佐藤優さんが、人生に具体的に役立つと信じる言葉を選び、解説をつけた一冊。
いろんな視点を教えてもらえました。
P46
犬が膝の上に乗ってくるのは親愛のしるし。
猫が膝に乗るのは、そこのほうが温かいから。
P81
組織はリーダーの力量以上には伸びない。
野村克也/日本の野球評論家
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リーダーシップと強引さは、まったく異なる概念だ。部下の気持ちをつかみ、引っ張っていくことができなくてはリーダーになれない。重要なのは部下の意見をきちんと聞くことだが、「言いたい放題」にさせてはいけない。上司が尋ねた質問についてだけ、尋ねられた範囲で部下に意見を言わせるようにすることだ。
上司に突っかかってくるような部下とは、理詰めで議論をする必要がある。その場では部下の主張の方が正しいと思っていても、上司は決して「俺が間違えていた」などと言ってはならない。「君の言うことについてはきちんと受け止めた。こちらでもよく考えてみる」と答えて、2,3日経ってから、部下の意見をふまえた内容を自分の意見として指示すればよい。部下の意見はあくまで参考として聴取するだけで、その判断については自分で行うという態度を貫くことが重要なのだ。部下に事実上の判断を委ねているという印象が広まると、部下はそういう上司を軽く見るようになる。部下から軽く見られるよりは、恐れられている方がいい。
どの組織にも要領のいい人がいる。ただし、こういう人は上司に追従する傾向が強い。追従者に囲まれたリーダーで、長くそのポストにとどまることができた人はほとんどいない。「追従者はリーダーの敵」という認識が重要だ。部下が追従的発言をした場合には、露骨に嫌な顔をする。こういうことを2~3回繰り返せば、部下も追従を言わなくなる。こういう部下には、積極的に質問をして、意見を言う機会をつくらせるのがいい。追従が言えるのはコミュニケーション能力が高い証拠だ。こういう部下が率直に批判的意見を口にするようになるとき、リーダーと部下の間に本物の信頼関係が構築される。この信頼関係が、あなたのリーダーとしての地位を盤石にする。
P132
資本主義の欠点は、幸運を不平等に分配してしまうことだ。
社会主義の長所は、不幸を平等に分配することだ。
P144
我を知らずして外を知るといふことわりあるべあらず。
されば己を知るものを知れる人といふべし。
P156
われわれの人生とは、われわれの思考が作りあげるものに他ならない。
他人と比較してものを考えるのは、致命的な習慣である。
人間は自分が見たいと思うものしか見ない。
事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。
あなたが正しいとき、過激になりすぎてはいけない。
あなたが間違っているとき、保守的になりすぎてはいけない。
驕れる者は久しからず。
『平家物語』
急いで行こうと思ったら、古い道を行け。
タイのことわざ
P199
腹一杯メシを詰め込むのは、人間としてのひとつの幸福である。
青木雄二『ゼニの幸福論』/日本の漫画家、エッセイスト
学生時代までは、幸福や不幸を人生における充実感や自己実現、あるいは恋愛と結びつけて考えていた。このような考え方が甘いということに気づいたのは、ソ連崩壊前後のモスクワでの生活を通じてだった。
ソ連は社会主義社会だったので、生活に必要な最低限の物資は安価に供給されていた。だが、常に入手できるのは黒パン、白パン、ジャガイモ、塩、マッチなどのみ。それ以外の物資は欠乏しており、一般の商店で良質の肉や野菜を入手することは至難の業だった。ルイノックと呼ばれる自由市場では新鮮で良質な肉、野菜、卵、チーズ、牛乳などが売られていたが、ひどく値段が高かった。平均的な収入のロシア人がルイノックで買い物をしたら、3,4日で月給が吹っ飛んでしまうだろう。
私は外交官だったので給与もよく、ルイノックや外貨ショップで買い物をして生活することもできた。だが、それでは皮膚感覚でロシア人の気持ちが理解できないと考え、基本的に現地通貨のルーブルだけで生活するようにした。朝起きると、まず昼食、夕食をどうやって確保するか考える。大衆食堂には国から食品が特別配給されるが、交通の便がよくておいしい大衆食堂は行列が長い。マイナス15度の屋外で1時間待たされ、10分で食事を終えるというようなことになると、家畜の給餌みたいで不幸な気持ちになる。そこで、モスクワ大学の友人に尋ねると、「タクシーがたくさん停まっている大衆食堂を狙え」と言われた。タクシー運転手は、うまくて早く食事ができる場所をよく知っているからだ。ちなみにソ連時代、大衆食堂の食事の値段は国定価格でどこも同じなので、値段について考える必要はなかった。私はウクライナ・ホテルの向かいにタクシー運転手が集まる大衆食堂があることを発見し、そこでよく食事をした。肉がひと切れ入ったボルシチとカツレツ(ミニハンバーグ)を食べながら、「ああ幸せだ」と感じたものだ。
モスクワにいると、1年に2回、強い幸福感を味わう。トイレットペーパーを購入したときだ。ソ連ではトイレットペーパーが大変な欠乏品で、普通のロシア人は新聞紙で尻を拭いていた。トイレットペーパーは紙専門店で半年に1回くらい入荷される。「〇月×日にどの店でトイレットペーパーが販売される」という情報が口コミで数日前に流れると、その日は会社や役所を休んで行列に並ぶ。トイレットペーパーの購入は一人10個までに制限されていた。トイレットペーパーのロールに紙ひもを通し、タスキがけにした「戦利品」を持ち帰るときの幸福感を今でも覚えている。
幸福と不幸について、生活必需品の入手について悩まなくていい日本での暮らしを、私はとても幸福に感じている。
