全ての装備を知恵に置き換えること

全ての装備を知恵に置き換えること (集英社文庫)

 こういう感覚とか力が、大自然の中では生きることに直結する、それが楽しいというタイプでは、個人的には残念ながらありませんが、読むのは楽しいです(;^_^A

 

P3

 ぼくは以前パタゴニアの渋谷店でアルバイトをしていたことがある。・・・

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 ・・・パタゴニア製品の生みの親であり、根幹に流れる思想を築いて会社を立ち上げたのは誰なのか?その人物こそ、イヴォン・シュイナードというカリフォルニア生まれの武骨な男だった。

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 イヴォンにミクロネシアの古代航海術の話をすると目を輝かせた。・・・

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「二〇年ほど前、私はある講座を受けもって、子どもたちに料理を教えたことがある。そのとき私は料理を教えるのに、鍋もフライパンもコンロも使わなかったんだ。私は小麦粉と少しの水を使い、自分の手で生地をこね、パンを作ってみせた。そしていくつかの拳大の石を拾ってきて、焚き火で焼き、その石でパンを焼いた。さらに近くの川で魚を捕ってきて焼いたんだ。私は結局何の道具も用いずに料理を終えた。それが本当の生きる力というものなんじゃないか?私の生活の全ては〝実践〟からきている。そのような力はどんな道具より信頼のおけるものさ」

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 ・・・最後にイヴォンはこんな話をした。

「レベルの高い難しいクライミングをいくつもこなした後、何がしたいかを問われてある男は言ったそうだ。歩きたい、と。未知の方角へずっといつまでも歩いていきたい、そう言ったんだ」。イヴォンはそう言いながら微笑んだ。その言葉が彼のこれまでの人生を築き上げた哲学のように思えた。

 

P84

 年が明けたばかりのある寒い日、カメラを携えて山形県銀山温泉に向かった。・・・

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 ・・・大正時代の面影を残す三層、四層の木造旅館が当時の風情そのままに軒を連ねている。時間が止まったようだ、といえば陳腐な表現になってしまうが、まさにそんな言葉が真っ先に頭に浮かんでくる。・・・

 明くる日、散歩がてら、銀鉱洞跡へ向かう遊歩道を歩いた。道は完全に凍っており、高さ二二メートルある白銀の滝までは踏み跡がついているのだが、その先に足跡はない。途端に遊び心をくすぐられて、太股までの積雪があったものの、山道を登ることに決めた(あとから冬季は立ち入り禁止だったことを知る……)。こんなこともあろうかと旅館で長靴を借りていたが、着ているものはフリースにチノパンという軽装備。なんとかなるだろうと、ひとりで雪をかき分けながら歩いていくと、やはりチノパンに雪が染みてきてしまった。一度濡れてしまうと、なんだかやぶれかぶれになって雪に埋もれながら進むことにもはや喜びさえ感じてくる。

 中学三年のとき、はじめてひとりで冬の奥多摩の山へ行ったときのことを思い出した。あのときは冬山について何もわからず、運動靴にスーパーのビニール袋を巻き付けて登っていたのだ。何度も転倒し、空腹に耐えつつも、楽しくて仕方なかった。不安が一転して喜びに変わる瞬間があるから、ひとり旅はやめられない。

 

P103

 今回は北極と南極で飲んだ酒の話をしよう。

 Pole to Poleの旅で、各国の仲間たちと一年弱の月日をかけて北から南へと向かっていたときのことだ。最初の一ヵ月間、地球のてっぺんに近い北磁極からカナダのレゾリュートまでぼくたちはスキーを使って歩きながらひたすら南下していた。北極では、朝食にオートミールを吐く寸前まで、夜はご飯とマッシュポテトを日替わりで黙々と食べ続けた。水を入れて火にかければ出来上がるという簡易さと、素材そのものの軽さ、またバターなどを混ぜてある程度のカロリーを確保できるという三つのシンプルな理由によって、それらの献立は選ばれていた。このことは同時に、味についてまったく考慮していないことを意味する。

 ほんの数グラム単位で荷物の重さを減らさなくてはいけない旅では、酒などの嗜好品を持ち込むゆとりがない。毎日ぼくらは時間を決めて寝起きし、歩き、食べ、排泄した。日々視界のなかに入るものといえば、氷と空だけだった。そんな生活を一ヵ月間も続けていると、久しぶりに人工物と出会ったときには少々戸惑いを感じる。レゾリュートの町が現れ、遠くに家々の輪郭が見えたときの違和感は今でもはっきりと覚えている。白い大地の上に浮かび立つ鉄の固まりは何か別の世界のものに思えた。

 レゾリュートに着いて一ヵ月ぶりにシャワーを浴び、町に一軒しかない小さな食堂で、人に作ってもらった料理を食べた。その数日後、ぼくらはカナダ北極圏を脱出し、ユーコン川沿いのドーソンという小さな町にたどり着いた。西部劇にでてくるような場末の酒場に入り、そこでおよそ二ヵ月ぶりに酒を口にしたのだった。その夜は、自分がようやく人間が住む世界へ戻ってこられたような気がした。生きることに精一杯だった北極から、人の営みによって成立する町へぼくたちは帰ってきたのだ。・・・

 

P110

 人間がシロクマになってしまったり、シロクマが人間になってしまう神話が、イヌイットの間で語り継がれていることはよく知られている。・・・

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 イヌイットたちは、ときにクマと結婚し、兄弟や親子の関係を結んでしまうという類の神話をいくつももち、動物と人間が対等な立場にあることを感覚的に理解している。ぼくがそれらの神話の意味を、少しでも身近に感じられたのは、本当にシロクマと対峙してしまったときだ。

 すぐに仲間の一人がソリからライフルを引っ張り出し、弾を入れて、構えた。シロクマが近寄ってくる。・・・

 三〇メートルくらいまで近づいただろうか。そのとき、仲間が空に向けてライフルの引き金をひいた。冷たい空気を切り裂くような銃声が響いたとき、シロクマは一度のけぞってから背中を向けて逃げ出した。その驚き方はまるで人間そっくりだった。もしかしたらぼくにはそれがシロクマである、という意識さえなかったかもしれない。姿が見えなくなるまで、目で追い続け、しばらく立ち尽くした。だんだんと全身の力が抜けていくのがわかった。それ以降、ぼくは七頭のシロクマと出会った。

 動物と人間が同じ目線をもち、お互い畏怖の念をもって向き合うことができる大地は、今や稀有な存在である。・・・「はるか昔、人間と動物が同じ言葉を話していた」というイヌイットの神話は、おとぎ話ではなく、畏れるべき存在をもっていた本来の人間の思考から生まれたものだったのだ。

 ぼくはシロクマと向かい合った瞬間の風景が忘れられない。それは単なる記憶の断片というよりは、今見えている世界が、世界のすべてではないということを思い出させてくれる大切な風景として時おりふっとよみがえることがある。

 

P251

 「どうして危険な思いをしてまでわざわざ山に登るのですか」「なぜ旅を続けるのですか」と聞かれることが増えた。尋ねる側の目は真剣である。

 そのような質問を受けるたびに僕は狐につままれたようになる。そんなの楽しいから行くに決まってるじゃないか。つらくてつらくて仕方なかったら、今いる安全な地を離れるわけがない。