「絶望書店」の中に、著者の「アジの味」が紹介されていて、他にも読んでみたいと思い、手に取りました。
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幼い頃、私は病弱なうえに偏食もきつかった。偏食がきつくて病弱になったのか、もともと病弱だったのに偏食がきつくてさらに病弱になったのかはわからないが、聞いた話では偏食とか以前の乳飲み子の頃から病弱だったというので、先天的に病弱だった可能性が高い。・・・
・・・私の場合、野菜にはまったく抵抗がなかった。魚もよく食べる方だった。ただ肉に関してはかなり好き嫌いが激しかった。・・・
ある日、母は私のためににらのチヂミを作ってくれた。にらのチヂミは大好物だったし、母は旬のにらが娘の貧血に良いだろうと考えた。ところがその日に限ってそのチヂミから少し変な臭いがした。ひとくち食べるやいなや手のひらに吐き出すのを見て、母はどうしてわかるのか、神がかっていると驚いた。なんとか肉を食べさせようと母がにらのチヂミに牛ミンチをほんの少しだけ混ぜたのだった。スープだってひとさじ口にするだけで牛肉が一切れでも入っていたら気づいたし、じゃがいもの煮付けだってひとつ食べるだけで鶏の煮汁を加えているかそうでないかがわかった。そういう意味では、私は驚くべき判別能力を生まれ持った、デリケートな味覚の持ち主だったわけだ。
そんな幼稚な舌のまま私は大人になった。・・・
大学近くにある有名な腸詰め街に行った時のことだ。・・・
・・・腸詰め街で酒を飲んだ日、私は泥酔した。朝、目が覚めたら自炊暮らしをしている友人の部屋だった。・・・そのあと大学に向かいながら私は道ばたで激しく吐いたのだが、幸いにもライラックが満開の木の下だったので吐いても気分は悪くなかった。・・・ところが不思議なことに吐いた中身がやけにどす黒い。恥を忍んでそのことを告げると、一晩泊めてくれた友人が、それは至極当たり前で私が昨晩腸詰めをたくさん食べたからだと言う。友人の証言によると、周りがすすめるので私は腸詰め一切れを顔をしかめながらなんとか口にして、もぐもぐ噛みながら意外にいけると言ってもう一切れ食べ、ついには無茶苦茶おいしいとどんどん腸詰めを口に放り込んだということだった。まさかと思ったが友人の証言以外にも私の腹から出てきた強力な物証まであるのだから反論のしようがない。
それ以降私は腸詰めをまともに食べられるようになっただけでなく、ちょっとぐらいおぞましい肴が出てきても「ええい!私は腸詰めだってイケたくちなんだから、なんのこれしき!」と精神力に頼り、目をぎゅっと閉じて食べられるようになった。・・・
・・・
これまで私はソジュを飲みながら自分の味覚を無尽蔵に鍛えてきたと自負している。味から味へと飛躍し続け、いまや犬の肉から発酵したエイに至るまで食べられないものはほとんどない。こうして私が口にできる食べ物の種類が日に日に増える一方、母はある日突然禁欲的な宗教の門をたたき、食べられる物の種類が日に日に減っていった。あれほど好きだった肉はもちろん魚介類まで拒む純粋な菜食主義者になったのだ。母は昔の私のように、肉一切れ、煮干し一本でも汁物に入ると神がかったように気づいて吐き出す。おそらく私は母からデリケートな味覚を譲りうけたのだろうが、そんな際立った偏向性が時間の流れに逆らってあらわになる様は、まるで母が私の幼い時の味覚を譲り受けていくような気がしてならない。母はいろいろ私が偏食していた頃にやらかしていた恥ずかしい行いをひとつずつほじくり返しては喜びに浸ったりしているが、話の端々に、あれほど気難しかった娘の貴族のような舌が、獣レベルまで堕落したことへのひそかな非難が潜んでいるようでもある。
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いつ頃からか覚えていないが、母が私のことを「味子(あじこ)ー!」と呼びつけることがあった。たとえばカットゥギを漬けている母に「味子ー!ちょっと来て味見してー!」と呼ばれると、台所に飛んで行って味を見る、そんな具合に。母は薬味だれと混ぜ合わせたばかりのカットゥギをひとつ、私の口にほうり込んで尋ねる。
「どう?しょっぱい、うすい?」
私は角切りの大根を噛みながら眉間に皺を寄せ熟考する。この時ばかりは、母は末っ子の私に、いや私の舌に大変な敬意を示してくれた。
「塩加減はいいと思う」
「でしょ?そしたら甘味は?」
「甘味もいい感じ」
「でしょ?いい感じでしょ?」
「でも今度の、ちょっと辛い気がする」
「でしょ?ちょっと辛いよね?たしかに今度の唐辛子粉、辛いって言ってたんだわ」
「辛いけどおいしい」
「そう?辛いけどおいしい?今度の唐辛子粉、辛いけど味はいいのよねえ」
母と私は実験に夢中になる科学者のように頭と頭をくっつけ、食べ物の塩加減と味について議論した。
母は根が自信のない人だったわけではない。むしろ自信過剰なぐらいで、時には自分が間違えることもあるのだとは絶対認めようとしなかった。そんな母がどうして食べ物の味見を幼い娘に委ねたのか?それは母が石橋を叩いて渡るほど几帳面な完璧主義者だったからだ。母には自分が作った食べ物の味付けがばっちりだと証してくれる誰かが必要だった。姉たちは学校に行って不在だったので、もの足りないまま末っ子の私を味見の助手として使うしかなかったのだ。おそらく私はその助手の役割を、まあまあそつなくこなしていたのだろう。母は、姉たちが家にいる時も味見だけは私にさせた。
・・・
料理をする人が喜びに浸れるのは、できあがった食べ物を誰よりも先に口に入れる瞬間だと私は思う。完璧主義者の母のおかげで、私は料理をせぬままその喜びに幼い頃からタダで与らせてもらっていた。味を見る仕事のなかで一番好きだったのは、スープやチゲのような汁ものの味見だった。・・・
新聞やテレビで韓国人の塩分摂取量が世界的にも多い方だと騒ぎたてるので、私は韓国料理そのものがしょっぱいのだと思い込んでいた。ところがどっこい、パク・チャニルシェフの本によると、イタリアのピザはありえないほどしょっぱいのだという。・・・もっと驚かされるのはイタリアだけでなく、ヨーロッパの食べ物は全体的に韓国の食べ物よりかなりしょっぱいというのだ。
ではいったいどういうことなのか?韓国人の塩分摂取量はそれほど多くないという話なのか?いや、そういうわけでもないらしい。パクシェフの結論は、韓国の人たちは汁ものが大好き過ぎるから塩化ナトリウムの摂取量がいつも世界の上位にランクしていて、そこから下りてくる気配はないということだった。
そうなのだ。問題は汁ものなのだ。私も汁ものには目がない。幼い頃母が味見にひとさじすくってくれたあのひとくちの味を私は今でも覚えている。汁もの、汁もの、とつぶやいてみると、様々な種類の汁の味が舌の裏にじんわり広がりもする。・・・
・・・
・・・私は今も汁もの大好き人間だ。
時々我慢できなくなるほど汁ものが欲しくなる時がある。何かをすごく食べたくなる時に「喉から手が出る」と言っていたが、私の場合は喉から大きなお玉が飛び出すような感じだ。いますぐあの汁を、どんぴしゃりであの汁を、他の汁じゃなくてあの汁の最初のひとくちを、大きなお玉ですくって飲まないと死にそうと思うぐらいに。身がよじれるほど恋焦がれる汁のうちのひとつが、カムジャタンだ。・・・
