人を見抜く、人を口説く、人を活かす―プロ野球スカウトの着眼点

人を見抜く、人を口説く、人を活かす プロ野球スカウトの着眼点 (角川oneテーマ21)

 ドラフトがなかった時代の話、携帯電話もネットもなかった時代の話なども、興味深く読みました。

 

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 メジャー・リーグでも年間最多の262安打(2004年)を記録し、MVP、首位打者2回と日本人メジャー・リーガーで最高の成績を残したのがイチローである。もちろん日本球界時代も、MVP3回、首位打者7回などタイトルを数え上げたらきりがない。

 イチロー愛工大名電高校時代に2度甲子園大会に出場。2年生の夏の大会ではレフト、3年の春は投手として出ているが、ともに初戦で敗退した。投手イチロー松商学園に10安打を浴びた。あるスカウトは、「投手としては粘りが無かった。球離れが早くてね、野手が投げているみたいなんだ」と語っている。

 イチローは打者としても3番を打ったが、5打席ノーヒットだった。三振も一つしている。3年の夏の大会では、県大会決勝で敗れて、甲子園に姿を見せることはなかった。ただし、夏の県予選での打率は7割5分もあった。

 多くのスカウトは投手としてイチローを見ていたから、見切りをつけて去って行った。しかし、その中でも何人かのスカウトはイチローの打撃センスに光るものを感じていた。

 その一人がオリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)のスカウト三輪田勝利だった。三輪田は、イチローが高校2年のときに、甲子園大会で初めて見て、バットコントロールのよさに舌を巻いた。・・・これはプロで通用すると三輪田は判断した。

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 三輪田がイチローを追いかけている中、もう一人のベテランスカウトがイチローに密かに注目していた。日本ハムのスカウト三沢今朝治である。

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 ・・・三沢はスカウトの直感で、彼の打撃に目が留まった。

 三沢は、甲子園大会が終わると、東京に戻らず、途中の名古屋で降りて、イチローの練習を見に行った。高校の監督と話してみると、「チーム事情で投手をやらせてはいるが野手のほうがいい」という返事だった。10本フリーバッティングを打てば、9本は確実に芯でとらえている。難しい内角の球をインサイドアウトで引きつけて打つ技術も持っていた。

 三沢は選手を見るとき、真正面だけでなく、横、後ろから角度を変えて見るようにしていた。横からイチローのボールを捉えるポイントやバットの出方を見た。非常にスムーズだった。後ろから見ると、バットと腕が一本の線になっていた。素晴らしい打撃センスをしている、と三沢は思った。守備でも、肩はよく、足も速いからショートを守らせればいいと考えた。実際に監督に頼んで、ショートを守らせ、ノックを受けさせてみたら、動きもよい。

 そこから三沢のイチロー詣でが始まった。

インサイドもアウトサイドも広角に打てる。これは凄いなと思いました。体が細くて、ひ弱さみたいなものはあったんですが、リストが強いから、飛距離も出るんです」

 ・・・彼はイチローを2位で指名したかった。だが、ここから各球団のドラフト戦略に影響される。

 スカウト会議で1位は高校生の上田佳範に決まった。・・・1位、2位も左打者になってしまい、イチローを3位で指名すれば、左打者が3人も続いてしまう。バランスの問題もあり、イチローの指名順位は下位に下がったのだ。その間にイチローオリックスに4位指名されてしまった。

 しかし、イチローが4巡目まで指名されずに残っていたのは、彼の素材に注目したのが三沢と三輪田の二人しかいなかった、ということだ。

 隠れた逸材はどこにいるか。投手ではなく打者という視点から見るスカウトがいたから、不世出の打者が誕生したとも言える。・・・

 

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 いい選手を獲りたいが、球団のフロントが乗り気でない。とくにスカウトが掘り出しものを見つけたときがそうである。このとき、スカウトはどのような方法で上層部を説得するか。

 巨人の守備の名手に古城茂幸という内野手がいる。すでにベテランの域に達しているが、内野のすべてのポジションをこなすなど、チームにとって無くてはならないユーティリティプレーヤーである。彼の持ち味はしぶとい打撃にもある。平成18年の得点圏打率は4割を超え、翌年も3割、平成23年も、375を記録しており、規定打席には達していないが、勝負強い打撃はチームの危機を救っている。平成23年8月3日の阪神戦では同点で迎えた最終回に、藤川球児からサヨナラ本塁打を打っている。いぶし銀の選手だが、どこでも守れて、代打、代走でも使える選手は、チームの戦力を厚くする。・・・

 古城は、平成9年にドラフト5位で日本ハムに指名されたが、実質はテスト入団だった。

 ・・・たまたま当時の国士舘大学の監督が日本ハムのスカウト田中幸雄の知り合いだった。監督は、田中に言った。

「いいショートがいるんだが、獲ってもらえないだろうか」

 古城のことである。非常に動きも軽いし、フットワークもいい。守備範囲も広く、肩もいい。プロでも十分やっていけると田中は判断した。

 だが、スカウト会議で古城を推薦すると、フロントの回答は「枠がいっぱいでもう選手は獲れない」だった。しかし本人のどうしてもプロへ行きたい、という気持ちは変わらない。

 田中も現場、とくに二軍コーチが彼のプレーを見たら、守備のセンスに驚くと考えた。

 ここで田中が考えたのは、日本ハムの入団テストを一般の受験者に混じって受けさせるという方法だった。

 ・・・彼を見たコーチたちは、「あの守備は使える」と判断した。テストは合格だった。

 古城の力をフロントも漸く認め、その年のドラフト会議に指名することを決めた。

 日本ハム入団後は、二軍総合コーチの白井一幸から徹底して基礎を鍛えられ、彼は守備に自信をつけた。

 ・・・日本ハムで7年間プレーした後、巨人に移籍。

 古城には忘れられないプレーがある。平成22年9月7日の横浜ベイスターズ戦であった。3回裏に自らのエラーで巨人は4点を失う。しかし直後の4回に自らタイムリーヒットを打ち、6回には同点本塁打も放ち、結局巨人は6対4で勝った。自らのエラーを帳消しにして、打撃で取り戻す精神力。・・・

 プロ入り前、スカウトの田中が技術以外に評価したのは、古城の性格のよさだった。

「いい性格とは、自分の芯がしっかりしていながら、人の言うことも聞けること。素直さとある程度の頑固さ。監督やコーチが説明しても、バリアを取り払ってわかろうとする気持ちですね。能力、理論は選手よりも長くやってきたコーチのほうが経験値を含め、いいものを持っているわけです。性格がわかれば80パーセントの確率で働ける選手を獲れます」

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「古城は体が小さくて、本塁打も3本くらいしか打ちませんが、サヨナラ弾だったり、プレーオフで打ったりと、ここぞという場面で打ちます。他球団も目をつけていなかった選手を獲得することができ、14年以上も長く活躍している。僕との出逢いがなければ、と思うと、スカウト冥利に尽きますね」

 田中は、今でもそう実感している。

 

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 期待の大型新人が鳴り物入りで入団したものの、鳴かず飛ばずで球界を去るケースは多い。それはなぜなのか。本人が努力しなかった、あるいは故障してしまった、などの理由も考えられるが、スカウトによれば、「そのチームに合うか合わないか」が大きな要素になるという。ヤクルトの元スカウト片岡宏雄は言う。

「ヤクルトだから成功して、他の球団だったら駄目だったという選手は一杯います。一番いいのは獲った選手が自分のチームに合うこと。〝チームにはまるか、はまらないか〟、それだけなのですよ」

 逆に言えば、ヤクルトで芽が出なかった選手でも、他の球団に行けば活躍できたのかもしれない。

 ヤクルトの場合は、家庭的で伸び伸びプレーできるカラーがある。その中で頭角を現したのが昭和58年に入団した池山隆寛であり、翌59年に入団した広沢克己である。ともに後にヤクルトの主軸を打つホームランバッターになるが、二人の三振数の多さも桁違いだった。

 池山は、6年続けて年間100個以上の三振数を喫している(うち3年はリーグトップ)。とくに平成4年は148個という多さである。ただし、昭和63年から平成4年まで毎年30本塁打以上も記録している。一発か、三振かという打者だった。・・・つけられたニックネームは「ブンブン丸」。

 一方の広沢は、8年連続で三振数が100個を超えている。こちらも池山に劣らない。うち3年はリーグトップだ。だが彼もヤクルト時代に打点王2回、最多勝利打点2回を獲得している。二人とも生涯本塁打は300本を超えている。

 だがこれだけ安定性を欠いていても監督の関根潤三は何も言わず、二人を使い続けた。アドバイスと言えば、「思い切ってやれ」だった。そのため二人は臆することなく伸び伸びと力を発揮することができた。これが伸び盛りの若いときに、三振をしないように、ミートを大事に、と教えられていたら、彼らはここまでの本塁打数を築くことができただろうか。あるいは二人が巨人にいたら、ここまで辛抱強く使ってもらえただろうか。

 これはヤクルトというチームに、二人が見事に合ったというケースである。片岡は言う。

「そら古田でも、よその球団に行ったら、合わなかったかもしれないしね」

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 片岡宏雄は「選手を見抜くのは、ネクタイを選ぶのと同じ」とも言う。つまり自分に合ったネクタイを見つけるのはセンスが必要だと言うわけだ。・・・

 高級なネクタイも、その柄も、スーツに合わなければ死んでしまう。それと同じで、いくらいい選手を獲得しても、そのチームに合わなければ本来の力を発揮させることはできない。