にがにが日記

にがにが日記

 社会学者の岸政彦さんの日記、お忙し過ぎませんか・・・と勝手に心配になってしまいましたが、文章がなにか可笑しくて、面白く読みました。

 

P67

五月三十一日(木)

 何してたっけな。別にもう、毎日書いてるわけじゃないし、日記でなくてもいいんだな。にがにが日記っていう名前だけど。何をやってもいいのだ。

 数年まえ、新潮社のtbtさんに前ぶれもなくいきなり小説書いてくださいと言われて頭を抱え、小説ってどうやって書いたらいいんですかと聞いたら、なんでも自由に書けばいいんですと言われて、ますます頭を抱えた。

 ある日、おさい先生からギターを教えてくれと言われ、まず左手のポジションを丁寧に教えたあと、右手はリズムに合わせて適当にやるねんって言ったら、めっちゃ怒られたことがある。その「リズムに合わせて適当に」がわからへんから聞いてんねん!こっちもむかついて、だって俺だってリズムに合わせて適当にやってるだけやもん!どうやってやってるか自分でもわからんもん!人に教えらへんよそんなこと!ってなって、なぜか泣いて喧嘩になった。

 自由は難しい。

 

P72

七月十五日(日)

 なんということでしょう。一ヶ月以上も間が空いてしまった。まあ別に仕方ない。4月に出るはずだった『マンゴーと手榴弾』、なかなか書く時間が確保できなくて、今月末に原稿仕上げて、9月末に出るとか、そういうスケジュールになりそう。

 で、なぜ書けないかというと、書きすぎてしまうからだ。前の日記でも書いたけど、普通に序文を書いていたら独立した2万字の論文になってしまったりしてて、そしてそれももう完成させてる時間も気力もないので、そのうちどこかから出るはずの次の方法論の本か、あるいは行為論の本に入れるとして、じゃあこれはもうええわ、普通に普通の序文書こう、と思って1万2000字書いてる。しかもまだ予定の半分ぐらい。さすがに長いやろと思ってばっさり削除してもっかい書き直して、気がついたら1万4000字になってて、前より長くなっとるやん。

 

P94

三月二十六日(火)

 それで、その沖縄調査があまりにもしんどいので、いつも行く久茂地のマッサージ屋さんに行ったのである。店長のおっちゃんがとても上手で、いつも途中で寝てしまう。

 そういうマッサージ屋さんはだいたい、ちょっと薄暗くて、なんか「オルゴールで奏でるサザンとユーミンジブリの名曲」みたいなBGMが流れている。癒しの空間である。

 ところが、ベッドに横たわってまず始めに背中をぐいぐいと押され、「あふぅ」ってなってるところに、BGMで誰だかわかんないけどめった「翼をひろげて時間を止めて」系のJ-popが流れてきた。

 これは辛い。うるさい。イライラしてリラックスできない。

 ずっと我慢してたけど、なんかイライラしすぎて笑ってしまった。

「どうかしましたか」と聞かれて、つい「いや、BGM変えてくれへんかな……。ほんと申し訳ないですが、なんか学生と夜中のカラオケボックス来てるみたいで、聞いてるだけで疲れてきます」って笑いながら言ったら、店長さんも笑いながら、あ、すいませんでした、って言って、CDを変えてくれた。

 インストのJ-popが流れてきた。あの、カラオケボックスで曲が入力されてないときのインターバルのときに流れる感じ。何かの曲のカバーなんだけど、ベースもドラムも打ち込みで、主旋律がシンセとかで奏でられているやつ。

 ますますカラオケボックスみたいになってきた。

 また笑ってしまって、それでもう、本当に申し訳ないけど、ちょっと笑っちゃってマッサージされててもぜんぜん疲れが取れないから、ほんとにすみませんけど、これ何とかならんかなあ、ってお願いしたら、店長さんもすごいいい人で、また笑いながら、3枚めのCDにしてくれた。

 それも「島唄」とかそれ系のやつである。しかも主旋律はシンセ。あとバックに波の音。

 声出して爆笑したら、店長も爆笑してて、店長自ら「これ沖縄料理の居酒屋にいるみたいですね」って言った。

 

P97

三月二十七日(水)

 沖縄に出張しているときによくいく美容院が那覇にあって、こないだもそこで切ってもらってたんだけど・・・だいたい切り終わったあとにケープを外しながら、「じゃあいったん流しますねー」と言われた。

 ああ、そうだ。

 それは、人生において、大事なことだなあ。

 いったん流すのは。

 おれもいったん流そう。いろいろ、スッと流せないことも多いけど、それでもやっぱり、そういうのもわかった上で、いったん流そう。

 いったん流そうよ。

 

P112

四月二十八日(日)

 GW初日、須磨を散歩した。ふと気がつくとGWは毎年須磨に行ってる。自分のなかで、電車で行けるもっとも幸せな場所、ということになっているらしい。

 ほんと好き。山があって、すぐに街があって、すぐに海がある。こんなに良いところはない。

 ・・・

 京都も嫌いじゃないけど、仕事で通勤してると、休みの日にわざわざ京都に行くということがなくなる。

 神戸には100%遊びでしか行かないので、そりゃ楽しいのも当たり前である。

 しかしやっぱり神戸が好きだ。須磨も好きだし、長田のあたりも好きだし、元町らへんも好きだ。山手のほうも好きだし。好きじゃないところがない。

 神戸で生まれて育ちたかった。神戸で人生を過ごしたかったと思う。

 そしたらやっぱり、東京とかに出て行っちゃってただろうか。それで、神戸に生まれて、東京に住んだら、それはそれで大阪とかの「他の街」に憧れたりするんだろうか。

 そして「大阪好きだ。大阪で暮らしてみたかった」とかいって、大阪で家を買って大阪で生きていく人生のことを想像しただろうか。

 いまの大阪での人生は、他の街で人生を送っていた別の俺が空想してるものなのかもしれないと、いつも思う。

 

P126

九月七日(土)

 事務仕事が相当やばいことになってるのだが、まったく手をつけてない。本当にほんとうにやばい。こんなやばい状態になってもこんなに何もしないなんて、俺はほんとうはメンタル異常に強いのではないかと思う。

 ひとりチキンレースである。

 みんな応援してください。

 ええと、おとといは東京。神楽坂のラカグで又吉直樹さんと対談イベントだった。・・・

 ・・・

 いろんな方にお会いして思うのは、やっぱりみんな強烈に暗くて、強烈に明るい、ということだ。すでにどこかで書いたけど、表現するひとは、まず猛烈に暗い。暗いところがないとそもそも表現というものができない。そしてめちゃめちゃ明るい。暗いだけだと、社会のなかで表現していけないからだ。・・・

 ・・・

 ・・・まあ、これもN=いくつだよっていうぐらい俺の乏しい経験からの一般化だけど、よい表現をしてるひとって、基本的に「根が良い」と思う。

 まあ、そんなことないか……。邪悪なやつもおるかな。

 めっちゃ邪悪なやつおったらどうしよう。

 どうしよう……

 

P202

二〇二一年

一月十二日(火)

 間が空いてもええやないか。

 しかしほんと誰とも会ってないし、街にも出てないから、おさい先生としか喋ってない感じする。

 あとは対面授業と対面会議で。

 ・・・

 こないだ1コマだけやってる学部の授業で、喋りながらなんとなく腰に手をあてたら、ベルトがぐるっと一ヶ所ねじれてた。

 なんかベルトがメビウスの輪みたいになってる……。無限に太ったらどうしよう……

 って言ったけどまったく受けなかった。

 こないだも、

 ああ僕ももう53歳ですよ。キミらからしたらもうほぼ死体やろ。

 って言ったけどほんとうに受けなかった。

 って友だちにぼやいたら「さいきんの学生さんはみんな上品やから、そういうギャグでは笑わない」とご指摘いただいた。

 人生なにごとも勉強である。

 ちゃんと真面目に授業もやってます。

 夜中にとつぜん、オウムの声で「オウム返し!オウム返し!」って叫んだらおさい先生がゲラゲラ笑ろてた。

 あと猫なで声で「猫なで声ぇ~~ん」って言ったり、犬の遠吠えの声で「負け犬ぅううううう。負け犬ぅううううう」って言ったりとかしてた。

 そういう毎日。

 これって赤いフォントで「赤」って書いたり、緑色のフォントで「緑」って書いたりするようなもんかな。