マンガなのでとても読みやすかったです。
ここでは文章だけのご紹介になってしまいますが・・・
P220
この本は、僕の20年前の生活を元に描かれています。初めての本がいよいよ出版されるというまさにその時に僕が考えていたことを詰め込んだつもりです。当時はまだ自分の仕事でお金も全く稼げていませんし、1冊目の本はなんとか出版にこぎつけましたが、その後、ずっと本が書けるとも思っていませんでした。それでも、なぜか根拠のない「きっと上手くいく」という確信があったんです。たとえ問題が起きたとしても、シンプルに一つずつ起きた順に対処していけば別に死ぬことはないんだし、大丈夫だと感じていました。それはジムがいたからです。もちろん現実の世界では目に見える存在ではありませんが、僕の中にずっとイマジナリーフレンドのようにジムがいました。何も後ろ盾も味方もいない中、不安で押しつぶされそうになる自分を励ますために、必要に迫られて生まれてきたんでしょう。ジムは今も僕の心の中にいます。いつも二人で生きのびてます。・・・
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20年前、僕はなんとか自分が作るもので生活をしていくことを目標にしてきました。そして、それはジムのおかげで10年で達成できました。そして、僕はジムとこれからどうやっていくのかをよく話しあっています。僕がジムに伝えたのは「これから20年かけて自殺者をゼロにしたい」ということでした。ジムは深く頷き、目標に向けての計画を立てようと答えてくれました。僕とジムの物語はまだまだ終わらないようです。むしろ、これからが本番なのかもしれません。・・・
P93
恭平 ジム、お前といるとなんでもできちゃうような気がするよ。
ジム いい流れです。上手くいかないなと思ってる人は必ず、上手くいくはずのない《やり方》をしてます。
上手くいく人は、上手くいくことしかしません。簡単なことです。《上手くいく》とは、ただ《やり方が合っていた》ということだけなんです。
恭平 なるほど、そっちの言葉のほうが分かりやすいね。さすがだよジム。
ジム ちょっと話は脱線しますが、人は上手くいかなくなると、すぐ才能がないとか、自分はどうしようもないと悩みます。皆さん、自分を否定することが好きですよね。でも、その「自己否定」という《やり方》は間違っています。
恭平 間違った《やり方》?
ジム はい。みんな「自己肯定感」なんて言葉に踊らされていますが、自己肯定も、おかしな《やり方》です。
肯定するってことは、間違っていると分かっているのに、それでもいいやといって肯定する《やり方》です。
そんなのいらないんです。そもそも上手くいってたら《やり方が合っていた》、以上。自己を肯定する必要もありません。
上手くいかない《やり方》を省みず、自分自身を無駄に疑って、怒って、その反動として「自己肯定感」を生み出そうとしてませんか?
自己を否定したり肯定する《やり方》は、事務的に全く間違っています。
自分について考えるなんて、哲学の勉強もしてないのに、簡単にできるはずがありません。
否定すべきは《己》ではなく、己が選んだ《方法》のみである。
恭平 それだと自分を変えずに《やり方・方法》だけを変えれば、いいってことだもんね。
ジム はい、そうすればどんなことも上手くいきます。
P134
ジム 何事もそうですよ。できないって言ってるのは技術的にできてないわけじゃなくて、設定した《事務》の《方法》が間違ってたってだけです。
いつか本を書こうと思っていても書けませんが、明日から5時に起きて1日10枚書くと決めたら、どんな人でも書けるんです。
恭平 なんだよ、興ざめするなあ。オレはつい自分が書くための人間として生まれたと思っちゃったよ。
ジム あんまり自分のことを、そんな風に思わないほうがいいですよ。私はそうは思いません。
自分は褒めるな、自分の《事務》を徹底して褒めろ。逆もまた然り。自分を批判するな、自分の《事務》を徹底的に批判しろ。
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あなたは自分が天性の作家と思った。しかし、私は冷めた目でそんなことないと言うわけです。このように《評価》は見る人によって違いますし、日によっても変わっていきます。
他者の《評価》で気分が変わってしまっては、継続して物事を進められません。いつか筆を折ってしまいます。
ダメな時も良い時も、自分の《事務》を《評価》するんです。
「夜9時に寝るなんて人生を楽しんでない!」と他人から言われたら、怒りますか?
恭平 全く怒らないかも。つまらない人間でもいいですよ、僕は明日また朝5時に起きて、執筆がしたいので帰ります!と、答えると思う。
ジム 落ち込みます?
恭平 いや、むしろ清々しいくらいかも。
ジム なぜか分かります?
恭平 なぜかって?自分の作ったものをけなされると落ち込むのに、《事務》に関しては何を言われても揺るがないのかって?分からないかも。
ジム そうです、正解です。
それが答えなんです。あなたは自分が作ったものが素晴らしいのか、自分に作家としての《才能》があるかどうか、分からないんです。だからこそ人の意見に引っ張られてしまいます。人は分からないってことに恐怖を覚え、その恐怖を取り除きたくなります。でも仕事の本当の《評価》なんて時間が経たないと分かりません。人からなんと言われようと、継続していくことが重要です。《事務》は分からないものを明らかにするのではなく、分からないまま仕事を延々と継続するためにあるのです。
恭平 オレが昨日書いたものを早速ジムに読んでほしいと思ったけど、まずは《事務》をしっかりやって1ヶ月間、毎日執筆してみるよ。
ジム そういうことです。だって、あなたの面白さなんか誰にも分からないでしょう?
というか、分からないところが面白いんですよ。
作家になるために賞をとる、絵を売るためにギャラリーに入る、分かりやすく資格とか取って、いい会社に入って、できるだけ先が見えるようにして生きていく。そんなことして何が楽しいんですか?絶対的な安定をめざす人は、いつかきっと退屈で死にたくなりますよ。
皆さん誤解されてますけど、《事務》は、「冒険」のための道具なんです。「冒険」をはじめない限り、事務なんて存在しないんです。
恭平 ジム、今日は熱いね。おかえり!それでさ、本の出版についてだけど、アートディレクターの角田さんに会ってきた。
ジム どうでした?
恭平 これが予想以上の自由な人でね。もっと言うとよくあれで、デザインの仕事ができてるなってくらい自由な人だった。
ジム その方にも他人には分からない、その方だけの《事務》があるんですよ。いつか教えてもらうといいですよ。全ての自由な人間は「冒険」を恐れず楽しみます。そして「冒険」があるところに《事務》があるはずです。
恭平 自由に振る舞うためにこそ、《事務》があるんだね。
ジム 《事務》は広大なフィールドに線を引くってことですから、何も考えずにルールを守っているような人には、実は《事務》は必要ありません。
