読み進むうちに、著者が真介さんに魅かれた訳がわかるような・・・
P26
「自分らしさなんていらない」
北尾 出た!真介さんはよくそのフレーズを口にします。導く人は必ず山岸さん。
真介 だって、そうとしか思えないことが起きちゃうんですよ。僕は運命に従ってレールの上を走っているだけだって信じることで、迷いを振り払っているのかもしれません。
北尾 山岸さんを尊敬している弟子はほかにもいるでしょうが、真介さんが特別なのは……。
真介 独立するときにマスターから「真介、おまえだけは味を変えるなよ」と言われたことですかね。それまでに独立していった兄弟子にはそんなこと一度も言ったことがないのに、なぜか僕だけに。
・・・
前例のないことでしたから驚きましたけど、選ばれたことへの喜びもあって、期待を裏切りたくない、やるしかないのかなと思ってしまった。それで成功できるならラッキーなのかもしれないとさえ思ってました。自由を奪われたとは感じなかったなぁ。
P48
真介 「マスターはどんな人だったんだろう」「どうして自分に『味を変えるな』と命じたんだろう」なんて、普段はゆっくり考える機会がないから、今日はすごく楽しいです。でも、トロさんは興味を持ってくれたみたいだけど、僕はマスターと違って特別な人間ではないですよ。
北尾 だからいいんです。真介さんという料理人は、真介さんでありながら山岸さんでもある。それが徹底しているのがおもしろい。
真介 なんだかややこしいなぁ。
北尾 だって私たち客は、真介さんが作っているのに、これこそが山岸さんのラーメンだ、つけ麵だと思って食べているわけですよね。しかも、当の本人が目指すのもそこだったりする。
真介 はい、それしか目指していないですからね。
北尾 もし、「お茶の水、大勝軒」は田内川真介の味だと言われたら?
真介 まったく嬉しくない。それだけは勘弁してほしいです。
北尾 そんな飲食店の経営者っています?普通なら独自の味として評価されたら、褒め言葉として受け止めるはずでしょう。どうしてそうなってしまったのか不思議でならない。
真介 そんなもんですかね。まぁ、僕のことはいいからマスターの話をもっとしましょうよ。今日は僕のバイブルでもあるマスターの著書も用意してきたんです。
北尾 『東池袋・大勝軒のオヤジさんが書いた これが俺の味』(あさ出版 2003)ですね。私も読みました。本のあちこちに黄色いマーカーで線が引かれていますね。
真介 修業時代に、マスターの考えが知りたくて、大事だと思う箇所に引きながら何度も読み返してたんです。
P162
北尾 ふたりで復刻メニューを研究していく中で、印象に残っている言葉はありますか。
真介 たくさんありますよ。なかでも「真介、邪念を持ってスープを作っちゃいけないよ。これで一発当ててベンツ乗ってやろうとかはだめだよ」と言われたことをよく覚えています。
北尾 やっぱり山岸さんは、真介さんが何を考えているのかお見通しだったんだ。
真介 戒めの言葉でもあったんでしょうね。あとは、「スープでも製麺でも精神的に落ち着いた状態でやりなさい」とも言われました。そのときは意味がわからなかったんですけど、最近やっと理解できるようになってきました。
北尾 下心はスープに出ますか。
真介 間違いなく出ます。味が薄いと感じたとき、手っ取り早く取り繕うために鶏ガラをぶち込んだりすれば濃くはなる。でも、魚介の出汁とのバランスが崩れてしまう。利益率を上げるために素材をケチれば舌の肥えたお客さんに見抜かれて、築き上げてきたものが一瞬にして台無しになってしまう。
北尾 でも、経営が厳しくなると邪念に惑わされるものなんでしょうね。
真介 そうですね。ただ、僕の場合は、マスターとつきあううちに邪念が自然に浄化されていったと思うんです。なんていうのかな、ズルさのない純粋な言葉が心に響くんですよね。いつだったか、マスターが、「本当の悲しみを乗り越えないと本物の味は出てこないんだよ」と言っていたことがありました。僕は亡くなった奥さんを思っての言葉かなと想像したりもしたんですが、そのときは自分のこととしてなかなか捉えられず、「どういうこと?」って疑問符しか浮かばなかったんです。
でも、その後、僕はマスターの死に直面して、より真剣に〝自分がラーメンを作る意味〟を考え始めることになりました。自分が悲しみを経験したことで、マスターの言葉を「そういうことだったのか」と思えるようになったのかな。本物の味を出せている自信はまだないけど……。
P244
北尾 山岸さんの弟子たちがのれん分けで開業した各地の「大勝軒」も、店主によって味が違い、山岸さんもそれを許していましたよね。
真介 僕以外はそうですね。
北尾 自由にやれていいなぁ、とも思わない?
真介 思わないですよ。だって、変えるのはカンタンですからね。
北尾 えっ……?
真介 オリジナルメニューを作ってそれを「自分の味」だと主張したとしても、結局のところ自己満足で終わっちゃうところが多いんじゃないかな。あと、流行に乗っかって、いま受ければいい、儲かればいいという変わり方をしてしまうケースも結構ありますよね。
北尾 私には同じ味を提供し続けるほうが、保守的でカンタンのようにも思えるんですけど。
真介 そもそも、味を変える理由って、それ以前の味に問題があるからでしょう。客の絶えない老舗飲食店の店主が「俺の味もマンネリだな、そろそろ味を変えよう」なんて考えますかね。
北尾 どうなんだろう、優れたベースの上にオリジナリティの加わったものならアリなのかな。
真介 いずれにしても僕は、「変えない」ことほど勇気のいる決断はないと思います。
北尾 勇気がいる?
真介 食には流行があり、人の嗜好も変化していきますよね。新しい食材、調味料、いろいろ出てきます。新商品が山ほど出ては消えていく。そんな時代の荒波を、調味料の微調整くらいはするにしても基本的なところは変えずにくぐり抜けるのは、なかなかできることじゃないですよ。個人商店ともなればなおさらです。
北尾 逆に言えば、変えなくても客が来る店でないと生き残れないということですね。たしかに、長年愛されている名店は多かれ少なかれそういう面がありそうです。味への信頼は短期間では育たない。
真介 つけ麵誕生七十周年ってそういうことなんです。いまなお当時の味が愛され続けているわけでしょう。
・・・
・・・僕は子どものときにマスターのつけ麵を食べて「世界で一番おいしいものだ」と思いました。常連になっても、食べるたびに「世界で一番おいしい」のままでした。修業中もそうです。いまだって、スープがうまくできた日は「世界で一番おいしい」なんです。
北尾 初めて口にしてから四十年間、首位を独走中なのがつけ麵で、その味への信頼感は揺らぐことがない。そして、いまではその味を自分が引き継いでいるわけだ。
真介 東京本店と山ノ内店の二本柱が整いましたから、さらに磨きをかけますよ。
北尾 変えないでいるためのコツはあるんでしょうか。
真介 変わることに敏感であることじゃないかなぁ。変えないっていうのは何もしないのとは違う。いまどうなっているかに気を配って、変わっていたら元に戻さなくちゃならない。似たような日はあっても同じ日はないので、いつも正しい味を探し続けているんです。それは決してラクではない。がんばっているから変わらないんですよ。僕のなかで、「変わらない」ことと、「変えない」ことは違うんです。
