元気じゃないけど、悪くない

元気じゃないけど、悪くない

 不安障害と軽い鬱と軽い躁から始まった不調に対して、クリニック受診やオープンダイアローグ的試みや運動や、なんとか動ける範囲で少しずつ対処してみた過程が書かれています。

 

P108

 一本の草木も生えていない見渡す限りのどす黒く暗い沼地にいて、自分が進むべき方向がわからない。動く度に足が泥にからめとられるような、絶望的に孤独な迷路に迷い込んでしまった気がして、つまり不安しかない。そんなことを漏らすわたしに、T先生は「みんなそうだよ。誰しも不安なんだよ」とも言った。「先生もですか⁉」と食いつくわたしに、「そうやで」と真剣な顔で頷いた。

「でも、普通に生きていけてるんですよね。わたしも前はこんなこと考えずに動けていました。不安なんていちいち考えなかったのに」

「自分ってね、案外コントロールできないものやねん。いまは考えてしまうのも、それは青山さんが決めてやってることじゃないでしょう。考えないようにしていられるのも、自分で決めてできてるわけじゃないねん」

「じゃあ、誰が決めてるんですか?」

「人がなぜそのように行動するのかは、もともとの遺伝子と、その人が育った環境でプログラムされるねん。そのプログラムに従って、私たちは動かされてるって感じかなあ。自分で自分をコントロールできへん。そういうもんやねん」

 遺伝子⁉プログラム⁉なんだか衝撃的ではないか。それってわたしにはどうしようもなくない?

「自分で自分をコントロールすることはできない」という言葉も深く突き刺さり、絶え間なく不安を生み出す思考すらストップさせる強さでわたしの頭に響いてきた。

「自分では自分を決められない」「自分では自分を……」

 目を白黒させながらぶつぶつと復唱するわたしに、先生は「ほんとに眠れてる?」と睡眠について念入りに確認した。

「薬さえ飲めば、すこんと眠れます。脳が休めと言ってくれる気がするんです。脳って案外かしこいなって」

 そう伝えると、先生は少し安心したような顔をわたしに向けた。

 

P157

 四月から、細川貂々さんとはちょこちょこと連絡を取り合っていた。わたしはオープンダイアローグ関連のイベントに参加して、学びを深める。貂々さんは、自身の主宰する「生きるのヘタ会?」をやりながら、改めて場を見直してみる。そんな課題をお互いにもち、たまに会って報告をするような感じで。

 六月、オープンダイアローグ関連イベントがいくつかあり、できる限り参加していると、石田月美さんの名前を連続して見かけた。月美さんはうつや摂食障害、対人恐怖など、いくつもの精神疾患を抱えた当事者で、著書の『ウツ婚‼」は「わたしたちに必要なのは『おもてなし』より『おことわり』」「イキイキと休む」などの名言連打で感銘を受けた一冊でもある。・・・

 彼女とは互いの著書を通じて知り合い、SNSで数年前からつながっていたのだが、その年の年頭に開催された磯野真穂さんの連続オンライン講座に彼女も参加していて、わたしたちは一度だけ、たまたまブレイクアウトルームで同室(同じグループに振り分けられて)になり挨拶したことがあった。・・・オープンダイアローグ関連のイベントで月美さんの名を目にすると、なんだか嬉しくなった。

 あるイベント視聴のあと、「面白かったですね」なんてSNSのDMでちょこっとおしゃべりした。その流れで、ふと「良さそうですね」「できるかわからないけど、やってみます?」「やりましょう~」。

 わたしは早速、貂々さんに連絡し「月美さんと一緒にやるのどうでしょう?」「ウツ婚の著者の方ですね。面白そうです!」となり、月美さんがもう一人のメンバー候補者を検討し、打診することになった。彼女が提案してくれた四人目のメンバーはルポライター鈴木大介さん。顔合わせ的にZoomで集合したのは、八月のお盆の最中だった。

 わたしが若年層のなかでも、とりわけ女性の貧困問題について関心をもったとき、最も熱心に読んだのが鈴木大介さんの著書だ。・・・

 ・・・

 ・・・わたしには大介さんも特別な人だったというわけなのです。月美さんからメンバー候補として彼の名を耳にしたとき、ものすごく驚いて、不思議なご縁を感じた。

 さて、貂々さんも自身の困りごとを描いた著書が多く、わたしからすると他の三人は「超級に困っている人」ばかりだ。

 わたし程度で……といまさらのように不安を募らせたが、顔合わせの初日に自己紹介代わりにあれこれ話した結果、他の三人から「いまいちばん困っている人は青山さんのようなので、青山さんが困りごとを話す人(相談者)として、オープンダイアローグを始めましょう」と満場一致で決まった。

 高次脳機能障害、うつや摂食障害発達障害といった皆さんより、たったいまわたしがいちばん困っているのか。そう認定されただけで、もうほとんどの話を聞いてもらったような強い安心感と心強さと、「困っている人」の自信が改めて湧いた。

 そして安心してめそめそ泣きながら愚痴のような、弱音のようなものを漏らして、みんなにただただ聞いてもらい、わたしの話を聞いたみんなの感想も聞かせてもらった。

 それはいまもってうまく言えない体験だった。なにもないと言えば、なにもない。ただ話をする声と、当たり前だが時間の経過がある。それ以外は、うーん、表現することが難しい。

「オープンダイアローグ」は「対話の手法」だが、複数で集まって話す、聞く。基本はそれだけともいえる。「その人の体験や話を否定しない」「ジャッジしない」「説得やアドバイスをしない」といったシンプルな対話のルールが共有できれば、特別な道具も使わずとも、人が集まればその場は生まれる。

 特徴的なのは、「リフレクティング」という独特のプロセスかもしれない。

 集まりの場で、参加者はフラットなポジションでお互いの顔が見えるように座る。そこでまず相談者が話したいことを話す。その後、不自然ではあるが、相談者と目を合わせないように身体の向きを変えて、「聞く」メンバーだけでそれぞれが感じたことを伝え合うのがリフレクティングだ。相談者からすると、まるで他人の話でも聞くように、目の前で「自分についての話を聞く」ことになる。

 わたしはこれまで、適度に質問を挟んだり、相づちを打ったり、言葉のキャッチボールを弾ませることが「良い会話」だと思い込んでいた。けれど「話す」と「聞く」を分けた、話を遮られることがない場だと、内容は支離滅裂であっても「話し切る」ことができるような感触があった。話に結論は出ないのに、「聞いてもらえた」という実感というのだろうか。

 最初はとりとめのなさに不思議な感触をもつが、体感的にとことん安心が確保された「居場所」となることもわかった。だからめそめそ泣けたのだと思う。

 アドバイスはなくとも、共感や心配の気配は伝わってくる。言葉を選ぶその所作からも。その場で結論が出て、問題が解決する、なんてことが起きなくても、一緒に考えていきましょうという心強い言葉があった。いや、やっぱりそれを越えた気配がなにより大きい。

「じゃあまた二週間後に」と、次回の予定日を決めて画面をオフにしたあと、わたしはそれまで感じたことのないような脱力感に襲われた。ふと迷い込んだジャングルで突如スコールにあい、全身びしょ濡れになり疲れたけれど、見上げると晴れ渡った空が広がっていて、なにかこう身も心も軽くなったような。ちょっとした憑きものでも落ちたような。

 そんな体感とは別に、なぜかわからないけれど、その日、仕事場から自宅に帰る「退勤」の際に、普段のルートとは異なる道が通ってみたくなり、遠回りなんだけれど、「したくなった」自分の選択を尊重する、みたいなことをしたのを覚えている。

 そればかりで申し訳ないが、本当になぜかわからないけれど、わたしはその日から小さな選択が少しずつ変わっていったのである。