パリッコさんのエッセイ、楽しく読みました。
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不遜なことですが僕、酒への執着という一点においては、我ながら、人類のなかでもけっこう上位にいるのでは?とすら自負してしまっている節があります。もちろん、上には上がいくらでもいることは承知してますけど。
そんなふうにひたすら酒を愛し、酒場を愛し、日々飲みつづけていたら、いつのころからか、「これ、偶然という言葉では片づけられないよな……」という出来事に遭遇する率が、年々上がってきているように思えるのです。わかりやすく言えば「酒にまつわる奇跡」とでも呼びたくなる出来事。
絶対に会うはずもない地方の酒場で、人生のなかで別々に知り合った複数の知り合いと鉢合わせたとか。・・・
そもそも、ただ流されるままに生きていたら、一度も「なりたい」と目指したこともない「酒場ライター」という世にも珍しい職業が生業になっていること自体、奇跡っぽいよなと思います。
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花園神社を起点とするならば、繫華街である歌舞伎町~新宿駅方面、もしくは東新宿~大久保方面など、飲み屋のありそうな選択肢はたくさんあります。
が、僕が気になったのは、神社の正面から明治通りを挟んで対岸(東側)にある、ちょっと静かな一帯。奥に東京医科歯科大学がある「東京医大通り」を中心としたエリア。
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20分くらいかけて、おおよそ近辺を歩きつくしたでしょうか。絶対数は少ないものの、昼間でも営業中の飲食店がちらほらと見つかり、なかでも気になったのが「味彩吉野」というお店。小粋な居酒屋兼小料理屋といった雰囲気で、現在はランチ営業のよう。
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厨房に面したカウンター数席と小上がりの座卓がふたつの小さな店内。勧められるまま座敷に上がりました。カウンターでは、ひとりの男性が静かにランチを堪能しています。その奥に、ピシッと白い割烹着を着た、短髪の寡黙なご主人。ふと横を見ると、数々の空手の賞をとられている方のようでたくさんの賞状などが並んでいる。・・・
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ご主人に伺ったところ、今の時間に提供しているのは「ビーフシチュー」(900円)と「四川麻婆豆腐」(1000円)のランチのみということで、ふたりで1品ずつをオーダー。すると、まずはていねいに盛られたサラダとスープがやってきて、続いてメイン料理が届きだし、これがもう、見た目からして絶対に美味しいに決まってるやつなんです!
看板に「陳建一直伝」とあった、T氏が頼んだ麻婆豆腐をひと口味見させてもらうと、濃厚なコクと爽やかなしびれが同居する超本格派。
そして、僕が頼んだビーフシチューがこれまたすごかった……。なにをどう煮込んだらこんなに濃厚でコク深い味わいになるの?っていうソースに、色鮮やかながらも柔らかい野菜や、ポテトサラダ、カレースタイルの盛り付けになっているのがまたよくて、シチューを絡めたごはんがもう。美味を超えて〝快感〟の領域です。
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ご主人、一体何者なんだ……。
食後、ちょうど他のお客さんがいないタイミングで、ありがたいことに、少しお話を聞かせてもらうことができました。実はものすごく低姿勢でお話し好きだったご主人。なんと料理はすべて独学で、この道に入ったのも40歳を超えてからなんだとか。ど、独学であのビーフシチュー……?
ちなみに空手を始めたのも40代以降らしく、それであんなに賞ってとれるもん?とこれまたびっくり。口癖のように言う「私は本当に人に恵まれているんです」という言葉を聞くたび、お店とご主人のことが好きになっていっちゃって困ります。
あ、これまた気になる陳建一直伝の件ですが、以前に陳さんの麻婆豆腐を食べて感動したご主人、その味を参考に、自分なりの麻婆豆腐を作ってお店で出しはじめました。するとそれが美味しいと評判になり、なんと、とあるTV番組の企画で、陳さんの前で実際に麻婆豆腐を作ることになったのだそう。
「直伝」といっても、その場でアドバイスをもらっただけでは?と思いきや、そこからがすごかった。ご主人の麻婆豆腐を気に入った陳さん、収録後に「こんどコツを教えにいきますよ」とわざわざ楽屋に挨拶にきてくれたのだそう。そしてその数日後、なんとなんと、自前の調味料一式を持って、本当に吉野にやってきて、そのレシピを包み隠さずご主人に教えてくれたのだとか。陳さんがものすごくいい人なのはもちろん、ご主人の料理の才能がただごとじゃないのもよく伝わるエピソードですよね。
今回も、花園神社へお詣りにこなければ知ることはなかったであろう素晴らしい名店との出会いに恵まれた、良きごりやく酒でした。今度は絶対に夜も行ってみよ~。
