ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで

ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで

 マンガの間にコラムもはさんであって、読みやすくわかりやすかったです。

 

P62

 患者さんやご家族が不安やつらさを感じることなく、自宅で安心しておだやかに過ごせるためには、在宅医療にかかわるスタッフが、医療知識だけでなく、患者さんに必要な医療保険介護保険、福祉制度に精通し、さまざまなことをサポートできることが大切だと私は考えています。

 人はいつか必ず亡くなります。死が迫ったとき「どうせもうすぐ死ぬのだからどうでもいい」のではなく、「亡くなるまで、よりよく、より楽しく、より自分らしく生きつづけたい」と願うのは当然のことです。患者さんが最期まで適切な治療やケアを受けて、亡くなるその瞬間まで人として尊重され、その人らしく生きるためのサポートを全力で行いたい、そう思って在宅医療をつづけています。

 

P142 

看取りの前に点滴をやめることには四つの意味がある

 

 一つ目のポイントは「食べられないから死ぬ」のではなく、「死ぬ前だから食べられなくなっている」ことを理解することが大切です。

 二つ目は、看取りに近づいた患者さんの体にとって、点滴は過剰な水分となり、うまく処理できなくなっていることを知っていただきたいです。三つ目は、点滴をしても元気になるわけではなく、多すぎる水分はだ液やたんとなり、患者さんを苦しめることです。それがわかれば点滴をしない選択も考えられるでしょう。

 そして四つ目は、「点滴をやめることで、最期まで食べる支援が可能になること」です。点滴をしなければたんを吸引する必要がなくなります。そうなれば、患者さんの食欲が出て、食べたいものを、食べられる形態で食べたいときに食べる、積極的な食支援ができるようになります。

 これまでに、絶食から点滴をやめ、食べられるようになって、患者さんもご家族も思いがけない喜びに満たされる光景をたくさんみてきました。だから確信を持って、「看取り前に点滴をやめる選択肢」を説明しています。

 この四つのことをご説明すると、ほとんどのかたが点滴をしない、自然な看取りを選択されます。ただ、点滴をしないこと自体が目的ではありません。点滴を希望されるご家族がいらっしゃれば、患者さんのしんどい症状を軽減しながら、徐々に点滴を減量して最適な量にしていきます。

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 どのような選択になっても、患者さんとご家族が最期に納得することができるように、一緒に迷いながら寄り添うことが、在宅医療では大切です。そのためには医療従事者も含め、かかわる人すべてが死に向き合い、患者さんがどんな最期を望んでいるのかということに思いをはせて考えることが大切です。

 

P144

 高齢で寝たきりのお母さまを自宅でみていた娘さんたちのお話です。

 姉妹お二人とも仕事をされていたので、日中の介護は家政婦さんにお願いして、手厚い介護をつづけられていました。やがて、お母さまの体が弱ってきたとき、呼吸が止まったときの対応を話し合うことになったのですが、お二人から「呼吸が止まったら人工呼吸器をつけてほしい」という、思いがけない言葉が返ってきました。

 自宅での自然な看取りを望んでいるというお二人の気持ちに変わりはありません。それなのに、なぜ最期に人工呼吸を希望されるのかと疑問に思ったのです。

 そこで、私は、お二人に「お母さまの体は老化が進んでいること」「呼吸が止まる瞬間に立ち会うのが大切なのではなく、お母さまが楽に逝けることがいちばん大切なのです」とつけ加えました。

 するとお二人は大きな息をひとつつき、「そのお話を聞いて肩の荷がおりました」とおっしゃり、ずっと抱えていた思いを話してくれました。

 お二人は、お母さまのそばにずっといられないこと申しわけなく思っていたのだそうです。最期の瞬間に間に合わないかもしれないことに罪悪感を抱き、せめて自分たちが駆けつけるまで人工呼吸器で息をつなぎ止めてほしいと考えていたのでした。

 さらに話し合い、「人工呼吸器はつけなくてもいい」、できるだけ自然に、お母さまが苦しむことなく、天寿を全うできるようみていこうと再確認しました。

 このように、「大切な人の死に目に会えないとダメだ」と思い込まれているかたは多いのではないでしょうか。この思い込みが、患者さん、ご家族への負担になり、不幸にしているのかもしれないと私は思っています。

 病院や施設での看取りでも、最期の瞬間は誰も立ち会っていないことが多いものです。自宅でも、少し目を離したときに亡くなることもあります。でも、それは「不幸」ではないと私は考えます。

 大事なのは、亡くなる瞬間をみることではなく、患者さんが楽に逝けることだからです。そうご説明すると、多くのご家族はほっとされます。

 沖縄のある離島では、高齢者の多くが自宅で看取られるそうです。地元のかたは、「この島では老衰で亡くなると、大往生できたと赤飯を炊いてお祝いするんですよ」と教えてくれました。その島には「天寿を全うした死を肯定的に受け入れる」という文化が脈々と受け継がれているのでしょう。

 よりよい看取りのために、「死に目に会えなくてもいい」「天寿を全うした死に後悔はない」という意識が広がってほしいと願っています。