「ゴリラはいつもオーバーオール」が面白かったので、こちらも読んでみました。
なんとも妙な味わいで、やっぱり面白かったです。
P77
けっして宣伝ではないのですが、『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』というマンガ本も出しています。こんなアプローチのマンガも珍しいと思うので、是非読んでみてください(結局宣伝)。
奥田民生さんには過去に3回ほどインタビューしたことがあり、最初はすごく戸惑った。インタビューというのは通常、見出しにも使えるような「強い言葉」を聞きたい。言い換えれば、「断定」をしてほしい。たとえば「桃」の話の取材なら、「桃がこの世でいちばん好きです」とか、「断定」を記事にしたいわけだ。「桃もまあまあ好き」では見出しとして弱いのである。だが、民生さんは飄々としているので、たとえば「桃が好き」と言っても、そのあと「まあ、ぶどうでもいい」的なことを言うし、最終的には「別になんでもいい」みたいな話になってしまうのだ。民生さんの場合、「食」も「音」も(結果的には)「なんでもいい」イズムがあり、ライターとしてはまとめるのに苦労する。輪郭のボンヤリした記事になってしまうのだ(こちらの技術の問題もあるが)。若い頃は、民生さんのその曖昧な感覚がいまいち摑めず、なんで結論が「なんでもいい」になるんだろう?と不思議だった。だが、僕も歳をとり、だんだん「なんでもいいなあ」と思うようになって、数年前に取材したときは「あれ?わかるぞ⁉」と自分でも驚いたのである。昔は好きなものも嫌いなものも「断定」していき、自分のスタンスを作り上げるのが人生なのかと思っていたが、実は「断定」しない人のほうがラクで楽しそうに見える。「断定」しやすい「善悪」ですら、あとで「実は被害者側にも相当問題があって……」なんてことも多い。そうなると、「断定」自体がコワくなる。調べると「断」という字は、元々左の偏の中が「米」ではなく「幺」が4つの「斷」で、糸の束をオノで切る、というのが成り立ちだという。常にオノを持ってる生き方もどうかと思う。皆さんも、「二人のときでも、いつもオノを持っている男性」なんて好みだろうか?清潔感もなく、オノを持っている男性なんてイヤ!「断定」からは距離を置くに限る!(何の話だ)だが、ネットには「断定」的な物言いが溢れていて、「いいね!」もいっぱいついている。「自分がヤバイのかな」と不安になるが、でも奥田民生がいるじゃないか、と勇気が出るのだ。僕は民生と一緒だ。違うのは、あの巨大な才能と確かな技術だけじゃん!(ものすごい根本的な差)
P92
「モグラのことは、まだよくわかっていない」らしいのだ。
特に、「モグラの恋愛」。どうやって出会い、交尾し、繁殖しているのかわかっていない。モグラの研究者が飼育していても、繫殖を成功させた例が一度もないのだという。たとえばオスのモグラの巣穴に、メスのモグラを入れても、出会い頭にお互い威嚇し、殺してしまうほどの殴り合いをするらしい。
・・・
もちろん、わかっていることもあって、それがいちいちカッコイイ。
まず、あの大きな手。親指側に鎌のような骨がついていて、これによって土を掘りやすくなっているという。手に鎌を内蔵。さらに、唾液に麻酔の成分が入っていて、食べもの(ミミズなど)を噛んで眠らせて、フレッシュなまま貯蓄しておくことができるのだとか。ツバで眠らせるなんて、すごいイカした武器である。鎌と麻酔を持つモグラ。カッコ良すぎる。・・・
そして、体毛がものすごく柔らかくてふわっふわ。ベルベットのような触り心地で、すごい気持ち良いらしい。しかも潔癖で、土の中にいてもカラダに土やホコリがつくとちゃんとはらうほど身ぎれいにしているという。そんななのに、ネコやイヌが食えないぐらい体臭がキツイとか。もう、「なんなんだオマエ⁉」と言いたくなる。・・・
P164
私事で大変恥ずかしいのだが、結婚したのであった。まさか自分が、という思いもあったし、そもそも「柄じゃない」なんて思っていたので、友人にも驚かれた。
なんでしたのかというと、もちろんお嫁さんが「いいヤツだった」というのもあるけれど、結婚というものに対して、自分の中で「それもいい」という結論が出たからである。
「それもいい」は、大事なことだ。
個人的には「これがいい」よりもずっと重要だと思っていて、「これがいい」は満足もするけれど、時として「これでない場合は不満でしょうがない」というストレスにもつながる。知らず知らず排他的になり、減点法でモノを考えてしまうおそれもある。望んでいたものでなくとも、「それもいい」が選択肢のベースにあるほうが、楽しく過ごせると思うのだ。まあ、「それもいい」も突き詰めると、「どうでもいい」になってしまうこともあるが。
結婚式も慎ましい感じでやったのだが、「それもいい」と思えるサプライズがあった。
僕の母方の実家である、岐阜県の神社で神前式を行なった。家から歩いて5分程度の場所なのだが、神前式というのは仰々しいもので、紋付袴を着てクルマに乗って神社まで行く。しかし神社に向かう道のカドを曲がったら、「⁉」。
なんとパレードが行われているのだ。たまたまその日、とある新興宗教の何かの記念日だったらしい。道の真ん中でチアガールやブラスバンド、万国旗を持ったカラフルなジャケットを着た人たち、なんだかよくわからないコスプレをした人たちが何十人も行進していて、僕が乗ったクルマがその行列の後ろにちょうど付いてしまった。当然行列に合わせて、クルマも超ノロノロ運転。運転手さんは大激怒で、「結婚式なんだよこれから!どいて!」「いえ、こちらもパレードなんで……」。なにせパレードの人数が多すぎて、クルマの前の数人がどいたところで意味がない。完全に遅刻であり、こういうのは普通、お嫁さんより先に神社に着いていなくちゃいけないため、運転手さんは気が気じゃなく舌打ちばかり。でも僕はなんだか、どっかの国のエライ人になったような気分である。なにせ結婚式の日に、神社へ向かう僕の前をパレードしているのだ。それが縁もゆかりもない新興宗教なのは意味合い的にはちょっとアレだし、僕のスマホは大幅な遅刻のせいで着信がモノスゴイことになっている。たぶん、神社に着いたらめちゃめちゃ怒られるだろう。(結婚式の日まで、僕にはこんなことが起きるのか……?)とも思ったが、「それもいい」である。また、神主さんが色黒のめちゃくちゃチャラいノリの人だったが、また、「それもいい」。なんだかんだで、「それもいい」人生である。
