たしかに標準治療ではない道を選んだ話はあまり目にしないもので(先日読んだ山本文緒さんのお話くらいかも?)、それがこの本を書く動機の一つになったそうです。
P12
おそらく、多くの人がそうではないでしょうか。がんが発覚したらともかく抗がん剤治療をする、そして切除手術や放射線治療をする、それが「標準治療」としてこの国では採用されています。がんになる人はたくさんいるし話もよく聞くけれど、「標準治療」以外の選択をした人の話を、私は聞いたことがありませんでした。
帰り道―。
「余命半年かあ。短いな。仕事いっぱいあるのに」
夫は、いつもの飄々とした様子のままでした。
強がっているわけではないことは、夫のことを世界一よく知っている私にはわかります。
「ママ、さよならだね」
泣きじゃくる私をからかうように言いました。私が怒ると、夫は「ハンバーガー食べて帰ろう」と笑いました。
ここから、夫と私のセカンドオピニオンの旅が始まります。
P28
夫はいつくかのセカンドオピニオンを渡り歩くうち、「生き延びることはもう考えない」「抗がん剤はやりたくない」という方向にだんだん気持ちが固まってきているようでした。
「セカンドオピニオンは、もういいかな」
と、医師の意見を聞きに行くのを渋るようになっていました。
でも私はまだほかの可能性に未練があり、伝手を辿ったり情報を集め続けていました。
某大学病院の消化器内科の医師K先生には、知り合いに紹介してもらって病院の外で会うことができました。これまで専門医として何十年も多くのすい臓がん患者を診察し、抗がん剤治療もおこなってきた人です。
・・・
・・・K先生は、
「うーん。僕も、その状態なら旦那さんと同じ選択をするかも」
と呟きました。
「え、そうなんですか?」
知り合いも私も声を上げました。
「すい臓がんはね、本当に難しいがんなんです」
たくさんのすい臓がん患者の現実を見てきたK先生の言葉は重く、心にのしかかりました。
でも同時に夫の選択を応援されたようで、少し心強く感じたのも事実です。
最後のセカンドオピニオンは、すい臓がん手術の腕は日本でトップクラスといわれる某大学病院の消化器外科医です。〝神の手〟のひとりとも評される医師の話をどうしても夫にも聞いてほしくて、渋る夫のお尻を叩いて一緒に行きました。
抗がん剤を入れて、もし効いてがんが小さくなったら手術という標準治療の方針はC病院、がん研有明病院と変わりませんでしたが、
「手術が成功したら、5年生存率は2、3割ですね」
と、ここではじめて「5年生存率3割の可能性」を聞くことができました。さすが〝神の手〟、実績からくる数字なのでしょう。
・・・
・・・「3割だったら挑戦する価値があるかもしれない」と、私の気持ちはグラついてしまいました。なにより医師から手術の腕に自信がある様子がにじみ出ており、対峙しているうちにそれに賭けてみたい気持ちが湧き上がってきたのです。
ところが夫は診察を出た瞬間、断言しました。
「俺は絶対にやらないよ」
「え……?」
「抗がん剤とか手術で痛い思いをしたり、苦しんだりしたくない。俺はやりたいことは全部やってきたから人生になんの後悔もないし、いつ死んでもいい」
夫に一切迷いは見られませんでした。
「絶対にやらないよ」
「そっか、わかった」
夫の強い意志が伝わり、私はすぐに気持ちを切り替えました。
夫の人生は夫のものです。すべて、夫が決めるべきこと。
家族でも医師でも、夫の選択に口を出すことなんかできません。
私にできるのは、夫の選択を受け入れ見守り、支えることだけです。
夫がはっきり決めた以上、私が四の五の言うことはありません。
これほど迷いなく決断してくれた、だから私も心から納得することができたんだと思います。
