・その、楽しさというのは?
Cさん 何でしょう。たぶん在宅に…家にいるっていうことがすごくこう…人間って家にいるのがすごく合ってるっていいますか。やっぱり入院っていうのは特殊なことで。『本当のその人のおうちじゃないんだな』って。やっぱり家にいる患者さんっていうのは…すごくこう…伸び伸びしてるし、表情もいいし、元気。うん。ちょっと病気は持ってるけど、私たちがサポートしながらだったら、家で過ごせるっていう部分があるので。『いい職業だな』っつうか。
村上 あ、なるほど。
Cさん 『楽しいけどな』って思ったんです。やっぱり病棟にいるときには分からないっていうか。やっぱりちょっと実習とかで絡んでもらって、そういうのを見ないと、よさが分からないですね。
・・・
Cさん 最初から今までずっと楽しいですよね、実際やってみて。フフフフ…何が楽しいのか…やっぱりさっき言ったようなことで、病棟に入院してる患者さんっていうのは、食欲もないし。同じ病気であっても、なんか皮膚もかさかさだし、なんかすごく元気がないんだけど。〔治療〕できない状態で家に帰ることもあるんですよ…まあ看取りで帰ることもあるんだけど…それでも元気になるんですよ。皮膚も全然すべすべできれいで。声も違うし、表情も違うし。死ぬために家に帰るんだけど。病院にいるときよりも元気ですわ。
・・・
・・・話してても違いがすごく分かるから。『やっぱり家がいいんやな』って。『家で死にたいというのはこういうことなんやな』って。
村上 あー、なるほど、うん。
Cさん まあまあ、人ってなんか家…畳の上で死にたいって昔〔から〕よく言うじゃないですか。でも実際は、たぶんもう死ぬときにならないと分からないと思うんですよ。本当に何がいいのか、畳の上で死ぬことが何がいいのか分かんない……やろうけど、やっぱり家だと人ってくつろげるし。やっぱり家にいるのが本来なんですよ。『自分なんやんな』って、『そういうことなんかな』って思ったんですけどね。
P187
・・・「心が動く」と、どのような支援が実現するのかについて考える。
重い障害を持った子どもを自宅で育てる場合、生死に関わる出来事をつねに覚悟する必要がある。・・・
Fさん 小児ってね、風邪、インフル〔…〕みんな入院しちゃうんですよね。
・・・
・・・そうするとね、また一から振り返るんですよ。一週間で子どもってすごく変わっちゃうんですよね。大人ってあんまり変わらないじゃないですか。〔でも〕一週間するとね、なんか人間変わったみたいに帰ってくる子もいるんです。環境の変化に弱いので。
村上 悪化してるってことですか。それはどういう?
Fさん あのね、悪化してるというか、やっぱり〔病院で〕つらい環境に置かれるんでしょうね。家っていう伸び伸びしてた環境から、そういう社会的な管理されることで。
村上 うんうん。そうなんだ。
Fさん なのでね、今まで笑ってた子が急に笑わなくなったりとかね。
村上 へー。
Fさん 食べてた子がぴたっと食べなくなったりとかね。まずうんちが出なくなってね。なのでね、入院するとね、『うわ、嫌だわ』って思うのは……入院することは仕方ないんですよ。でもね、帰ってきたときの第一本目がね、まずはアセスメントからまた始まんなきゃいけないんですよ。
・・・
寝ないし。二四時間サイクルが狂うので、三日間寝なかったりとかね。けいれん発作ばんばん出るんですよ。すごーい生体反応強いんですよね。あの子たちって。それをまず戻すところから入るんでね。
村上 それはあれですね。やっぱり家ってすごい大事なんだ。
Fさん 大事ですね。本当に入ってきた瞬間に顔変わるって言ってました、お母さんたち。玄関前からね、その重身の子が分かるんだって、見えないはずなのに。においとかなのかもしれない。
重い障害のある子どもにとって、家はみずからの身体の一部なのだと言ってもよいであろう。視力が弱くても、家に「入ってきた瞬間に顔変わる」ほどなのだ。・・・
・・・家が、自分を支えている母親の身体の延長として感じられている。家は自分の体であり、かつ母親の体なのである。・・・
・・・
しかし家にいればよいというものではない。重度の心身障害児は、そもそも生存がきわめて困難な身体状態の子どもたちだ。家での生活を可能にするのが訪問看護なのである。
Fさん まあ目的的にね、お風呂いれましょう、排便介助しましょうっていうことは多いんですよ。でも、処置だけに行ってるわけじゃないわけですよ、私たちっていうのは。次の訪問から訪問までの時間、・・・そのあいだをどうやってこの子と過ごしてほしいか。・・・それ〔悪化の予兆〕を放置するとすごく怖いことが起きることを知ってるんですよね。なので、その時間にすっごい集中して関わります。でもね、これはありがたいことなんですよ。病棟では絶対にできない経験で。
・・・
Fさん 呼吸器をわざと外す子もいます。
村上 あ、うれしくて?
Fさん うん。
・・・
あのね…こう喜んで…他人が来たらじーっと見て、すっごいいい顔する、いい子になるんですよ。でも、好きな人が来たら〔喉をさして〕ここ外すんですよね。うん、苦しいんですよ、外したら。苦しい。呼吸器ないと生きられないんだから。で、せいぜい外して三〇分ぐらいはなんとか生きても、もう黒くなりながらも、笑って外すんですよ。それがね、彼女の表現なんですよね。本当一人ひとりが個性的でね。おもしろいですね、見てて。
家とは、重い障害を持った子どもが「すっごいいい顔する」ような、うれしさの「表現」ができる場所である。しかも好きな人が来たら呼吸器を外すということは、このうれしさは対人関係と連動した「表現」行為である。「一人ひとりが個性的」、ということは楽しさと表現によって、家にいる子どもはその子らしくなっていくのだ。・・・
P224
・・・拙著『摘便とお花見』に登場した、小児がん病棟に勤めるGさんの語りを引用してみます。
うーん…たとえば亡くなる子の部屋って行きにくくなったりすることもあるんですよね。受け持ちじゃなかったりすると、入りにくくなったりするんですけど。でもそれってたぶん、あの、みんなにとってよくなくって。でも入るのにやっぱり勇気がいるんですよね。
でもそういうのを……自分の感情っていうものより、必要なことを考えられるようになったっていうか。家族にとっては今、もしかしたら私が話しかけに行くことも必要だとか。誰か医療者がなんとなく毎日来てくれることが必要だとかっていうことを考えられるようになったのかもしれないんですけど。ま、それとあとちょっと、肝が座ってきたっていうのもあると思うんですけど。
逆に「向かえ合えなかった」例を聞いたらこう答えてくれました。
あー、そうか。私自身じゃなくって先生がプライマリー〔受け持ち患者のこと〕の部屋に行けなくなってて、そのターミナルに。それは向かい合ってないなと思ったの。それってどういう意味だろうと思うと、たぶん行きたくないっていう気持ちに負けた。行きにくいっていう気持ちに、ま、自分の行きにくいが勝ったというか。自分はもうとにかく向かい合いたいと思ってるからたぶん自分の感情に逃げることはしないっていうか。うん。自分の感情なんですかね。自分の怖いとか、不安とか、できるかなとかっていう感情との闘いっていうことなんですかね。
・・・
死期を悟った少年が、外泊時に「遊びに来て」とGさんを誘う場面・・・予後告知をしていないのに小学生の子どもたちは死期を悟り、そして必ず受け持ちの看護師を家に招くと、Gさんは語っています。
お家に行って、何を話すのか。もう、めちゃくちゃ普通に遊びました。なんか、仮面ライダーのお面みたいのを被らされて、逃げさせられたりとか。あと、お母さんとおばあちゃんのお料理がめちゃくちゃおいしいんですけど、その料理を、「ねえ、これもおいしいでしょ。これもおいしいでしょ」って言って取ってくれて、食べるみたいなこととか。・・・
・・・
あとベッドの上でしか遊べないのを、もう家中走り回って、ふざけて遊ぶ。「遊ぼう」って、すごいずっと言ってたので、子どもにとってのその遊びの、大きさっていうのもそうだと思うんですけど。
・・・
患者が生活のなかで何を望むのか。そしてどのようにそれを実現して楽しさと喜びを得るのか。このことが、私が出会ったすべての領域の看護師、小児から高齢者にいたるまで、そして重度の精神障害者、あるいは重症心身障害児についても問われています。
それぞれの場合で患者が「何を望むのか」は異なるでしょう。いずれにしても医療の外にもともとある、生活に密着した小さな願いと快楽を聞きとる、そのことが看護師に問いを投げかけています。あるいは逆に小さな願いと快楽を取り戻すことこそが、医療から生活へと立ち戻ることを可能にします。人が本来の場所を取り戻すための大事なステップなのです。そしてそれを助けるのが、私が発見した看護師の役割でした。
