花田奈々子さんとバラエティ豊かな方々の、本にまつわる対談を読んで、新たに読みたくなる本がいっぱいありました。
P17
花田 ヨシタケさんが絵本のテーマとして取り上げたことのある《死》や《身体障害者の方への向き合い方》というのも、大人に質問をぶつけたときにしっくりくる説明をしてもらえなかったもののひとつです。まさに『このあと どうしちゃおう』『みえるとか みえないとか』は子どもの頃の自分が読んだら「知らなかったことの答えがあった!」と感じられたと思います。
ヨシタケ タブーとされがちなテーマって、なんでみんな嫌がるんだろうという純粋な興味もあるし、逆にどういうアプローチだったらもっとカジュアルなものになるだろうかと探してみたい自己満足的な欲求もありますね。
花田 目が不自由な人を扱った『みえるとか みえないとか』では1ページ目から宇宙人が地球人の主人公に対して「あの子目がふたつしかなくて背中が見られないみたいだけど、かわいそうだからその話はしないであげようね」と言っていますね。もうその表現からしてしびれるというか。すごい角度で差し込んでいくなあ、って思いました。
ヨシタケ いやあ、実はあの本は形にするまでがほんとうに大変だったんです。・・・白杖をついている人や車椅子に乗った人を描くと、どんなにかわいく描いても、こちらにそのつもりがなくても、かわいそうに見えてしまうんですよね。今までの社会での障害者像が強固に結びついてしまう。・・・地球人が宇宙で障害者扱いされるという状況で、初めて地球上の障害者と健常者の関係と同じ位置に立てるんじゃないかと、そこに至るまで3年ぐらいかかりました。
・・・
・・・僕が子どもの頃、目が不自由で白杖をついて歩いている人がゲームをしているように見えて、「面白そう!」って言ったら母親にめちゃめちゃ怒られたことがありました。でもこの本を作る何年か前に、自分の子どもがテレビに出てきた視覚障害者を見て同じように「面白そう!」と言っていて。
花田 すごいDNA!(笑)
ヨシタケ 「だよねえ!」って言いたいんだけど、親としてはそれだけだと足りないし、叱るというのも変だと思うし、うまく答えられなくて。そういう経験もふまえて、それに対する答えも絵本の中で提案できたらと思ったんです。これは絵本の中に書いた言葉なんですが、「とりかえられればいいのにね」っていう言葉がひとつの正解なんじゃないかなと。面白そうだよね。でもあの人は好きであの状態じゃないんだよ。あの人からしたら見えることのほうが面白いかもね。それぞれに苦労はあるんだよ、って。・・・
P51
花田 ナオコーラさんはどの時点で「自分のお金はもういい」と覚悟が決まったのでしょうか?
山崎 お金の時代はもう終わって、今の子どもが大きくなる頃にはAIとかロボットとかが発達して、新しい職業がどんどん出てきたり、ベーシックインカムの導入で仕事の概念が変わって、趣味中心の生活になっていくのかもしれないし。今、社会が大きく変わっていってると思うんですよ。そうすると、お金を誰が稼いでるかっていうのを重要視したり、自分の家事を労働としてお金に換算しようとか、そういう考え方は廃れていくんじゃないかなと思ったから。
花田 みんながそう思えたらいいのかもしれないですけど、たとえば家に入れるお金の割合が1対9で、さらに家事分担がお金をたくさん出してる人に偏っている状態だと、納得がいかなかったり、怒りを感じる人も多いのではないでしょうか?
山崎 それで今うまくいかないという人が多いと思います。だからこそお金とか仕事とかのイメージを変えていかなきゃいけないと思う。
花田 なるほどなあ。でも、私はやっぱり自分でお金を稼いでないと不安だし、家族というものをそこまで信じられないかも。そんなふうに達観できるのがうらやましくもありますが、いつでも自分が一人で生きていけるだけのお金を確保しておきたい。
ナオコーラさんは今、収入もあって家事能力も高いから、ある種の達観というか、譲るような視点で、「会社みたいに考えなくていいんじゃないか」っていうことを発言できる立場にあるのかもしれないですけど、私は自分がお金もなくて生活能力もない立場だったら、やっぱり苦しいな。
山崎 そうですね……私が思っているのは、その社会システムに問題があるってことですね。いちばんの問題は、労働時間が長いことだと思うんです。日本の今の社会で基準とされてる労働時間がすごく長いから。特に乳幼児がいる人は、それをこなした上で家事をやるのは無理。大人が二人いてもこなせないんですよ。
・・・
「仕事する」人は誰かに家事をやってもらえる前提になってしまってると思うんです。それをなくさない限り、不平等感とか家事のストレスはなくならないと思う。基本の労働時間が少なくなったり、仕事と他のことを両立する生き方が社会に浸透したりしたら、ストレスが少なくなっていくんじゃないかなあ。
P121
花田 まだこの本を読まれていない方のために、本の中で最も重要である「コグニティブ(認知的)・エンパシー」と「アナキズム」、このふたつの概念について、ブレイディさんの定義をお伺いしてもいいですか?
ブレイディ エンパシーにもいくつか種類があるんですが、エモーショナル・エンパシーがいわゆる日本語の「共鳴」に近くて、「わかる~」「いいね~」という気持ちから入る感覚なのに対して、コグニティブ・エンパシーというのは、気持ちからは入らない。特にかわいそうとも思わないし意見も違うかもしれないけど、その人の状況を想像してみる知的能力というか知的作業、要するにスキルですね。スキルだから、訓練すれば伸びていく。
一方、アナキズムは、「すべての支配の拒否」だと私は思います。何者にも支配されたくないという意思。たとえば私自身でいえば子どもや配偶者に私を支配させたくないし、会社、学校、もっと大きな話でいえば国家とか宗教とかEUとか。そういうすべてに自分を支配させることを拒否するのが、アナキズムだと思います。
・・・実は相互扶助っていうのもアナキズムの根本にある。国とかに頼らず、自分たちで勝手に社会を回します、人に言われなくても勝手に立ち上がって助け合います、っていうのもアナキズムの考え方ですね。
・・・
花田 アナキズムと教育っていうのは意外と近いところにあると本の中で書かれていて、これを読むまではそんなことを考えてみたこともなかったんですけど、たしかにつながっているんですね。人を画一化していく、同じにしていくことが支配する教育につながって、支配者はその方が便利であるということもすごく実感とともに納得がいきました。過去のことをいろいろ思い出して、読みながら怒りで座っていられずに立ち上がってしまったくらいです(笑)。
ブレイディ イギリスで保育士をやっていたこともあって、日本の保育園を視察させてもらう機会があったのですが、ほんとうにイギリスの保育園はもっと自由にやっているので、日本の保育園の子どもたちがみんな同じように立って、同じように楽器を弾いて、同じように黙っている姿が信じられなかった(笑)。それを見て自分も日本の教育に画一的にされた感覚がフラッシュバックしましたね。日本ははみ出したら怒られるじゃないですか。子どもが人と違うことをしてみたいと思うのは、人間のクリエイティビティの始まりらしいんですよ。でも日本じゃ迷惑だから人と違うことをやらないで、ってことをまず教えられますもんね。最初はハサミで切るって言ってるんだから勝手に先に色を塗らないで、って。
・・・
日本ではクリエイティブな子ほど叩かれ続けるから、傷が深いし生きづらいでしょうね。・・・
P146
荒井 「やさしい」という言葉は、ここ数年でずいぶんイメージが変わってきたような気がします。
・・・
30~40年前だと「やさしい」は男性のジェンダーと結びつくと、力強く守ってやるという強さを想起させたし、女性のジェンダーと結びつくときは、包容力やあたりの柔らかさみたいなものとして考えられていたと思うんです。
最近の「やさしい」のイメージで印象的なのは、作家の大前粟生さんでしょうか。大前さんの作品、たとえば『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出書房新社、二〇二〇年)では「やさしい」という言葉が、脆弱性の許容、他者への共感、加害性への恐れ、といったイメージで使われていますよね。「やさしい」という言葉にそういうイメージが盛り込まれているというのは、やはり時代の要請があるんだと思います。弱さを認めたり加害性を自覚することが「やさしい」と言われるこの時代って何だろう、というところは考えたいです。
P209
東畑 この連載が始まってすぐ、大学院時代に自分といっしょに心理学を学んでいた人たち全員に運動部の補欠をしていた過去があったというエピソードを書いたんですが、そこで何かが起きたんです。ブレイクスルーしたというか。
花田 ・・・一軍になれなかった人だからこそ生み出せるものがあるんですかね。
東畑 というか、補欠にしか見えない世界があるのだ、と(笑)。
花田 ふふふ。書店員もだいたい、子どもの頃友達がいなかったとか、いじめられてたとか、周囲となじめなかったって言う人が多いです。それで「でも本だけが自分の心を慰めてくれて……」って続くんですけどね。・・・
東畑 補欠的な人が出版だとか書店だとかをやったりするのではないでしょうか(笑)。自分の経験についていろいろ考えちゃう人というか。
花田 自分の話になりますが、実は今働いている店が閉店することになった、というのを数日前に聞かされたばかりで(対談日は2021年12月)、ショックを受けてもいて、つらい気持ちや不安もあるんですが、その一方で、自分で負の感情をこねくり回すのが好きなんだなあとつくづく思います。その気持ちをパン生地みたいな感じで(笑)、ずっとこねてひっぱって、折りたたんで眺めたりしている。
東畑 そうですよね。だって、もう本にしようと思ってるでしょ?
花田 あはは!でも、閉店と言われたその日から日記は書き始めましたね。
東畑 そうそうそう、やっぱりね。
花田 なんなんでしょうね。
東畑 僕は昔、伊集院光さんのラジオのヘビーリスナーだったんですけど、彼が「何か嫌なことが起きると、『これはラジオでしゃべれる』と考える。それが俺の健康法なんだ」みたいなことを言っていたんです。僕は感動してしまって、人間そうやって生きていかなきゃいけない、というのをそのときに思ったんですね。人生ってみじめなことが多いじゃないですか?それは話されたり、書かれたりするべきだって。これはカウンセリングという仕事の原点でもあるように思います。
