ころんで、笑って、還暦じたく

ころんで、笑って、還暦じたく

「 50歳からのごきげんひとり旅」が面白かったので、こちらも読んでみよう、と思いました。

 

P158

 最近友達が入社試験の面接官をしていて、こんな話をしてくれました。「最近の面接では、定時に帰れますか?とか、毎週2日きちんと休めますか?って聞いてくるんだよ」と。みんなで苦笑しますが、ああ、いいな、と私は思っています。

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 相方の以前の会社に、会社の仕事とは全く別の専門分野を持ち、執筆や講演をしている男性の先輩がいました。相方は「いいな、もうひとつの立ち位置があって」と言っていました。確かにそれがあれば、会社でのベストテンに与しなくてもいいし、思いのほか自分への評価が低くてがっかりしても、気持ちを切り替えられる気がします。

 もうひとり、定年を前に早期退職し、「スポーツ競技の審判」と「地域創生のNPO」のふたつの仕事に就いた男性のこともいいな、と。

 確かに、軸足をわけるって、メンタルヘルスによさそうです。

 今、仕事でも家庭でもないサードプレイスが注目されています。○○社の人でも部長でもない、父でも母でも夫でも妻でも娘でもない、私としていられる場所。

 私は旅、特にひとり旅に出ると、旅先はいつもサードプレイスだなと思います。私がどこの誰か知らない人たち、知らない土地は、心地よいし、必要です。

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 私の友達は、祖母の代からお茶を教える家で生まれ、お弟子さんも多く、海外にも招へいされるような茶道の先生ですが、ネットで見つけた近所の病院の受付のアルバイトもやっていて、在宅で別の会社の経理の手伝いもしています。収入は確かにうれしいけどお金のためだけではないらしく、「気分転換になるし、知らなかった世界を見るのが面白い」と。

 

P169

『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』は城山三郎さんのエッセイ。71歳から79歳で亡くなられるまで、手帳に書かれていたメモのような短い日記を、亡くなられた後に、城山さんが信頼していた編集者がご家族の許しを得てまとめたものです。・・・

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 心が揺れたエピソードがあります。

 一橋大学の同窓会に出席するため茅ヶ崎から1時間以上電車に揺られ、市ヶ谷に着いてから、集まる場所や地図が載ったはがきを忘れてきたことに気がつきます。出席するはずの友人に3件ほど電話をかけたけれど、彼らも家を出ていて不在。たぶんすぐ近くまで来ているのに、たどり着けない。城山さんは結局あきらめて、茅ケ崎まで戻っていくのです。

 もうひとつ。ある夜、ご近所で赤ワインを軽く飲み、当時ひとりで暮らしていた仕事場のマンションへ着き、気持ちよくベッドに入り休み、そして翌朝、鍵がない。必死で探すと、ドアをあけたときの状態で鍵がささっていた。そこまで老いたか、と。

「いまいましいが誰も怨めない。老いとは、そういうことなのだ。」

「毎日が失せ物、毎日が物探し。物探しに明け、物探しに暮れる形。」

「忘れることが多く、資料散逸、無駄な読み直し、整理、捜索と、情けないほどの無駄な苦労。年齢のせいとはいえ……。もうこの種の調べて書く仕事は終わりにしなくては―と痛感。」

「老化か、ヘマ続発。要注意。

 ヤカンの空焚き。切符入れずに改札通ろうとする。」(同書より)

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 絶望とはちょっと違う、自分にあきれて、誰に言うわけにもいかず泣ける思い。焦燥、情けなさ、無力感、たどりつく老いという答え。ため息の繭に包まれているような姿が勝手に目に浮かびました。

 あの城山三郎でさえも、こんなふうに老いを抱えていたのか。

 一方で、余生の指針も残しておられます。

「鈍、鈍、楽、へ行くと、どんどん楽にもなる。楽々鈍、鈍々楽!」

「楽しむことを優先すべし。」(同書より)

 

P216

 太宰治が編集者に書いた手紙の中の文を時々反芻します。

 

「私は優という字を考へます。これは優れるといふ字で、優良可なんていふし、優勝なんていふけど、でも、もう一つ読み方があるでせう?優しいとも読みます。さうしてこの字をよく見ると、人偏に、憂ふと書いてゐます。人を憂へる。ひとの淋しさ侘しさ、つらさに敏感な事、これが優しさであり、また人間として一番優れてゐる事ぢゃないかしら」(『回想 太宰治』1946年4月 河盛好蔵宛書簡)

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 ・・・年を重ねるごとに、経験からこの手紙に書かれている通りだと思うようになりました。

 

P234

 2020年に日本女性の半分は50歳以上になりました。ふむ、じゃ60歳以上ってどのくらいいるのかなと思って調べていたら、65歳からはもう高齢者と呼ばれると知って唖然。・・・

 しかも、65歳以上が総人口に占める割合は29.3%と過去最高で、世界一。・・・ひとり暮らしも増加中で、65歳以上の5人に1人がひとり暮らしなのだそう。

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 これから先、新たな〝老い〟に次々と出会って、暗くなったり凹んだりするのは当たり前、ムリして〝年を取るのは楽しい〟と言うつもりもない。だけど凹む時間は短い方がいい。母は70代になったころから、「ニュースは暗い話ばっかり。なんか楽しくなる本はない?」と言っていつも探していました。

 今ならわかります。かんたんに気分が明るくなるモノ、コトはたくさん持っているもん勝ちです。・・・

 凹みそうなときは、手軽に気持ちをハッピーな方に向けられるものを総動員しながら、毎晩「今日も面白かった」と眠りにつきたいなと思います。

 私にとってのそのひとつ『きのう何食べた?』のシロさんも第23巻で還暦を迎えました(よしながふみさんによる、シロさんとケンジ、ゲイカップルの日常が描かれたマンガ。ドラマも映画もすこぶるいい→ケンジ風に)。

 還暦って、本卦還りとも言って、干支(十干十二支)が一巡し誕生年の干支に還ること。つまり赤ん坊に還る。赤ん坊と言っても、知恵のついた赤ん坊です。

 それ、最強では?

 慣れていないから、急に好きなことだけやるのは難しくても、自分がやりたい方を、人と比べず遠慮せず選び、イヤなことはやらない。この先がうっすら見えてきたからこそ、やりたいことを先送りするのも、誰かに合わせるのも、やめられそうです。

 食べたいものを食べ、着たい服を自由に着て、大切な人を思いきり大切にして、私なりにできる範囲で、おだやかないい顔つきをして暮らしたいように暮らせばいい。

 この本は、60代を最強の赤ん坊としてすごしたい、私のおぼえ書です。