「奇跡の脳」のジル・ボルト・テイラーさんの本です。
参考になり、書きとめておきたいところがたくさんあったので、一度に読むのは負担かもというボリュームになってしまいました(;^_^A
訳者あとがきに本の全体像が説明されていたので、その部分を初めにご紹介します。
P346
本書には「四つのキャラ」が登場する。それぞれに、脳の解剖学的な根拠がある。スケジュール帳のように几帳面な<考えるキャラ1>(左脳の大脳皮質)、たいていネガティブになってしまう<感じるキャラ2>(左脳の辺縁系)、今ここでの歓喜に浸る<感じるキャラ3>(右脳の辺縁系)、そして、あなたの本質であり、哲学者であり、経営者であり、宗教家でもある<考えるキャラ4>(右脳の大脳皮質)の四つだ。
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現代社会は忙しなく、ストレスの連続だ。それは、<キャラ1>と<キャラ2>に偏った社会だ。実際、子供のころから<キャラ3>が優勢だったテイラー博士自身も、厳しい科学者の競争に巻き込まれてゆき、<キャラ1>と<キャラ2>が優勢になった時期が続いた。脳出血でこのふたつのキャラを失って初めて、能天気な<キャラ3>と思慮深い<キャラ4>の存在に気づき、<キャラ1>と<キャラ2>が復活した後も、あえて<キャラ3>と<キャラ4>を主役にすえた人生を送ることを決めたのだという。
周囲から押し付けられる価値観や評価ではなく、自らの内面の価値観や評価で生きる方が、人は幸せになれる。でも、誰もがテイラー博士のような闘病生活を送らなければ、このような境地に達することができない、というわけではない。誰もが実践できる方法は「脳の作戦会議」だ。
P16
想像していただけると思いますが、私は神経科学者の視点から、自らの脳が系統的に機能停止するのを観察することに魅了されました。左半球への損傷は重篤で、話したり言語を理解したりする能力を失うことが予想されました。さらに、左脳のおしゃべりな「モンキー・マインド」も黙ってしまいました。内なる対話の回路が遮断されたことで、私はまる五週間、しんと静まりかえった脳の真ん中に、ぽつんと立っていました。「私は全体から切り離された個人。私はジル・ボルト・テイラー博士」というような、左脳の自我の小さな声すら失ってしまいました。おしゃべり好きで、ものごとを順序立てて考える左脳がいなくなり、私は畏敬の念を覚えるような「今この瞬間」という感覚に足を踏み入れました。そこはとても美しい場所でした。
外部からの知覚情報を処理する左頭頂葉の損傷があり、言語と「個」の意識もなくなったため、自分の体がどこから始まりどこで終わっているのか、その境界を識別することができなくなりました。私の自己認識は大きく変わりました。自分が宇宙と同じくらい大きなエネルギーの「球」だと感じました。完全に右脳の意識へと移行し、自分の本質は、広大で、まるで音のない幸せに満ちた海を泳ぐクジラのように、魂が自由に飛び回っているような感じ。
脳出血を起こす前の人生で経験していた正常な感情から、安らかな多幸感以外は何も感じない状態になりました。なんだかすばらしいことのように聞こえませんか?たしかにそうなのですが、人生はさまざまな感情を抱くことで、はるかに多様で面白くなるのも事実。・・・
体が完全に回復して、ふたたび水上スキーでスラロームできるようになるまで八年かかりました。その間に、私は恨みや罪悪感や恥ずかしさといった感情回路だけでなく、人生を魅力的にするほかの細やかな気持ちや感情もすべて取り戻しました。負の感情ですら、経験を豊かにし、人生をニュアンスに富んだ、すばらしいものにしてくれます。私は、この一連の体験を『奇跡の脳』という本にしました。
あれから私は、脳の深部に逗留したことで得た、最も有益な洞察、すなわち、「私たちには感情回路を自ら選んでオン・オフする力がある」という実感を探究しはじめました。実際、打腱器で膝蓋腱を軽く叩くと膝を蹴り出すような、神経的反射の根底にあるのと同じ基本原理は、ある感情回路が誘発されて反射的に恐怖や怒りや敵意で反応するときにもはたらいています。
いったん回路が刺激されて感情的な反応を引き起こすと、その感情の元になる化学物質が体中に満ちたあと、血流から完全に洗い流されるまでは九十秒足らず。もちろん、私たちは意識して、あるいは無意識のうちに、感情回路の発動を引き起こした考えを何度も思い出して、九十秒より長く傷ついたり、怒ったり、悲しんだりすることができます。その場合、私たちは神経学的レベルで、感情回路を刺激して何度もくり返し作動させているのです。何度も引き金を引かなければ、化学物質が中和されるのにかかる九十秒後に、感情回路は自然に停止します。私はこれを「九十秒ルール」と呼んでいます。
P25
・・・私はつらい経験を通じて、脳のふたつの半球に分けられた細胞群が四つあって、それぞれがはっきりとした人格を生み出すことを身をもって学びました。神経解剖学的に言うと、この四つの細胞群は、高次な大脳皮質の左右の思考中枢と、低次な大脳辺縁系の左右の情動中枢を作り出しています。私はこれらの人格を「四つのキャラ」と呼んでいます。そして、脳のなかの彼らを理解することが自由への切符なのです。
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いついかなるときも、私たちの脳では、ほぼ三つのことしか起きていません。一、何か考える。二、感情を抱く。三、考えたり感じたりしたことに対して、生理的反応を起こす。この三つの活動は、その機能を実行している細胞たちの健康状態に完全に依存しています。
P40
ふたつの半球の機能の違いの根底にあるのは、独自の方法で情報を処理するニューロンの存在。たとえば、左脳のニューロンは順序だてて機能します。ある考え方を取り入れ、その考え方と次の考え方を比べ、それから、そうした考え方の結果と次の考え方を比べるのです。つまり、左脳には「一つひとつ順番に考える能力」があるわけです。ええと、たとえば私たちは、車のギアを入れる前にエンジンをかける必要があることを理解していますよね。左半球は、ひとつずつ順繰りに処理する名手で、1+1=2のような抽象的かつ順序だった思考を生み出すだけでなく、過去、現在、未来を順に並べることで、時間感覚を与えてくれます。
右脳は、線的に並ぶ順序を生み出すようには作られていません。右半球は、並列プロセッサのように機能し、複数のデータを同時に取り込んで、複雑な経験の瞬間をあらわにします。私たちの右脳は、両半球が影響を受ける記憶に「今ここ」という豊かな厚みを加えてくれるのです。
P60
左脳の<考えるキャラ1>の言語中枢が沈黙したとき、私は他人とだけでなく、自分自身とのコミュニケーション能力も失いました。だれかに話しかけられても、しゃべることも理解することもできないうえに、意味をもった文字や数字を見分けることすらできませんでした。脳出血の前は、左脳に「ジル・ボルト・テイラー」としてのアイデンティティ〔心理学で自分は何者か、という概念のこと。自己同一性〕を作り出す細胞群があったから、自分がだれであるかがわかっていました。左脳の、自我を作り上げているこのような細胞は、私がだれでどこに住んでいるか、好きな色は何かなど、細かい点を山ほど知っていました。私についての情報をすべて把握できるよう、日夜はたらいていました。私、ジル・ボルト・テイラーは、左脳の、自我を作る細胞が「私は存在している!」と告げるからこそ存在していたのです。
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次の章で詳しく取り上げますが、左脳の<感じるキャラ2>を失うことで何よりすばらしかったのは、怒りや恐怖が完全になくなったこと。左脳の過去の記憶が、右脳の今現在の経験に影を落とさなくなったことで、私はこのうえなく幸せな状態に切り替わりました。こうした体験は魅力的かもしれませんが、左脳の<キャラ1>抜きの私は、文字どおり半分しか賢くない状態であり、実生活を正常に送ることはできませんでした(ちなみに、そうした愚かな自分になっているあいだ、そのことに対してなんの不安も感じませんでした)。
リハビリで、左脳の神経回路が機能を取り戻して強固になると、左脳のキャラたちもオンラインに復帰しました。左脳の<考えるキャラ1>は、私の頭のなかを支配してボスに返り咲こうとしました。・・・でも、もう彼女が重視するお金や名声といった外的要因によって突き動かされるのはごめんでした。
生計を立てなければならないことはわかっていましたが、私の右脳は、もっと家庭や友人と深く意義のある絆を分かち合って過ごす、ゆっくりとしたペースの平和な生き方を大切にしました。・・・
P102
理性的な認知機能を備えた左脳の<キャラ1>が、自制心を大切にするのはすばらしいことですが、自分の感情を無視したり、自分が感じたことなんてくだらないと、無視してばかりいると、排水管が詰まったみたいになり、その感情はなんらかの形で噴出します。<キャラ2>の感情的な苦痛には、耳を傾けてもらえなかったり、正当に評価してもらえなかったりすると、身体的な病として表れてしまうほどのパワーがあります。結果として、私たちの心身の健康の鍵を握っているのは、<感じるキャラ2>であることが多いのです。
P110
<キャラ2>は自分を失望させた人につらく当たったり、恨みをもったりすることもめずらしくありません。秘密主義でガードを固くし、それ以上傷つかないように自衛することもあります。また、復讐や誹謗中傷をくわだてるのも得意。自ら招いて孤立した結果、世界に脅かされているという恐怖や絶望感にとらわれることがあります。そのような場合には、<キャラ2>が宇宙の流れとのつながりを犠牲にした細胞の集まりであることを思い出し、その本来の価値に共感し、癒してあげる必要があります。<キャラ2>が外界に向けて恐怖心を爆発させたり、病で私たちを内部崩壊させたりする前に。
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・・・そのふるまいの核心にあるのは、痛みと恐れであることを忘れてはいけません。前にも書いたように、万事うまくいく方法が記されたマニュアルを携えてこの世に生まれてくる人なんていやしません。私たちが自分で<キャラ2>を癒すのであれば、<キャラ2>が現れたときに気づいてあげて、ありのままの姿を愛し、ほかのキャラたちにその欲求に耳を傾けさせ、<キャラ2>に、自分は貴重な存在で、安全なんだと信じ込ませなくてはいけません。これが「四つのキャラ」の力であり、「脳の作戦会議」の目的なのです。<キャラ2>は、脳全体のなかで尊敬されている貴重なメンバーとして扱われると、まわりから応援されていると感じ、作戦会議によって、その反応を段階的に弱めていくことができます。さらに、こうした激しい感情はすべて回路上で稼働している細胞群であるということを知るだけで、意図的かつ意識的に痛みから離れ、そのエネルギーを発散させる戦略がとれるようになります。
P129
前章では、感情を司る左脳の<キャラ2>が、最も基本的なレベルで現在の瞬間に関する情報を取り込んで、その刺激を過去の脅威と比べて現在の安全レベルを決めていることを学びました。一方、右脳の<感じるキャラ3>は、「今、ここ」で処理している情報にもとづいて、独自の方法で現在の脅威レベルを決めます。<キャラ3>は、すべてのものが相互につながっており、世界に存在するあらゆるものの流れのなかにあると認識しています。ですから、目前の脅威が自分の周囲の人や環境におよぶかどうかなど、危険を大局的に俯瞰することができるのです。
P166
・・・ニューバーグ博士とダギリ博士は、有名な研究をおこなっています。僧侶とフランシスコ修道女を対象に、SPECT装置〔微量の放射線を出す薬を飲んでもらい、その検査薬が集まった場所から出る放射線を検知して、脳の活動などを画像化する装置〕を使って、瞑想や祈りの最中に脳内で何が起きているかを調べたのです。そして、わかったのは、永遠のもの、神とのつながりを感じたり、宇宙との一体感を感じたりしたときに、脳の特定の場所が活動的になるのではなく、言語やそのほかの左脳の中枢が沈黙することでした。
P170
・・・<キャラ4>は、すべてがあるべき姿であることに心を開き、気づき、受け入れています。何かを裁くことなく、ただ自分の生きている人生を驚きをもって祝福します。そして、私たちに愛される価値があるだけでなく、私たちが愛そのものであることをほかのキャラたちに教えます。左脳のキャラたちが、右脳の<キャラ4>の全体性に心を開くと、自分には価値がないのでは、という気持ちは瞬時に消えます。私たちは、自分が愛に値しないことと、宇宙の愛であるということを同時に経験はできないから。
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未知なるものへの意識に足を踏み入れる。そのためには、判断やスケジュール、心配ごとを捨てて、今この瞬間を感じるようにすればいいだけ。「どうなっちゃうのかしら」なんて考えず、泥のなかに飛び込んで圧倒的な喜びの感覚を魂から湧き上がらせてください。・・・杓子定規なことや自我や、自分の価値を正当化することから一歩踏み出し、「今ここ」に身を任せましょう。人生は厄介極まりないものですが、ありのままに身を任せ、思い切り暴れてやりましょう。
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<キャラ4>の神聖な意識は、全能であり、あなたの焦点を超えたところにあり、あなた以外のだれもあなたをそこに導くことはできません。あなたは肉体的には孤独かもしれませんが、<キャラ4>はすべての意識に織り込まれた愛なので、孤独を感じることはありません。<キャラ4>は、生命の恵みに感謝し、あるがままを受け入れ、時の流れを楽しみます。
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ビジネスのやり方については、私たちの<キャラ1>は利益を上げたい、<キャラ2>はアイデアや細部をもてあそびたい、<キャラ3>はとにかく楽しいことをしたい、<キャラ4>はより善きことをしたいと考えています。
P183
私は<キャラ4>を「ヒキガエル女王」と、軽やかに、そして情熱的に呼んでいます。女王と呼んでいるのは、まあ、女王様だからですね。彼女は私のなかで、威厳があり、全能の存在とつながっている部分なのですから。ヒキガエルと呼んでいるのは、私がおっちょこちょいで、一年のうち五か月は水上のスイレンの葉、つまり「ブレインウェーブ」(脳波)号という名のボートの上で暮らしているからです。
自分は宇宙の中心であると同時に星屑の一片にすぎないのだから、あまり深刻にならないことが大切だと学びました。私の<キャラ4>は、私の人生以上のもの。彼女は私のなかの偏在する部分であり、永遠の愛のように感じます。
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よく「<キャラ4>のあの空間に自由に戻れるのですか?」と訊かれますが、ほとんどの場合、こちらに住んでいてあちらに出張するのではなく、あちらに住んでいてこちらに出張して来るようにしています。私は<キャラ4>になることも多いのですが、その場合、ほかの<キャラ3、2、1>のスキルや回路を加えて、この世界で生きています。ヒキガエル女王はユングの言葉でいうところの「自己 セルフ」であり、それ以外の意識は、私が人間の生活を送るために使用するにすぎないことは明らかです。
P333
・・・私は、自分の<キャラ4>に心を開き、亡くなった人たちの<キャラ4>の存在を意識して心を開けば、その人たちと簡単につながることができることを学びました。でも、自分の<キャラ2>の痛みに埋没しているときには、感情的な痛みが、先に逝った人たちの存在を感じるのを妨げているかのように、つながりを感じるのが難しくなります。実際、私の<キャラ2>は、私の<キャラ4>が物理的なものを超えた存在とつながる能力を邪魔するのです。自分の<キャラ2>が感じること自体は、悪いことでもなんでもないのですが、たとえ痛みを伴うものであっても、深い感情を楽しみ、味わうことを忘れてしまっては、時間とエネルギーの大きなむだになってしまいます。
