興味深く、楽しく読めました。
P44
人生の苦しみの、根本的な原因、知りたくない?
苦しみの原因、それは、
「自分」
なのだ(!)
すべてが変わっていくこの世界で、変わらない「自分」をつくろうとする。
そんなことしたら、苦しいにきまってるやん。
ひとつたとえ話。小学生の頃、家の近くに、小さな川があり、よく遊んでた。
あるとき、世にもおそろしい悪事をひらめいた。
川には大きな石がゴロゴロしている。
この石をつかえば、
「川、とめられるんじゃね?」
とおもった。すぐに犯行を開始した。
日が沈むまで、ひとりで大量の石を移動させ、堤防が完成した。
「明日には川はとまり、犯罪者としてニュースになるだろう」と覚悟して、眠れない夜をすごした。
翌日、川をみにいったところ、石の堤防はぶざまに決壊していた。
川はギュルンギュルン流れている。
「自然、やべぇ~」と思い知った経験だった。
たぶん「自分」とはこの石の堤防みたいなものだ。変化する川を、とめようとすると、めっちゃ苦しい。
すべてが変わっていくこの世界で、変わらない「自分」をつくろうとする。そんなことしたら、苦しいにきまってる。
P134
次の章に入る前に、ここで、ぼくにとって、「空」がどんな意味をもったかを書いてみる。
結論からいうと、「空」の哲学で救われた人生だった。
大学時代、ぼくは完全に調子にのっていた。典型的な「意識が高い学生」だった。
意識「だけ」高い学生である。息をするように「起業」「グローバル」のような言葉をはいていた。
いまおもえば、中身はからっぽ。でも、夢はいっぱい。そんな学生だった。
学生時代は、中身はもとめられない。「すごいヤツ」風にみせることで、友達もたくさんできた。学生生活は充実していた。
そんなぼくには、ひとつだけ、凄まじい才能があった。
「面接」が最強に得意だったのだ。
天は、大谷翔平に「野球」の才能を、ぼくには「面接」の才能をあたえた。
面接官がもとめる人物像が、手にとるようにわかる。
①自分のできること
②やりたいこと
③御社に貢献できること
ぼくは、いつでも、瞬時に、この3つでストーリーをつくりあげることができた。
しかも、そのストーリーを本当だと信じこんで話すことができた。
正直、面接でなんど「ゾーン」に入ったかわからない。
面接官の動きは完全に止まってみえた。
その結果、社の面接史に名をのこすレベルで爆発的な高評価をえて、当時ブイブイいわしてた、IT企業に入社した。
入社前から、なぜかひとりアメリカに派遣されたし、最初の配属も社長直下だったし、謎の立場だった。
ところが、である。入社後、問題がおきる。
ぼくは、シンプルに、
ぜんぜん仕事ができなかった。
締切恐怖症で、ほぼすべてのタスクがおくれた。
連絡恐怖症で、メール1通かえすのに1週間くらいかかってた。
こんなに仕事ができないと全然おもってなかった。
自分のことながら、本当に驚いた。
理由もシンプルだった。
勉強と違って、仕事は「チーム」でやるものだ。そして、ぼくは、「チーム」でうまくやれた試しがない。
・・・
会社での期待値と実力の差が、ほぼ詐欺師レベルではなれていた。
「あいつ、じつは仕事できなくない?」とバレはじめたので、「まずい!」と思い、死期をさとった猫のように、ひっそりと退社した。
異常な高評価で入社したわりに、消えるようにやめたので、人事的に、ぼくの存在は黒歴史になったかもしれない(ほんとすいませんでした)。
・・・
・・・状況的には詰んでいる。「チームで仕事ができない」のは致命的な欠点である。ほかの会社に転職しても、うまくいくはずがない。
そこで、社会的な「死」をふせぐ一手をみいだした。
「資本主義に対する抵抗」
というストーリーをぶちあげて、東京での生活をすてて、鹿児島にある島に移住することにした。自分の「からっぽ」さを隠すための、壮大すぎるストーリー。
・・・
―「島の子どもたちに最高の教育を」
という美しいヴィジョンをかかげた、転職の投稿には、人生史上最高に「いいね」がついた。
よかった…。社会的「死」は、いったんさけられた。
これで、みんなのなかにも「自分」は存在しつづけられる。
しかし、結論からいうと、この移住も、全くうまくいかなかった。
東京だろうが、島だろうが、仕事は「チーム」でやるものだ。
しかも、島のほうが、登場人物が多様で、圧倒的に難しかった。
・・・
「からっぽ」すぎる自分をみとめることができず、ふとんの中でひきこもる生活がつづいて、2年で仕事をやめた。(島でかかわってくださったみなさん、ほんとすいませんでした)
やめて、どうする。
・・・
またしても、社会的「死」の危機だ。
・・・
チームで仕事できない。なら、ひとりでできる仕事じゃないと。
そして、ある考えがうかんできた。
「もう芸人になるしかない」
・・・
「優勝します!」とぶちあげて、「R-1ぐらんぷり」という日本最大のピン芸人の大会のために、ネタをつくる日々がはじまった。
しかし、何度か、地下ライブにでているうちに、痛感した。
「自分、全然おもんないんやな…」
心がおれてしまった。
またしても、ふとんに引きこもってしまった。(応援してくれたひと、すいません…)
そのまま本番をむかえたが、ひと笑いも起こらず、1回戦で敗退した。
・・・
当時、じつは芸人になることさえ応援してくれる、異様に理解のある妻がいた。
本番も、地下にある会場にかけつけてくれた。
そんな妻が、ネタの間、ずっと腕をくんで「へ」の字の口をしていた。
終わった後、「ここまで面白くない人だとおもわなかった」と吐き捨てられ、その後ほどなく離婚した。
芸人は引退することにして、無職になった。
実家にもどって、ふとんにひきこもった。
なにをやってもダメだった。もうおわりである。
「からっぽ」をかくすためのストーリーのバブルは、ぜんぶはじけてしまった。
・・・
そんなときに目に入ったのが、東洋哲学だった。
実家の本棚に、学生の時にかっていた「空」にかんする本があった。
「夢いっぱい」だった学生時代は、わからなかった東洋哲学の言葉。
「からっぽ」になったいま、心にブッ刺さるようになっていた。
「空」の哲学。
「自分」とは、そもそも「からっぽ」だ。
そして、「からっぽ」だからこそが最高なのだ。
まさに、ぼくのための哲学だった。
これまで、ぼくは「からっぽ」であることを隠すためにがんばってきた。
「からっぽ」は最高なのに、「からっぽ」をかくすことに苦しんできた。アホだった…。
じっさい「からっぽ」になってみえる世界は、マジでめちゃくちゃキラキラしている。
「からっぽ」だからこそ、自然が「自分」にはいりこんでくる。
「海は自分だ」ってかんじが、ふつうにする。
・・・
人間関係が崩壊したことで、すべてとつながっている場所にもどってきたのだ。
・・・
とくに、社会復帰したわけではない。ふとんのなかにはいったままだ。
でも、ふとんにはいったまま、「それでもいい」とおもえるようになった。
ふとんでも、よかったんかい!
「空」の哲学、おそるべし!サンキュー龍樹。
