こういうことについてのわかりやすい本、貴重だなと思いました。
P5
この本は、私と架空の「おばちゃん」との対話形式の本だ。「こんなこと聞いちゃいけなさそう」「知らなきゃ恥ずかしい」という、社会課題にまつわるタブーは一切抜きの取材をもとにしている。「社会課題」どうしのつながりや、タブーが解き明かされていく取材者の「なるほど!」というアハ体験をできるだけ再現した。
メディアやSNSでの議論は「正しいか正しくないか」にこだわることが多い。だけど現実の課題は、そのあいだのどこかにある。
「社会課題」は人間らしさにあふれている。
人間がいるんだ、味わい深いな、もうちょっとよくするにはどうすればいいかな。責任感じゃなく、ちょっとしたおせっかいの気持ちで。断罪するのではなく、抱きしめるような好奇心で。そんな心持ちで向き合ってもらえたら嬉しい。
社会の見方が少し変わるきっかけになれば幸いだ。
P115
おば ホームレスの実態はわかってきたんだけど、それでもやっぱり自分はホームレスになると思えないし、心理的な距離は縮まらないんだよなあ。
安部 家族をはじめ「資産」がある人は簡単にホームレスになることはないよ。イメージがわくように、じゃあ……戦争の例で話しましょっか。
おば 戦争?物騒だな。
安部 たとえなんで。考えてみてよ。戦地の最前線で戦う兵士と、戦地から離れた後方支援部隊にいる兵士とでは、明らかに戦死する確率は違うじゃない?
おば そりゃあそうでしょうよ。銃弾が飛び交っている場所と、そうじゃない場所では命の危険度が違いすぎるわよ。
安部 後方支援部隊でかつ、物資の補給・輸送・管理システムである兵站にも恵まれていて支援もしっかり受けている兵士が、最前線で命からがら戦っている兵士に「努力が足りない」って言うのは違うでしょ?
おば それはずいぶんお門違いな発言ね。
安部 ホームレスは、いわばこの最前線の兵士なんですよ。確率論だからもちろん運が味方してがんばれる人もいるっちゃいる。でも生まれたときからいきなり最前線の厳しい環境に置かれちゃったようなもの。
おば たしかにさっき聞いたような家庭環境は、戦地で言えば命の危険性が一番高い最前線よね。
安部 ホームレスって、なまけている人ではなく、厳しい状況に置かれた人なんだよね。
おば なるほどねえ。
・・・
安部 ・・・今は経済が停滞してる。経済的にも心理的にも、自分が手にしたものを失うのはいやだし、自分に余裕がないのに人に奉仕することなんてできないじゃない?
おば みんな自分のことでいっぱいいっぱい。
安部 自分ががんばったから今の豊かさを手にしていると思っているから、ホームレスとか「働いていない=がんばっていない」ように映る人たちへの視線は厳しくなるよね。
・・・
国全体に、総じて余裕がないんだよね。個人も余裕がないから、休むのが怖くて、休んでいる人を見るとイラっとする。そんな感じしない?
・・・
やっぱり自分が働いている日中にぐうたらしてると「なんで働かないの?」って嫌悪感がわくわけでしょ?がんばれない理由や休む必要があるんだけど、背景までなかなか焦点は当てられないよね。スナップショットでその瞬間だけを切り取っちゃうから。・・・
P141
安部 家制度自体は戦後、日本国憲法ができた時点で廃止されてるし、長男だけに相続されることもなくなった。憲法では「両性の本質的な平等」が掲げられて、夫でも妻でもどっちの姓にしてもよくなったんだ。夫婦同姓が原則だけど。
おば でも実際、平等って言ったって、ほとんど女性が姓を変えてるよね?
安部 95%の割合で妻が夫の姓にしているというデータがある。つまり、戸籍制度はそのままだし、家制度の名残があるってことだね。
おば 家制度は廃止されても、戸籍制度によって「結婚して家に入る」的な風潮が残ったままってことなの?普段戸籍なんて意識することないけどねえ。
安部 実際、今の政府には理論上「戸籍」は必要ないんですよ。世界的に戸籍があるのは日本と台湾くらいだし。
おば そうなの?戸籍って当たり前にあるものだと思ってた。
安部 今の時代、戸籍がなくても困らないんすよ、政府も国民も。戸籍ってもともと農作物の収穫量の把握や納税者の効率的な管理のためのシステムだからさ。
おば 国に管理されるって思うとなんかいやな感じがするけど、私たちだって実際、納税もしてるし、児童手当をもらうとかしてるわけだもんね。でもそう考えると管理は必要じゃん?
安部 今はマイナンバーカードで、「家」をはさまず、国が直接個人の管理をしやすいシステムができてるからね。戸籍が役割を担っている家族データの管理も、理論的にはやろうと思えばできるから、家系図だってなくならない。それに、産業全体で農業の割合も下がったし、機械化が進んで肉体労働が減った。みんなで田畑を耕さなくていいし、しょっちゅう戦争に行かなくていい。
おば きょうだいで田んぼを分け合うわけでもないしねえ。
安部 そうそう。お金で個人資産を管理するようになったから、きょうだい間でも資産を分けやすくなった。財閥も解体して、経済的にもかなり流動性が上がってきてるわけで……。
おば 結婚も家同士でお見合いとかじゃなくて、基本的に自由恋愛だもんね。一人一人が自由にやりたいもんだよ。
安部 昔は家に束縛されて、職業選択の自由も、パートナーシップ選択の自由もなかったんでね。つまり人権はなかった。戦後徐々に人権という概念が一般化して、個人の自由が尊重されるようになったんです。
P242
おば なんかさ、ここまであんたと話をしてきて、ホームレスとか外国人労働者とか、自分とは違う立場にいる人たちのことをあんまり考えてこなかったなあって思うのよ。実際、知らないことばっかりだったし。そもそも知ろうともしてなかったっていうか。
安部 つまり無関心だった。まあ。仕方ないよ。
おば うん。そもそも、どうして私たちはこんなにも社会課題に関心がないんだろうね?
安部 課題を感じてないってことは、生きづらさを感じてないってことだから、ある意味幸せなのかもしれない。そういう意味では、社会課題に関心がないのは、自分が社会課題の当事者になっていないっていうのは大きいでしょうね。
おば 困りごとを抱えてないってこと?
安部 そう。寄付文化のあるイギリスをはじめとして、恵まれたお金持ちよりも、お金はないけど何かしらの困りごとがある当事者のほうが寄付をする確率が高いっていうデータがあるんだよね。実際に日本でも、経済成長期の恵まれた時代を生きてきた上の世代よりも、生まれたときから不景気の若い世代のほうが、社会的な意識が高いじゃない?社会の中で自分が何かしらの生きづらさを感じる当事者は、ほかの課題にも関心を持ちやすいって側面はあると思う。
・・・
・・・日本はけっこう学歴社会で、就職先や結婚相手など、そこにひもづいてその後の環境が決まっていくケースが多い。そしてその人がいる環境によって、格差が生じてしまうことはあると思うんだよね。おばちゃんの周りにホームレスはいないでしょう?
おば さすがにいないねえ。
安部 そうやって社会が階層化して、自分とは「違う」人たちとの距離が生じると、無関心は生まれやすいよね。
おば 階層化?階級社会になっているってこと?
安部 日本はゆるやかに階級社会に向かっていると思うね。高学歴な人は高学歴な人と、高卒の人は高卒の人と、外国人労働者は外国人労働者とって、学歴や収入、生活水準が同じ人たちとしかなかなか交わることはない。
・・・
もともと日本は戦前、階級社会だったけど、戦争をきっかけにある程度財閥も解体されて、農地改革も進んで、階級はかなりの部分でリセットされた。仮にスタート地点が悪くても一発逆転ができたし、高度成長期を経て、〝一億総中流社会〟と言われたわけだよね。
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農家の子として生まれて学歴のない田中角榮が総理大臣になっていた時代があったわけだから。でも今の日本は政治家も生まれたときからお金持ちの世襲ばかり。
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当たり前に大学に進学してきた人たちは、家庭がなくて進学ができない人たちと交わることもなければ、その状況を想像すらできないじゃない。そういう社会階層に「無関心」の構造があるとおれは思うんだよね。
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・・・
おば 当事者が周りにいないことと、触れる情報によって、私たちの関心が社会課題に集まりにくくなっている構造があるわけね。
安部 一方でそうやって「社会課題なんて自分には関係ない」と思っている人たちが「あれ、そうでもないんじゃないか?」と思えることも大事。つまり「無関心の打破」ができれば、〝やさしい関心のネットワーク〟が広がる社会になると思ってるんだよね。
