寂聴さんに教わったこと

寂聴さんに教わったこと (講談社文庫)

 瀬尾まなほさんの文章は、水を飲むようにすーっと読めるなーと思いました。

 それにしても、新しいことをしないとつまらない、と思える98歳・・・すごいです。

 

P160

 5本の連載を抱えた98歳現役作家。体力は衰え、書くスピードも落ちているけれど、まだ筆をおかない。

 そんな中、先生は突然、「何か新しいことでもしないとつまらなくて」と絵を始めることを思いついた。絵の具や筆、イーゼルなど道具も一式そろえて満足そうだ。

「これからは原稿の仕事が来ても、『瀬戸内は画家に転身しましたので、原稿依頼はお受けしておりません』って断らないといけませんね!」と私が言うとまんざらでもなさそうだ。夢は展覧会を開くこと。

 毎日仕事に追われ、その上新しいことを始めようとするなんて。そのエネルギーはどこから来るのだろう。

 ・・・

 私たちはワレモコウを挟んで向かい合って描いた。茎に付いた毛虫のような形のワレモコウの花を描くのは、簡単そうに見えて思いのほか難しい。先生は私の絵を見て「幼稚園児が描いているみたい」なんて言う。

 完成した絵を並べると、どちらもなんとも言えない出来で2人で思わず笑ってしまった。早速、先生と長く親交のある美術家の横尾忠則さんに見てもらうべく、2人の絵を撮影して送った。

 すると横尾さんは、先生と続けている雑誌連載の中で「描いても、恥ずかしいと言って、人に中々見せないものですが、セトウチさんはこうして、写真を撮って堂々と送って下さるその無垢な無邪気さが、見る者の感動を呼ぶのです」と書いてくださった。思わず先生と噴き出してしまった。

 夫には「先生はともかく、まなほの絵も送るなんて普通できないよ、恐れ多くて」と言われた。ど素人だからできることなのか。先生は「その非常識さがあなたの面白いところなのよ。面白いと思うか非常識だと思うかは、人によるだろうけれど」と言う。褒められているのか、けなされているのか複雑な気持ちだ。

 横尾さんに褒められて、私たちは大いに浮かれたが、落ち着いて見返すと、やはりなんとも言えない絵だった。先生は「こんなに下手くそだったなんて自分でもがっかりした」とこぼした。

 でも、夢中になっている時間は充実していて、先生もとても楽しそう。「次は何を描こうか」と2人で絵の話ばかりだ。先生が目標にする展覧会の開催には何枚も描かなくてはならない。先生は「遺作展」なんて言うけれど、生きている間に盛大に開催してほしい。私の絵も隅っこに飾って。