夫婦で研究者だと勤務先が他県になることも多かったり、そもそもポストが少なかったり、また独特な大変さがあるのだなと・・・。
P14
生活と研究をおもに回す中で、大変なことは肉体的な健康はもとより、メンタルヘルスを維持することです。我が家の場合、夫は同じ分野の研究者で年齢も同じであり、産前産後の休業期間も、私自身は4カ月、夫は3カ月で、2人同時に復職しています。違うのは業種と所属、家庭責任のレベルですが、競争的獲得資金の申請などで考慮の対象となる休業期間はほぼ同じでも、結果だけ見ると論文数には大きな差が生まれています。本人の能力や携わる業務内容の違いがあるにせよ、日々の子どもの送り迎えや家事などの、休業期間のような記録に残らない時間と労力の差は考慮されることはまずありません。
「夫婦別居で子どもを育てながら研究をしています」というと、日々ままならない私のほうは「大変だね」と言われ、遠方から週末に新幹線で帰省する夫は「偉いね」と言われます。内心、<偉いのは私だが?>と思ったり。「業績が出ないのはしょうがないよ」とも言われますが、何がしょうがないのか。
フィールドワークに行くために、何時間もかけて調査計画を立てたりしないで、「ちょっと何日から何日までどこに行ってくるわ」って言ってみたい。登園登校時間よりも早出して、降園下校時間を気にせず残業したい。送り迎えに費やす時間をそのまま、実験する時間に充てたい。家で本を読んだり、あわよくば論文を書いたりもしたい。何より夜にぐっすり眠りたい。しょうがないと思いたくないし、諦めたくもない。でも体力的に無理。
思うように研究できないこと、研究業績が出せないこと、自分の時間がないこと、絶対に倒れられないこと。これらのおかげで、職場のメンタルヘルスチェックでは「高ストレス状態」しか出たことがありませんが、医師面談を受けても結局、ストレスをなるべく感じないように穏やかに過ごすぐらいしか、できることがないのです。
唯一の救いは、生活と研究との切り替えが気分をリセットしてくれることです。朝、育児で疲弊して、もう嫌だとなっても、出勤したら一人の研究者に戻れ、また一日働いて、行き詰まりを感じても、終業ベルが鳴って階段を降りるときには子どもたちに会うのが楽しみになる。こればかりは<いいだろう?イヒヒ!>と、思わざるをえないわけです。
女性研究者がロールモデルを語る本を読むと、夜中に論文を書いたりバリバリ活躍されていたりするスーパーウーマンばかりで、読んだ後には大概心が萎れます。しかしこれ自体生存者バイアスで、実際の世の中は、もがき苦しみながらも細々と研究を続けている人のほうが多いのではないかと思います。私自身は全く両立できておらず、毎日山盛りの洗濯物の横で寝ていますし、そもそも夜更かしすると子どもへの当たりが強くなるので、22時には寝ます。夕食がマクドナルドのハッピーセットになるときもあります。それで子どもたちがハッピーかは、彼らが大人になったときに聞いてみないとわかりません。
一子に「どうしてうちはばらばらなの?」と聞かれたとき、答えに窮しましたが、「かっか(母)もとっと(父)も、ほかの人ができないことをしているからだよ」と答えました。自分しかできないことをやっているんだという矜持だけが、日々の自分を奮い立たせているようにも思います。同じような境遇の研究者の人も、あるいは研究者でなくとも、仕事を持ちながらワンオペの母親業をしている人も、きっとその人にしかできないことをしているのだと思います。そうしてうまくいかないなりに頑張っている人たちが、報われる社会であってほしいと願ってやみません。
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私とパートナーは、その実、不妊治療や生殖補助医療などは一切受けていません。私たち夫婦そろっていわゆる「血縁」といったものへのこだわりが全くなかったため、養子を迎え入れることについても、単純に子どもを授かるルートが違うという程度にしか考えていませんでした。そして一緒に生活する中で、その考えは間違っていなかったと、日々確信を新たにしています(うちの子めっちゃかわいい!)。
しかし、どうやら養子縁組をするカップルにおいて、このような(不妊治療を一切していない)パターンは珍しいことらしいのです。不妊治療を経て、「最後の手段」の一つとして養子縁組を選択するパターンが多いようです。この点を筆者の研究テーマから見ると、例えば生殖補助医療の進展と、特別養子縁組という社会制度の間には、無視できない関係があるように見えます。
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息子との出会いは、私の人生を一変させました。無限とも思えるようなバイタリティで容赦なく精力的に活動する子どもと真正面から向き合う生活は、とにかく体力的には大変で疲れます。加齢にともない、以前のようには体も動かなくなり、時間もなく、責任も増える一方で、仕事も溜まっていく。日常をこなすだけで精一杯。正直言って、こんなにしんどいこともない。
しかし、それ以上にこんなに素敵で尊い出会いはない。こんなに楽しいこともない。少なくとも現状において、私はこの人生に大変満足しています。最後に一言、やばいうちの子めっちゃかわいい‼
P102
子どもが生まれたのが2010年の1月です。当時、私は42歳、妻は44歳でした。・・・
さて、2011年3月に育休が終わると、妻は福岡に戻らなければなりません。では子どもはどうするか。
まだ1歳ですから、福岡に連れていくとして、妻は大学の教員をしながら一人で子育てができるのか。・・・そこで妻が育休をとっている間に、大学にも相談して、何ができるか考え始めました。
当初、大学に検討をお願いしたのは仕事の軽減でした。人手が足りないのはわかっていましたから、週の半分は出て、授業はやります、ただ、それ以外の仕事は免除してもらって、給料もその分削ってもらっていいです、と。そうすれば、週の半分は私が福岡に飛んで、何とかなるかなと考えたのです。
しかし大学からの返答は、「うちにはそういう制度はない」というものでした。フルタイムで今まで通り働くか、完全無給で育休をとるか、どちらかにしてくれ、と言われたのです。
それならごちゃごちゃ言っても始まらないので、では育休をとりますと返事しました。・・・
無給ですから、完全に主夫です。妻はフルタイムで仕事に戻ったうえに、いろいろな役職もして忙しかったこともあり、本当に、文字通りの主夫になってしまいました。
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朝起きて、みんなの朝ごはんをつくります。・・・子どもを託児所に送って、帰宅して、家の片づけとか掃除・洗濯をして、昼食をとって、晩ごはんの買い物をして、すると、あと1時間くらいでお迎えだなあと……。その繰り返しでした。
妻は帰りが遅いですから、夕方、子どもを迎えにいったあとは一緒に遊んで、晩ごはんをつくって、みんなで食べたり、子どもと二人で食べたり。それから子どもをお風呂に入れて、寝かしつけまですると、夜の8時とか9時になります。じゃあ夜起きていて何かできるのかというと、次の日の朝もまた5時とか6時起きとなると、やっぱり何もできませんでした。
これが毎日、休みなく続きます。土日は土日で、妻は研究会などの用事があり、託児所もお休みなので、子どもと二人、朝からどこ行こうか、と考えて。・・・
じっくり腰を落ち着けて本を読むことも、論文を書くこともできず、研究会にも出られない。しかも福岡に行きましたから、東京で交流のあった人たちともせいぜいメールでやりとりをする程度で、それどころかメールを書く時間もないくらいでした。
すると、完全に孤立しました。女性が育児にかかりきりになって、いろんなものから切り離されてしまい、精神的にもつらくなるというのは、あ、こういうことなのかと、しみじみわかりました。
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女性の場合、家にいるのが当たり前とみなされて、押し込められて大変、というのはあると思います。いっぽう男性の場合はもしかすると、私みたいな状況になっていても、言う先がないのかもしれません。訴える先がない。
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今はたいてい、夫のほうがフルに働くので、家庭を回すには妻のほうが身を削らないといけないようになっていて、それが問題なのはもちろんですが、女性の代わりに男性が家庭に入って同じような思いをするのなら、やっぱり解決にはならない。そういうシステムでやっている以上は、一家に一人しか研究者はいられないし、研究者でなくても、共働きで、両方がそれぞれ納得のいく形で仕事をするのは難しいと思います。
ですから、女性がもっと自由に生きるようになるのとセットで、どちらかにしわ寄せがいくようなこのシステム自体が改められないといけないでしょう。
P134
なぜ「子どもが3人もいる」という無茶な状況で研究者になったのか、書いておかねばなるまい。私は30歳を過ぎてから研究者を志した。子どもが小学校に入学し、心身ともに余裕が生まれたこともあり、かねてから興味のあった言語学を学びたいと思ったからだ。
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・・・修士1年目に第二子が、修士2年目には第三子が産まれ、気づけば三児の母となっていた。時の流れと自然に身を任せ、何の計画も立てずに生きていると、こういうことになるのだ。幸いにも強靭な気力と体力、夫の協力に支えられ、休学せず2年間で修士課程を修めることができたが、ヤンチャな小学生男子が走り回る部屋で、0歳と1歳の子らにタンデム授乳をしながらパソコンを叩いて仕上げた修士論文はそうそう存在しないだろう。内容はともかく、執筆環境には希少価値がある。
その後、運がいいのか悪いのか、博士論文を執筆する前に専任のポジションを得てしまった。そのため、フルタイムで働きつつ3人の子どもを育てつつ、博士論文を書くという真の地獄を経験し、命からがら博士号を取った時には41歳になっていた。この頃の記憶は、ほとんどない。・・・
・・・ちなみに、夫も当時の記憶を喪失しているらしい。
