「推し」の文化論 BTSから世界とつながる

「推し」の文化論 BTSから世界とつながる

 BTS愛あふれる一冊、そして見事な「推しの文化論」、なるほどと思うところが色々ありました。

 

P34

 BTSはバラエティなどで愛くるしい面を見せる一方で、音楽のほうではかなり硬派で、その歌詞は驚くほど陰鬱で深刻なものが多いです。楽観的な希望を示すような曲はほとんどなくて、むしろ、希望が見えない中で、戸惑いながら生きていることを観察的に描いた作品が多いです。

 2020年に発売された「ON」(アルバム『MAP OF THE SOUL:7』収録)はBTSの数ある曲の中でもMVのダンスのキレ、パフォーマンスの難易度、歌詞の強度など、どれをとっても過去最高傑作の仕上がりになっていますが、批評家の浅田彰はこの曲の歌詞について次のように語っています。

 

❝Bring the pain❞なんですよ……❝苦痛を持ってこい❞っていう歌詞なんですね。要するに、なんかちやほやされて、今世界のスターだと言われてるけれども、もう自分がどこにいるのか何していいのかさえわからない、不安に満ちている。しかし、我々は戦うぞ、と。苦痛を持ってこいと。苦痛を血肉として戦うぞ、という曲なんですよ。・・・

 

 BTSには「誰も傷つかない世界」どころか、誰もが傷ついて傷だらけにならざるを得ないような痛みの世界を、むしろ積極的に描いているという側面があります。

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「ON」の歌詞にある「狂わないでいるためには狂わなければ」という言葉・・・「ON」について、RMは次のように語ります。

 

「狂わないためには狂わないといけない」正直僕はこれを一番言いたかったんです。

 僕がいつもさまざまな方法で言っていることでもあるけど、何かひとつのことに狂うということ。ほんとうにこの世の中、この複雑な世の中には、人にとってとても不条理なことが多いから。僕たちが理解できない非合理にあふれていて。合理的であることを装いながら。

 ある意味でほんとうに鳥肌が立つようなことが多いじゃないですか。鳥肌が立つような人たちも多いし。だから、そんな世の中で気をしっかり持って生きていくには、何かひとつのことに狂わないといけない。何事も狂ってこそだし、それが自分の仕事だったり、あるいは自分の趣味だったり、何かに狂いながら生きてこそ、狂わずにいられると思ったんです。

 僕たちが防弾として持っているさまざまな懐疑や影のようなものに浸食されないようにするためには狂っていないといけない。この話を最もたくさんしたかったし、実際そのような話を僕の友人にも最もよく話していると思います。狂わないといけないって。それでこそ狂わないって。(V LIVE(RM)2020年3月10日)

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 BTSの初期の曲の中でも特に刺激の強い曲のひとつ、「Am I Wrong」(2016年のアルバム『WINGS』収録)には、「このおかしな世界でおかしくなってないことがおかしい」という歌詞が出てきます。これは、「ON」の「狂わないでいるためには狂わなければ」とつながる世界観ですが、このような「世界は狂いながら回っている」という認識がBTSのベースにある世界観です。人間はいつも過剰なものを抱えている存在で、誰しもが狂いながらしか生きていくことができないと。

 

P135

 私たちは誰でも多かれ少なかれ、他者を「使用」することで主体化を実現します。私たちが日常的に使っている言語さえ、もともとはすべて他人から与えられたものであることを思い返せば、他者を使用せずに主体化するなんて、どだい無理な話だということに気づかされます。

「推す」行為は「推し」を通した刹那的、情動的な主体性獲得の運動であり、まさに推しを「使用」する運動なのですが、このことに自覚的でない人もいます。推しを推すときに、ファンたちは推しの輝かしさだけでなく、推しのずるさや不完全さを自らの主体に一致させることを通して、不甲斐ない自分を愛でているはずです。

 しかし、そのことに無自覚になり、推しが使用できなくなったと感じた瞬間に、推しに対して攻撃的になることもあります。推しがまるで自分の主体化を妨げる存在のように感じられて憎み始めてしまう(そして「アンチ」に転じてしまう)のです。

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 このことを踏まえて、LOVE YOURSELFツアーでRMがファンを前にして語ったこの文章を読んでみると、彼は私たちがどのように自分自身を愛したらよいかを説くだけでなく、私たちに「使用」に対する自覚をさりげなく促していることが伝わってきます。

 

 このLove Yourselfというツアーを通して、僕は自分自身を愛する方法を見つけているところです。僕は自分自身の愛し方を何も知りませんでした。あなたたちが教えてくれたんです。あなたの目で、あなたの愛で、あなたのツイートで、あなたの言葉で、そしてあなたのすべてを通して。自分を愛するということを、あなたたちが教え、導いてくれたんです。

 そして、自分を愛することは、死ぬまでずっと僕にとっての目標であり続けます。自分を愛することは何なのか、あなた自身を愛するとはどういうことなのか、僕にはわかっていません。誰が自分自身を愛する方法や法則を定義できるでしょうか。それは僕たちそれぞれの任務です。ひとりひとりが自分自身の愛し方を見つけ、明らかにしていくことが僕たちの任務なのです。

 そのつもりはなかったのですが、僕はあなたたちを、自分自身を愛するために使っていたようです。だから僕はひとつ言いたい。どうか、僕を使用してください。自分を愛するために、BTSを使用してください。だってあなたたちは、毎日僕に自分自身の愛し方を教えてくれるのですから。ありがとう!・・・

 

 RMは、自分があなたたちARMYを「使用」することで自己変容を遂げてきたことを伝えます。さらに、ひとりでは立ち行かない自分が、あなたたちを使用してきたことを知ることで、あなたたちに深い敬意と感謝の念を抱くようになり、さらにそのことを通して、自分を愛することを学んできたと言うのです。

 そして彼は呼び掛けます。「ARMY、あなたたちも僕を使用してください。僕たちを使用することで自己を変容させ、自分を愛することを学んでください」と。これは主体化するために相手を「使用」することへの自覚を促すとともに、それを支配関係にしないために手を取り合おうという訴えです。

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 ・・・彼が訴えた「Use me」には、他者をとおして自己の輪郭をつくっていく私たちの営みについてのヒントが多く含まれています。