ボブが遺してくれた最高のギフト

ボブが遺してくれた最高のギフト

 3冊目です。あたたかいお話が印象に残りました。

 

P50

 ボブといっしょに停留所でバスを待つあいだ、ぼくは行動計画を立てた。基本的な計算はしておいた。目標は単純に、今日中に電気の供給を取り戻すこと。家の近くのコンビニエンスストアで、残高の確認をしてあった。・・・

 ガスのカードのほうも確認した。こちらの負債はおよそ十五ポンド。何日間か暖房とお湯のある生活を取り戻すには、合わせて二十五ポンドから三十ポンドいる。これが最低限の目標だ。でも、さらに次の目標は木曜日、つまりクリスマス休暇のはじまる十二月二十三日までメーターがとまらないようにすることだった。・・・

 ・・・

 ・・・

 一瞬、ボブと暮らしはじめたばかりのころを思いだした。ある男性が何気なく二百ポンドをぼくにくれたのだ。・・・お札を丸めてぼくの上着のポケットに入れて「これ、どうぞ」と早口で言っただけだった。五ポンド札が何枚かだろう、と思っていたところ、見てみたら五十ポンド札が四枚だった。驚いてその男の人の姿を探したが、もう人ごみのなかに消えてしまっていた。・・・

「今日も二百ポンドくれる人がいるといいよな、ボブ」ぼくは言った。

 ・・・

 ・・・午後も遅い時間になってきて、もうボブをこれ以上寒いなかすわらせておくのはよくない、とぼくは判断した。

「おいで。今日はもう帰ろう」ぼくは言った。帰り仕度をしていると、声をかけてきた人がいた。

「ジェームズ、待って」

 見ると、こちらに向かって中年の女性が走ってくる。何年もぼくたちを支援してくれているジェーンだ。彼女は少し息を切らしていた。

「ずっと探していたのよ。会えてよかった」

 そう言って、彼女はおしゃれなギフトバッグをさしだした。何をくれたのか理解するのに、少し時間がかかった。真っ赤な帽子で、てっぺんにはベルがついている。それに白い縁取りのある赤い上着

「わあ、すごい。これ、ボブのサンタさんの衣装だね」ぼくは言った。

「このあいだお店で見かけて、買わずにはいられなかったのよ」

 ・・・

 我ながらひどい。こんなに思いやりのあるプレゼントを用意してくれる人がいるなんて本当にありがたい、と思う気持ちはあった。でも一方で、ボブとぼくがクリスマス休暇のあいだ部屋を暖めるのに、これはなんの役に立つのだろうと思う自分もどこかにいた。

 ジェーンはひとしきりおしゃべりをして、それからぼくにクリスマスカードをくれた。

「何か必要なものがあれば、連絡してね」彼女は言った。「なかにわたしの電話番号を書いておいたから」

 携帯電話は二週間ほど充電していないこと、この先もしばらくはそのままだろうということを、その場では恥ずかしくて言えなかった。

 ジェーンがコヴェント・ガーデンのほうに戻っていくと、ぼくはカードを開けた。なんとカードには十ポンド札がはさんであった。うれしいのと同時に、先ほど感謝のない思いをいだいたことに罪悪感を覚えた。追いかけてジェーンを探してお礼を言いたい気分だったが、彼女はもう人ごみのなかに消えていた。

 ・・・

 バスに乗ると、今日の稼ぎを数えた。最後のジェーンの寛大なギフトも含め、二十五ポンドあまり。電気を復旧することはできる。それにミルクやパンなどの日用品を少し買うくらいならなんとかなるが、それだけだ。ガスの復旧は無理なので、一週間ぶりの熱いシャワーは、まだお預けだ。ここまで冷たいシャワーでなんとかきた。もう一日ぐらい冷水を浴びても死ぬことはないだろう。

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 ・・・エンジェル駅まで足を引きずりながらたどりつけた。持ち場についてから・・・仕事の準備をはじめる。・・・

 まもなく、よく足をとめて話をするポールが通りかかった。彼は<ビッグイシュー>を買い、五ポンド渡してくれた。ポールはこの日、坊主頭で首にタトゥーを入れている、ごつい男性といっしょだった。

 その男性は、すぐにポールに食ってかかった。

「なんだって、そんなことするんだよ」

「え?」

「五ポンドさ。見てみろよ、この男を。その金でヤクでもやるのがオチだぞ」

「この人はそんなことしないよ」ポールは言った。「自立しようとしているんだ。変なこと言うなよ」

 ・・・

 人によっては、ぼくを信用して手を貸そうとしてくれる。でも、そうでない人もいる。それだけのことだ。

 ・・・うれしいことに、ボブのサンタクロースの衣装は、すぐに人目をひいた。

「ねー、見て。すっごくかわいい」ひとりのアメリカ人観光客が声をあげたのを機に、そのあと数時間ボブは大人気だった。・・・みんな、ついつい足をとめて写真を撮りたくなるのだ。しかもありがたいことにその人たちのほとんどが、雑誌も買ってくれた。・・・

 ・・・

 ラッシュアワーになると、仕事帰りのなじみの人たちが大勢通りかかった。アンジェラという女性は、いつでも熱心にぼくたちを支持してくれるひとりだ。彼女がこちらに向かってくるのが、遠くから見えた。うつむいて元気がなさそうだったが、ぼくたちに気づくと、あっという間に態度が変わり、ほとんど小走りになってこちらに来た。優に七十は超えていると思うので、すごいことだ。

「ああ、よかった。クリスマス前にはもう会えないんじゃないかと思っていたのよ。こんなにひどい天気だし」アンジェラは急きこんで言った。

「今日もいますし、このあとも何日か続けて来る予定です」ぼくは言った。「休暇を生き延びるのに、稼がないとならないので」

「あ、そうそう」アンジェラは急にハンドバッグを探りだした。「あら、どこにいっちゃったのかしら。ここ二週間ぐらい、ずっと持ちあるいていたのよ。会えたら渡そうと思って。あったわ。さあ、どうぞ」そう言って、彼女は白い封筒をさしだした。

 クリスマスカードだ。

「どうもありがとうございます」ぼくは言い、お返しのカードを持っていないのを後悔した。

「クリスマス用に少し入れておいたから。この時期は、大変ですものね」

「アンジェラ、お心遣い本当にうれしいです。ありがとう」

 ・・・

 彼女が立ち去ると、ぼくは我慢ができなくなった。さっそく封筒を開けると、四十ポンドが入っていた。安堵と感謝の入りまじった、不思議な感覚にぼくはおそわれた。こんなに寛大な人がいるなんて。

 ・・・

 アンジェラからもらったお金をコートのポケットにしっかりとしまうと、別のなじみの客が現れた。

「お、仲良しコンビじゃない。クリスマス前に私たちに会いに出てきたのね」彼女は言った。

 彼女も封筒をさしだした。「たいしたことないけど、この時期にあなたたちのことを考えているって、伝えたくて」

 このころには、みんなから自然とほとばしり出てくるようなやさしさに、ぼくはすっかり感動していた。

「すごいよ。みんな、なんてやさしいんだろう。今日、どのくらいの人がカードを渡してくれたか、わからないくらいだ」女性のカードに、十ポンドが同封されているのを見て、ぼくは言った。

「クリスマスって、そういうことでしょう?」彼女は言った。「お互いに思いやりを示すこと。自分たちより恵まれていない人に対してはとくにね」

 そのあとの二時間で、ぼくはさらに半ダースのカードを受けとった。・・・心を動かされたのはお金に対してだけではなかった。カードのメッセージを読んで、何度か涙ぐみそうになったのだ。

 どうやらぼくたちがここに来られなかったあいだにも、大勢の人たちがカードを渡そうとしてくれていたことがわかってきた。・・・

 ・・・

「人生って不思議だよな」ぼくは心のなかでつぶやいた。「二十四時間前には、クリスマス・ディナーにありつくのにシェルターかフード・バンクに行かなくてはならないだろうと思っていた。それなのに、いまは濃厚なキャラメル・プディングのことを考えているんだから」

 ・・・

 ・・・ぼくは本当にうれしかった。そして自分でも意外なほど、感動していた。ぼくたちはエンジェル駅である程度人気があるのは自覚していたが、みんなが、ここまで深い愛情を持っていてくれるとは思ってもみなかった。そのことが、ぼくの感情をゆさぶったのだ。

 なんて恵まれているんだろう。

 クリスマスの飾りで窓が照らされている家の列を眺めながら、ぼくは自分の運のよさを思った。たしかにこれまでの人生には困難も挫折も多く、自ら招いたものも少なくなかった。でもずっと一貫していたことが、ひとつだけある。いつも、思いやりのあふれる人たちがいてくれたのだ。・・・一人ひとりの思いやりのある行動は、ささやかなものかもしれない。でもそれが積み重なって、たぶんぼくの命を救ってくれた。

 ・・・

 アパートメントに帰る途中、ぼくはコンビニエンスストアに寄り、電気とガス、両方に課金した。・・・

 ・・・早く部屋を暖めて、ボブが暖房器の前でくつろげるようにしてあげたい。

 ぼくはミルクとボブ用のおやつを、カウンターに置いた。

「以上でよろしいですか?」レジの男性が訊いてきた。

「あ、ちょっと待って」ぼくはバスの中で決意したことを思いだした。・・・シンプルな季節の挨拶が印字された箱入りのカード・・・ぼくは二箱、手にとった。

「ずいぶんお友だちが多いんですね」清算をしながら、レジの男性が言った。

 何気ない感想で、彼は客に愛想よく声をかけようとしただけだろう。でもぼくは、考えた。

「たしかに、君の言うとおりだ」ぼくは微笑んだ。

 そして走っていって、残りのクリスマスカード四箱をぜんぶつかんだ。

「これももらうよ」

 ・・・

 昨日と同じように、多くの人たちがぼくたちの姿を見て、長らく行方不明だった親戚に再会したかのような反応をしてくれた。

「戻ってきてくれてうれしい。元気が出た」バーナデットが言った。駅から比較的近いオフィスで働いている若い女性だ。

 彼女がひざまずいてボブをなではじめると、ぼくはボックスから白紙のカードを一枚出してこう書いた。

 

 バーナデットへ 素敵なクリスマスを。 ジェームズとボブより

 

 そしてぼくの名前の下にハート、ボブの下にはニコニコ顔にひげと尖った耳を書きくわえた。カードを渡すと、彼女は心から感激したようだ。

「すごくかわいい」彼女は両手で顔を覆い、泣きだしそうに見えた。

「あなたたちに会うの、すごく楽しみなのよ。それだけで、今日はいい日だって思えるの。とくに、あそこで働いてクタクタのときだと」そう言って、オフィスのほうを指した。

 ・・・

 ぼくは五十枚くらいカードを持ってきていた。そのうち、このままいくと足りなくなる、と焦ってきた。それでもぼくの幸せな気分は変わらなかった。突然、いくら稼ぐかはたいした問題ではない、と思えてきた。カードを手渡すのはとても楽しく、みんなの反応もうれしかった。・・・