四半世紀くらい前の本の文庫版です。
おふたりともいろんな理由でヘロヘロだったりするのに、ものすごい生命力を感じました。
P64
4/1 ねこ
ひろみちゃん
元気ですか?いろいろに動くよね、いろんなこと。
昨日は朝、トーストとカッテージチーズとはんぱ野菜のスクランブルエッグとコーヒー。午後(……そういえば昨日は雨降りだった)、男の取材している国の展覧会をやっている街で、男と待ち合わせ。その後、その国の大使という肌の色の違うおじさんとインフォメーションネットワークというのをやっている不思議な感じのおばさんと絵描きの人とコーヒーを飲んだ。わたしは黙ってすわってた。ああいうときって退屈だ。おまけに自分がバカみたいに思える。
・・・
……と、ここで、ひろみちゃんから電話。
「アンコールワット、第二回廊、南門のあたりは、ときおりスクーターが通るくらいで静かなところです。正面左のほうに森の中を抜ける道、あたたかで、吹く風はそれまでの記憶の中のどんな風よりも心地よい。そこに、その場所にわたしがいることを迎え入れてくれるような風が吹きます。安堵です」……ノートのメモだ。帰ってきてからの。
風に癒されるんだよう。森や堀が、もうほんとにほんとに夢のように美しいんだよう。一日中いてもあきないんだよう。住みたいとも思ってるんだよう。
いいよう。きっと行ったらいい。それもわたしと行ったらすごくいいよ。わたしはああいうところの旅の仕方、多分とてもとても上手だから。ゆっくりするよう。きっと。
というわけで、人生ってなんだかちーっともわかんないことだらけだけど、なんとかなるし、そうなれば、けっこう楽しいかもしれないんだ。
今日、臨海副都心につながる〝ゆりかもめ号〟の帰り(何で行ったかっていうと、男の仕事的好奇心のせい)、親子連れのおかーさんが子どもに、「あんたね、あんなになんべんもなんべんもあそこに行きたい行きたい行きたいって言ってたんだから、行ったとたんすぐ次のとこに行きたいって言うんじゃなくて、あそこに行けてよかったよかったよかったって同じくらいの回数言ってちょーだい」って言ってたの。真理だなーってわたし思った。そのよーにして生きてくよーにこころがけよーと思った。
P108
4/18 ねこ
ひろみちゃん
いかがおすごしかな。わたしはとてもとても眠い。でも今日、ようやっと仕事一段落して、ほっとしてるところ。今日は『もう一品の小さなおかず』という記事の撮影だった。21個だったかしら、なんだかたくさん作ったんだけど、あんまり肉も魚も使わないし、おまけに混ぜるだけやらレンジにかけるだけやらトースターで焼くだけやらで、さらにおまけに編集の人はうるさいこと言わなくて、迷わずに、いいっすよーと言ってくれるので、わたしはほんとにラクチンでした。
楽しかったなー、仕事。野菜のこまごましたものを作るのって、いい。とても好きだ。人参きざんだり大根千切りにしたり、キャベツはがしたり、楽しーんだよねえ、とても。なんかほら、やっぱり素材と話す、とか思うじゃないの。やっぱり生肉とは話しにくいのかもしれない。話すけどさ、でもやっぱり話しかけようと思うと、どおしてもどっかで、牛や豚や鶏の生前のお姿が、無意識のうちにのぼってきちゃうんじゃないかなー。だから大急ぎで、おやおや、つやつやで健康そうじゃあないのっとかさ、やっぱり豚は肩ロースがいいのかしらねっとか、明治屋(近所のスーパーです)の肉は、けっこういいなあとか、その〝肉〟となった状態をヨム、という作業になっちゃうみたい。
魚も、切り身だとそうなるけど、鰯だとやっぱり目、見ちゃうから、話しちゃうのかもしれない。頭落として、はらわた引っぱり出しながら、どっかにちょっと、すまない、すまないが、うまそうだ、が、ちょっとすまない、みたいな気持ち、芽生えちゃうんじゃないかなあ。食べる頃にはすうっかり忘れてるけど。
ところが野菜はちょっと違う。わたしのほうの気持ちがストレートに、わあーきれいだねーあんたっとかさ、なんだか翳りがない。で、料理すると、もっときれいになるしねえ。緑やオレンジや赤や、その緑の色も、ほら、今のキャベツの、なんとまあ若々しく美しい、いろいろな色をしていることかって。野菜礼賛しすぎちゃうのもちょっと偽善っぽいような気もするが、やっぱり仕事を終えた今日の気持ちは明るいのであった。
今日のレシピは、人参の千切りと炒り卵とカッテージチーズのサラダとか、キャベツときゅうりとみょうがの塩もみとか。みょうがはちょっと塩になじむとぽおっと色が濃くなるし、キャベツはレンジにかけると内側からの熱でぱあっとあざやかになってる。茄子もさ、レンジにかけて酢がちょっと入ったドレッシングで和えて少しすると、思い出したように紫色が立ち上がる瞬間があってね、おおっ、話しかけられてるってかんじになるのよ。というわけで、ほっとして、これからお風呂に入って寝るの。
P280
8/30 ねこ
ひろみちゃん
・・・
昨日、おとといは、わりと好きにやっていい仕事。たとえば玄米ご飯の上にゆでたモロヘイヤと削りがつおのっけただけとか。ゆでたいんげんの千切りしょうが和えと素揚げいんげんのおろししょうがのせとか、そんなのもアリの仕事だった(なをさんと一緒の本だった)。あたし、いんげんのとこ、特に気に入ってる。ゆでてから氷水にはなして、しゃきっとさせたいんげんをななめにそぎ切りにして、細切りのしょうがとだしじょうゆで和える。それは冷たくって、しゃきっ(歯にきしっとまで感じるみたいな)歯ごたえで、これはこれで夏。
で、素揚げしたいんげんは、甘みがじんわり出て、こっちのしょうがはすりおろし。煮きったみりん(酒でもよかったかな、と思ってる)としょうゆをかける。
なんか、こうゆうの、おもしろい。うーんとそぎおとすの、おもしろい。同じ素材、違う調理法で、とても違うものになる。ああ〝料理〟って、こーゆーことかー。火をとおすっつうことかな。まあ、切る、切り方の違いで味が異なるとゆうのもあって、それもそれでおもしろい。あと、ただ酢じょうゆに漬けるだけ、というのもやった。茹でた枝豆(さやごとつける)、プチトマトと白うり、セロリとみょうが。同じ調理法で違う素材。白うりは新しい発見だった。すごくおいしい。みんな好き。けっこういつやってもみんな好き。おもしろい。
