マンガみたいに読みやすく、楽しかったです。
P17
ふたりで過ごしてきた家に新たな命を迎え入れる準備が続くなかで、夫が突然、ミシンを買ってきた。このときの妻は、いったいどんな気持ちだったのだろうか。
「わが子のために裁縫男子に目覚めたよき夫」という、とても円満な想像もあるかと思う。しかし僕は、ミシンを買ってからの10日間で手持ちのTシャツを30着以上サイズアップするという、わがままなミシンに興じていた。
「相方のコロナ療養中に何ができるかな?」のアンサーとして、ミシンに没頭しただけだったのだ。
・・・
ミシンを始めて数週間後、玄関先に置き配の荷物が届いた。それは、リメイク用に注文した大量の剣道着だった。
こっそり回収するつもりが、先に気づいた妻が「これはなぁに?」と聞いてきた。なんて説明しようかと言葉を探しているうちに、妻が中身を確認。10キロの米袋ほどの荷物の詳細を知った妻はそのまま何も言わず、少し微笑んでから奥の部屋へと戻っていった。
……あ、これはちょっとまずいかも……。
妻の顔に「どういうおつもりですか?」と書いてあった気がして、というか、言葉にしないメッセージのほうが刺さることってあるんですね、以後コントで生かします、なんて思いながらきっちりと反省し、その日から、自分とミシンの距離感について考えるようになった。
振り返ってみると、ミシンをきっかけに、家に帰れば布ばっかりさわっていたように思う。妻の妊娠中にどうして布ばっかりさわる必要があるのか。これは夫としてあまりにもどうかしている。
我に返った僕は、おなかが大きくなってきた妻のワンピースを作ろうと思い立った。
・・・
「型紙から作る」なんてスキルはないため、古着のワンピースを買ってきて、そこに生地を足す方法で制作。なるべく肩から胸あたりまではもとのサイズを生かしつつ、おなかから下は広がりが出るように、古着を挟み込んで縫いつないでいく。デザイン的にちょうどいいイラストがあったので、それがおなかにくるようツギハギのバランスも考えてみた。
……お?……え、思ったよりもいいじゃない?ツギハギだけどまぁ、そういうデザインだと考えれば、ねぇ。
完成したワンピースをドキドキしながら妻にわたすと「ありがとう!」と言って、すぐに着てくれた。サイズもちょうどよさそう。そしてなにより、妻が喜んでくれている。
初めて人のために作って喜んでもらえたその感覚は、初めて人前でコントをやって笑ってもらえたあのときの感覚に少し似ていた……なんてカッコいいことを思う余裕はなく、単純にうわー、よかったーー!と思った。
・・・
それ以来、わが子が誕生してからは、日に日に大きくなっていく娘のために洋服をサイズアップしたり、妻の着なくなった洋服でワンピースを作ったりと、なるべく家庭に寄り添うミシン生活を心がけている。
P84
学生時代のオシャレといえば、制服でできる範囲内に限られる。
・・・
一時期、女子の間で流行った制服の着崩し方があった。
ハイソックスがほとんどだったなかで、オシャレで有名だった先輩がある日突然、くるぶし丈の短いソックスをはいてきた。ショートソックスにサッカー系のスニーカーを合わせたその先輩は、一夜にして靴下革命を起こした。以降、後輩女子たちは続々と、くるぶしソックスをはき始めた。
・・・しばらくすると、彼女はまた別の革命を起こすのだった。
靴下の次は……ジャージだった。校内では基本的に、制服以外で羽織ったり着込んだりしていいのはジャージに限定されていた。たまにパーカーを着ていたりすると、先生がこれみよがしに注意してくるのが〝あるある〟な環境下で、靴下インフルエンサーもちゃんとジャージを着ていた。しかしある日突然、そのジャージが「他校」のモノに変わったのである。
おいおい、マジでか。そんなんアリなの?
「他校のジャージを羽織ることがオシャレになるっぽいぞ……!」この革命は男女問わずに突き刺さり、生徒たちはみんな、他校のジャージを着始めた。
先生に注意されても「お兄ちゃんのお下がりで……」「部室にあった忘れもので……」と適当にごまかし、校内はいろんなジャージが入り乱れる多国籍高校状態になった。
もはや「オシャレだから」というより「あの人がそうだから」という理由で、みんな着ていたんだと思う。その先輩に、誰もが盲目になっていた。
その後も先輩は「ド」がつくほどのルーズソックスをはいてきたり、ほぼ坊主みたいなベリーショートで現れたりと、ハイセンスを好き放題やりきって卒業していった。
あの人はたぶん、ジャンヌ・ダルクだったんだと思う。靴下ジャンヌ・ダルク。確か医学部に進学したはず。それもそれでマジ、ジャンヌ・ダルク。今もどこかの街でハイセンスなドクターコートを羽織った先輩が、診察しているかもしれない。
P154
以前、ネット上で「日本一カワイイひらがな」を決めるアンケートなるものを見かけ、こんなに感覚的なアンケートがあっていいのか、と衝撃を受けたことがある。
全体の20%を超える支持を集めた第1位は「あ」で「なるほど、やっぱり下馬評どおり『あ』だったか」―そうは思えなかった自分が悪いのかどうなのか。感覚的すぎてよくわからない。
支持者のコメントに目を移すと、こう書いてあった。
「最初だし、〝愛〟ってことばが好きだから」「このあふれる主人公感!」「主張しているようで調和がある」
……最初だし、なんてアリなの?
自分は「あ」に対して「あふれる主人公感」を感じたことがないので「この」と言われても困ってしまうし「主張しているようで調和がある」という感覚的コメントには、もはやしびれてしまった。
第1位は「あ」だったわけだが、みなさんには第2位がわかるだろうか。「くるんとしていて、なんとなくかわいい」という理由から、第2位には「ゆ」がランクインしていた。
ランキングを見ていくうちに、このアンケートについている、感覚的すぎるコメントがだんだん好きになってくる。
第3位の「ね」は「意味も伝わるし、ね、が最高キュートで強い」から。「最高キュートで強い」という、聞いたこともないパンチラインに加え(45歳男性、マスコミ・広告)という発言者のスペックにも唸ってしまった。
そして第4位に入ってきたのは、まさかの「ゑ」だった。「るん、って感じがするから」と答えた(31歳女性、金融・証券)に会ってみたい。悪い人ではなさそうだ。
さらに第5位の「ぬ」に関しては、確固たる自信をもって選んでいる人もいた。「〝ぬ〟は小学校の時から好きでした。なんでかよくわからないけど。もともとひらがなは好きだったのですが、〝ぬ〟のかわいらしさは別格です」(32歳女性、不動産)
「別格です」と言いきる感覚的根拠の自信。そもそも根拠って感覚的でいいんだっけ?これまたよくわからないが、とにかくこのかたの人生のなかでは別格らしい。
同率5位だった「み」にも、お堅い職種のかたから超感覚的なコメントが寄せられていた。「マ行は基本的にどれもかわいいと思うから」(25歳女性、団体・公益法人・官公庁)
感覚なんて人それぞれ。自由でいいし、まず、このランキングでアンケートをとろうと思った人の感覚が素敵だと思う。もちろん感覚的に。
ちなみに最下位は「れ」だった。そう聞いて「れ」がかわいそう、というか「れ」だってかわいいだろ、と思ってしまった自分もまた、すごく感覚的な人間なのかもしれない。
