内館牧子さんのエッセイ、大変な病気をされた話から始まるのに、元気な方だなーと感じながら読みました。
P10
二〇〇八年暮れ、雪が降りしきる岩手県盛岡市で、急性の動脈疾患と心臓病に襲われた時のことだ。・・・
・・・
当然ながら、食事はとれない。点滴である。・・・
・・・集中治療室で一か月半を迎えた頃、ドロドロの糊状のごはんや、すりつぶしたおかずが出されるようになった。
・・・
毎食の途中で横になって休み、二時間近くをかける。全身汗だくになって懸命に飲み込んで、子供用茶碗三分の一程度の糊状ごはんと、すりつぶしたおかずを半分くらい食べる。それがやっとであり、それだけで疲労困憊する。
どう考えても、口からとる栄養より消費する体力の方が大きい気がして、ある日、ついに担当医師に言った。
「これでは病気が治らないんじゃないでしょうか。点滴に戻していただけませんか」
若い医師は穏やかに、ハッキリと答えた。
「一本の点滴より一口のスプーンですよ」
強烈な一言だった。
それまでも私は多くの書籍やテレビ番組などで、口から食べることがどれほど人間の力になるかを読んだり、見たりしていた。だが、いざ自分のことになると思い出しさえしなかった。
・・・
口から食べる効果はてきめんだった。体に力が入るのがわかる。歩行器を使って歩く訓練や、理学療法士の手を借りて立つ練習など、リハビリも進み始めた。
P275
内館 私は病後、還暦を過ぎて料理を始めたんですが、「まごわやさしい」ではなく「まごにわやさしい」で肉を加えよと、多く言われました。一汁一菜ではたんぱく質はどのように摂ればいいんですか・・・
土井 日本人にとっての肉というのはもともとは油揚げであり、豆腐です。
内館 そうか……。
土井 私が家で作るときは油揚げをベーコンにしたり、鶏肉にしたりもしますし、お味噌汁にそういうたんぱく質を入れたらいいんです。
内館 豚汁もお味噌汁ですものね。つまり、何を入れてもいいんですね。
・・・
土井 そもそも日本の家庭料理にはメインディッシュという考え方はないんです。
内館 どういうことですか?
土井 ご飯と味噌汁にお漬け物があったら、本来はそれで完成です。ただ、その季節にサンマがあったら焼けばいいし、筍の時期なら炊けばいい。それは後からなんです。「まずメインディッシュ」という考え方はない。だから昔の日本料理の献立には素材しか書いていないんですよ。
P289
これは衝撃的だった。本当に「えッ?!」と思った。
料理研究家の飯田深雪さん、鈴木登紀子さん、土井善晴さんが、私の質問に対してまったく同じ回答をされたのである。いずれも私との対談の席だった。
飯田さんとお会いしたのは二〇〇四年。鈴木さんとは二〇一六年、土井さんとは二〇二二年である。この間、十八年が経っており、社会も生活環境も、また人間の気持ちも大きく変化していたと思う。
私にはどうしてもうかがいたいことがあった。「食べることは生きること」と言われる。それならば、
「食べる上で、一番大切なことは何か。一番注意しなければならないことは何か」
を知りたかった。
たとえば、「一人で食べず、みんなで楽しく食べることが大切」「栄養素を上手に取り入れ、バランスのいい食事を」などという注意はよく聞く。とは言え、家族のいない人もいる。また「バランスよく」は、言葉が明瞭なのに意味は不明瞭。多種多様な情報の中で、何をどう食べればバランスがいいのか。私のような素人には、何ら具体性がない。
ところが、三人の料理界の重鎮はそろって断言された。食べる上で最も大切なのは、
「旬」
であると。
十八年経っていようと、社会がどう変わろうと、本当に本当に大切なことは「旬の食材を選び、料理する」。これなのだ。旬のものが人間を健康に、強くする。旬のものをおいしく食べることを第一に考える。何と明快で説得力のある回答だろう!
鈴木さんとの対談は、本書の二五〇ページに出ているが、私は
「最近は何でも一年中あるので旬がわかりにくいですけど……」
と質問している。その答えは、思わず笑ってしまったほどわかりやすかった。
「お店で、山盛りになって安く売っているものが旬よ」
