昨日に続いて、岸政彦さんの著書です。
ほんとうにいろんな人がいて、いろんな人生があるなぁ・・・と思ったり、我が身を振り返ってみたりしつつ、読みました。
P14
ある聞き取り調査で、古い団地に行ったことがある。その団地に住む、七十歳代の男性に話を聞いた。もともとはミュージシャンで、戦後の関西のキャバレーをドサ回りしていた。・・・
男性は、ミュージシャンの仕事に区切りを付けたあと、夜の世界でできたつながりを辿って、さまざまな商売に乗り出す。そして、ある日とつぜん失踪する。
数年後に妻のもとに帰ってきた彼は、とつぜん金持ちになっていたという。「東京で不動産屋をしていた」というが、さだかではない。そのあと新興宗教の教祖になり、さらにまたいろいろあって、けっきょくは全財産を失い、現在は妻とふたりで、関西の片隅の小さな古い団地で、静かに暮らしている。
インタビューの終わりのほうで、男性がとつぜん立ち上がり、奥のふすまを勢いよく開けた。そこにはニ十着ほどの、見事なミンクの毛皮のロングコートがずらりと並んでいた。そして、同行していた私の連れ合いに、こう言った。
「ねえちゃん、一着やるから、好きなもん持ってって」
もちろん丁重にお断りした。
それにしても、これが人生だな、と思う。もちろん、それは差別や貧困とたたかうなかで、必死に選び取られた人生で、他人が生半可にいいとか悪いとか言うことは許されないことだが、それにしても彼の生活史の語りは、いつまでも印象に残っている。結局どの論文にも報告書にも使えなかったけれども。
P24
もう何年も前だが、ある元風俗嬢に聞き取りをしたときに、彼女の友人と三人で待ち合わせをして、カラオケボックスあたりでインタビューしようと思っていたら、「先生、ラブホで(取材を)やらへん?」ということになって、三人でミナミのラブホテルに入ったことがある。彼女は結婚して風俗業を引退し、そのときは妊娠していて、もう臨月に近く、遠くから見てもお腹が目立っていた。
ラブホの無人の受付を通って三人で部屋に入ろうとしたら、とつぜんスタッフが飛んできて、いろいろ聞いてくる。ひとりは臨月だし、防犯カメラで見てもよっぽど目立ったのだろう。
彼女の夫は彼女が前にいた風俗店のオーナーで、現役のヤクザだった。インタビュー中に、場所が場所だけに、どうか今ここで産気付きませんようにと、そればかり祈っていた。こんなところに一緒にいたことがバレたら殺される。
こういうちょっとした、無意味なエピソードは、他にもいくらでもある。論文にも報告書にも本にも入らないのだが、それでも妙に記憶に残るものだ。インタビューの内容のほうも、表にできない話も含めてたいへんに面白く、つくづく普通に生きてるだけでも人というものはいろんなことを体験するもんだな、と思った。
P59
ある小さなマンションに暮らす家族のことで、そこの自治会の方から個人的に話を聞いたことがある。
若い夫は現役のヤクザで、家族にひどい暴力をふるっていた。妻は出会い系サイトなどを使って個人的に買春をしていて、二人のまだ小さな息子を隣室に追いやって、自宅で客を取ったりしていた。
息子たちは妻の連れ子で、再婚相手である男性から壮絶な虐待を受けていた。詳細は省くが、子どもたちへの暴力がきっかけで男性は逮捕され、刑務所に行った。そして、妻は子どもたちを置いてどこかへ消えた。残された子どもたちは施設へ預けられた。
一家がバラバラになっていくちょうどそのころ、マンションのその部屋の、すぐ下に住む別の住民から自治会に苦情が寄せられた。
どうもその家族が暮らしていた部屋は、ゴミ屋敷になっていたらしい。大量の害虫が発生し、階下の部屋の天井には真っ黒なシミが浮き出し、強烈な悪臭があたりに漂った。
私はその自治会の方から、ここまでの話を聞いていた。
何カ月か経ってから、ひさしぶりにその自治会の方に会ったとき、その家族が暮らしていた部屋の、その後の話を聞いた。
父親が収監され、母親が蒸発し、子どもたちが施設に預けられ、無人となったその部屋だが、その後も悪臭や害虫の苦情が何度もくり返され、マンションの管理会社の立ち会いのもとで、自治会の方が合鍵でその部屋の扉を開いた。
そこで見たのは、家具も何もない、からっぽの、きれいな部屋だったという。
単に、階下の住民が何かを勘違いしただけなのだろう。真相も何もはっきりしない。特にドラマチックなこともない、ただこれだけの話だが、それにしても、自分では見てない、話に聞いただけの「からっぽの部屋」のイメージが、妙にいつまでも印象に残っている。
・・・
・・・最後の話を聞いたときの、急においてけぼりにされたような感覚は、いつまでも消えない。
たったこれだけの物語に、あまり過剰に「無意味」という意味を読み込んではいけないのだろうが、この話の全体が、ピントが合わず、いくらがんばってもはっきりした像を結ばない。
私たちの自己や世界は、物語を語るだけでなく、物語によってつくられる。そうした物語はとつぜん中断され、引き裂かれることがある。また、物語は、ときにそれ自体が破綻し、他の物語と葛藤し、矛盾をひきおこす。
物語は、「絶対に外せない眼鏡」のようなもので、私たちはそうした物語から自由になり、自己や世界とそのままの姿で向き合うことはできない。しかし、それらが中断され、引き裂かれ、矛盾をきたすときに、物語の外側にある「なにか」が、かすかにこちらを覗き込んでいるのかもしれない。
P98
なにかに傷ついたとき、なにかに傷つけられたとき、人はまず、黙り込む。ぐっと我慢して、耐える。あるいは、反射的に怒る。怒鳴ったり、言い返したり、睨んだりする。時には手が出てしまうこともある。
しかし、笑うこともできる。
辛いときの反射的な笑いも、当事者によってネタにされた自虐的な笑いも、どちらも私は、人間の自由というもの、そのものだと思う。・・・
少なくとも私たちには、もっとも辛いそのときに、笑う自由がある。もっとも辛い状況のまっただ中でさえ、そこに縛られない自由がある。・・・
・・・
私は、ひどい話を聞いたときに笑う癖がどうしても抜けない。さいきん、貧しい地域などでさまざまな支援活動をしているひとたちから、「岸さんの好きそうな話があるんですけど」とよく言われる。聞くと、貧困と暴力の、ひどい話だったりする。「いや、別にそういうのが好きなわけじゃないんですが……」。自分でも気付かないうちに、そういう話を聞きながらよく笑っているので、誤解されているようだ。
それがどういう笑いかを説明するのは難しい。もちろん、ひどい話を聞いて、それを嘲って笑っているのではない。だが、そういうときに反射的に、短く鋭い、乾いた笑い声をたててしまう。
私は、他人が苦しんでいる話を聞いたとき、それがひどい話であるほど、安易に泣いたり怒ったりしたくない。だから、ひどい話を聞いて揺さぶられた感情が、出口を探して、笑いになって出てくるのかもしれない。
末井昭さんの『自殺』という本がある。末井さんの母親は、若いときに愛人とダイナマイトで心中している。母親が木っ端みじんになっているのである。この体験をしばらく誰にも話せなかったが、あるとき、篠原勝之さんに思い切って話したときに、彼が笑いながら聞いたという。そして、そのことで、その話を他人に話すことが、かなり楽になったという。
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私の勝手な想像だが、篠原勝之さんはその話を聞いて、馬鹿にしたのでも、表面的に面白がったのでもなかったのだと思う。ただもう、その話を聞いて、笑うしかなかったのだ。
P111
ある人が良いと思っていることが、また別のある人びとにとっては暴力として働いてしまうのはなぜかというと、それが語られるとき、徹底的に個人的な、「<私は>これが良いと思う」という語り方ではなく、「それは良いものだ。なぜなら、それは<一般的に>良いとされているからだ」という語り方になっているからだ。
完全に個人的な、私だけの「良いもの」は、誰を傷つけることもない。そこにはもとから私以外の存在が一切含まれていないので、誰を排除することもない。しかし、「一般的に良いとされているもの」は、そこに含まれる人びとと、そこに含まれない人びとの区別を、自動的につくり出してしまう。
P142
私のなかに時間が流れる、ということは、私が何かの感覚を感じ続ける、ということである。たとえば、私のなかに十年という時間がすぎる、ということは、私が十年間ずっと、何かの感覚を感じ続ける、ということである。もちろんそれは、苦痛ばかりとは限らない。生きるということは、何かの感覚を感じ続けることである。
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生活史のインタビューでいつも感銘を受けるのは、目の前にいるほかでもない「このひと」のなかを、自分のものとは違う長い時間が流れてきた、という事実である。・・・
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・・・そうした、「ほかならぬこの『私』にだけ時間が流れること」という「構造」を、私たちは一切の感動も感情も抜きで、お互いに共有することができる。私たちはこのようにして、私たちのなかでそれぞれが孤独であること、そしてそこにそれぞれの時間が流れていること、そしてその時間こそが私たちなのであるということを、静かに分かち合うことができる。
P207
本人の意思を尊重する、というかたちでの搾取がある。そしてまた、本人を心配する、というかたちでの、おしつけがましい介入がある。
・・・私たちからみて詐欺としか思えないような似非医学にはまっているひとでも、それはそのひとにとって「ほんとうに」必要なことかもしれない。私たちの勝手な視点からみて、とてもひどい状況にあると思うようなひとでも、それはそのひとにとって、「ほんとうの」居場所であるのかもしれない。
こういうときに、断片的で、主観的な正しさを振り回すことは、暴力だ。
だが、私たちが心配しなければならないのは、神になったときどうふるまうか、ということだろうか。私たちは絶対に神になれないのだとしたら、神のような暴力をふるうこともまたできないのではないだろうか。
もちろん私たちは、神ではない人間として、ひどい暴力をふるうことができる。
あるいは、祈ることもできる。
P212
ただ、はやり、わからない。ほとんどの暴力が「善意」のもとでふるまわれるからだ。単に、結果的に良かったものを良かったと、そして結果的に悪かったものを悪かったと、事後的に分けているだけなのかもしれない。
「自分自身」というものがトータルに間違っている可能性すらある。
ゾンビ映画でよくこんなシーンがある。自分もゾンビに噛まれてしまったひとが、まだ正気が残っているうちに仲間に頼む。俺がゾンビになったら撃ち殺してくれ、と。
私たちはみな、ゾンビになったら殺してくれと頼むが、それと同じことをゾンビになった後で言うことはできない。
・・・
・・・いつも思うのは、むこうからしたら私たちも同じように見えているのだろう、ということだ。そしてさらに、「ほんとうにそうかもしれない可能性」についても考える。・・・
