ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる

ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる

 ドイツ人は・・・と一括りにはできないけれど、という話もありつつも、お国柄の違いを知るのは興味深いなと思いました。

 

P106

「お天気がよくて見晴らしがいい日には、近所の高い建物からフランスが見えたわ」

 そう話すのは、ドイツのザールラントで育った女性です。フランスとの国境から4キロも離れておらず、ルクセンブルクも近い街です。

 ルクセンブルクは税金が安かったため、昔から「給油するならルクセンブルクで」というのが一家の「常識」であり、ルールだったとのこと。ドライブもかねてルクセンブルクに行っては、車のガソリンを満タンにしてまた帰ってくる……。

 そういえば私の父親は、一時期スイスで仕事をしていて単身赴任でした。当時「ドイツの炭酸水のほうが安い」ということで、定期的に「水を買いに国境越え」をしていました。ドイツで数ヵ月分、何十本も水をまとめ買いして車に詰め込み、スイスで飲み切った後、空っぽの瓶をこれまた車に積んでドイツまで運ぶわけです。理由はもちろん、店に空き瓶を返すと、瓶代が戻ってくるからです。

「ガソリン代を考えたら、瓶代なんか全部ふっとんじゃうのに、全くわりに合わない話よねえ。まあ趣味のようなものだから仕方ないわね」

 当時、母親が呆れたように言っていたことを思い出します。

 私の父親のような「ドイツのお父さん」は珍しくなく、ある女性はこう語ります。

「ドイツで暇な人はよく、街のいたるところで『空き瓶探し』をしているけど、うちの父親も年金生活になって時間ができたら、デュッセルドルフの森をよく歩くようになったわ。若い人が森で飲んだ後、瓶を持ち帰らないことがよくあるんだけど、父親は散歩がてら、放置された空き瓶を回収していたわけ。空き瓶一本につき30セントもらえるから、10本回収すれば3ユーロ。森はきれいになるし、小遣い稼ぎになるから一石二鳥でしょ」

 ・・・

 タニアさんの祖父は、東プロイセンの中心だったケーニヒスベルク(現在はロシアのカリーニングラード)で生まれ、ドイツ敗戦とともに現在のドイツ領に追放されました。・・・

 「おじいちゃんの生き方は、プロイセンそのもの」と言うタニアさん。ドイツで「プロイセン気質」と言えば、「地に足がつき、無駄遣いをせず、コツコツと真面目に働く気質」を指します。「おじいちゃんの節約術」について、タニアさんはコミカルに話します。

「おじいちゃんはケチ。高齢だから今後のこともあって、家族はお金のこともいろいろと知りたいところだけれど、おじいちゃんは自分の貯金額を絶対に言わないの」

 タニアさんの祖父母は高齢ながら、ベルリンから車で1時間ほどの村の一軒家で二人暮らしをしています。節約のために冬も暖房を入れずに「暖炉のある部屋だけで二人で過ごす」のだそう。暖炉で燃やす薪は買ってくるのではなく、祖父が近所の森で切ってきます。自分で斧を持ち、木を切って薪にして暖炉に入れる……考えてみればすごい体力の91歳です。

「おじいちゃんの家は古くて、トイレは下水溜めのいわゆる『ぼっとん便所』なのね。本当は月に一度、業者に来てもらって、下水溜めを空にしてもらわないといけないのだけれど、その都度お金がかかるから、おじいちゃんは2ヵ月に一度しか業者を呼ばないの。だから下水溜めはいつも溢れかえっている」

 すべての下水がそこに溜まるため、祖父はトウモロコシを茹でると、2リットルほどの湯を窓から捨てるそうです。少しでも長く業者を呼ばずにすませるために、絶対に茹で汁をシンクに流さない……おじいちゃん、なかなか徹底しています。

 ・・・

「節約、特に水や電気の節約に、ドイツの古い世代は本当にシビア。それは『実際にお金がかかっているかどうか』という現実的なことよりも『信念』に近いものじゃないかな」

 こう語るのは、50代のドイツ人男性です。彼はオフィスをケルン市内に借りていますが、ここの大家さん(80代)の節約に関する徹底ぶりもなかなかのものだといいます。

「大家さんはたまにオフィスに顔を出すので、『コーヒーでもいかがですか?』と勧めると、3回に1回は『いいえ、今ここで座ってしまうと、車の駐車料金が追加で1.50ユーロかかってしまうから、ここで失礼します』と断られます。逆にたまたま時間の区切りが良くて追加料金がかからない時間帯だと、喜んでコーヒーを飲んでいくんですよ。不動産をたくさん持っていて、生活に困ってもいないのに」

 これを聞いて私は、現在は70代であろう知人のドイツ人女性(正確な年齢は教えてもらったことがありません……)の、「人と会う時は自分の定期券が使える場所に限る」という徹底ぶりを思い出しました。

 さらに思い出したのは、かつて日本に住んでいたスイス人のお偉いさんのこと。

「このあいだ○○さん(スイス人のお偉いさん)の家に遊びに行ったら、すごく寒かった。あんなにお金に困っていない人が駐在で来ている日本で暖房費を節約するんだ!」

 共通の知人は口をそろえてこう言っていました。

 この方はスイスのドイツ語圏の人でしたが、ドイツもスイスもオーストリアリヒテンシュタインも……ドイツ語圏の人には「金銭面でシビアな人」が多い気がします。

「節約」はドイツ語圏についてまわる文化なのかもしれません。

 

P206

 父親の死がきっかけでユリアさんは会社を辞めましたが、約10年が経った今、「自分の人生を考えたらむしろ良い決断だった」と振り返ります。

 ・・・

「私にとって、大事なのは『自由』であること。会社員の仕事は楽しかったけれど、やっぱり様々なことに『縛られる』生活なのよね。時間的にも縛られるし、何よりも人間関係という問題がある。会社員だった頃『いつかフリーランスになるんだろうな……』と漠然と思っていたけど、会社員生活を続けることが難しくなった時、『もしかしたらこれは良い機会なのではないか』と思ったのも事実。だって、『これから何年間もこの上司と毎日顔を合わせるのは嫌だな』とも思っていたし。

 父の死によって『死』というものをリアルに突き付けられたし、人の命は無常(vergänglich)だと悟った。だからこそ自分の人生を自分が幸せだと感じるように生きようと強く思うようになったの。

 私にとって、幸せとは『自由』であること。そして私にとっての自由は『人と時間に縛られない』ということかな。自然が好きだから、緑に囲まれた自分の家に住むことで精神が安定するし、すごく自由だなって感じるの。

 私はやっぱり『一人でいること』が好きなのかもしれない。座右の銘と言うほどでもないけど、私の人生で大切なのは『自分が自由に生きて、他人にも自由に生きてもらう』(❝Leben und leben lassen❞)ことかな。人を傷つけたくないし、自分も必要以上に人とかかわってストレスを感じたくない。私はたぶん『放っておいてほしい』タイプの人間なのだと思う。持ち家にこだわるのも、賃貸だと何かこう、依存している(abhängig)感じがするからね」

「もう一つ大事なのは、予定プレッシャー(Termindruck)がないことかな。何時何分にどこそこにいなければいけない、なんていうのは私にはものすごいストレスでプレッシャー。たとえば、新幹線じゃなく車で移動するのは、予約した時間に決まった席に座るのがものすごいストレスだからなの!仕事の納期を除いて予定のプレッシャーとはなるべく無縁でいたい」

 私も自由が大好きですが、ユリアさんの話を聞いていると、「自由の定義は人によってこんなにも違うのだ」と新鮮でした。私は新幹線に乗って窓の外をボーッと見るのが好きで、極端なことを言うと「この時間がいつまでも続いたらいいのにな」と思ってしまうほどです。新幹線の切符を買うこと、決まった時間に新幹線に乗ること、指定席を探して座ることをストレスに感じる人がいるなんて、想像したこともありませんでした。

 ユリアさんの家は、東京から2時間ほどの自然が多い山の近くで、野菜を育てるスペースもあります。日本の都会で育った人の中には「家の近くにコンビニがないと不便だし不自由」「自宅の徒歩圏内に駅がないと、不自由」だと感じる人も数多くいるわけです。

 でもユリアさんの考える「自由・不自由」とは、駅やコンビニまでの距離などといったものとは無縁で、「自分が自然の中に身を置き、人間関係を気にしなくてもよく、時間に縛られず自分の意思で動ける」というものでした。

 「自由」という言葉に限らないことですが、同じ言葉を使っているのに指しているものや考えていることが全く違う……というのはよくあることです。同じ文化の中で育ち、同じ言語を話す人の間でも「自分にとっての幸せとは何か」という定義は人によって違います。・・・ただ全体で見ると、やはりドイツ人には「利便性よりも自然の中にいることが大事」だと考える傾向があるようです。