100歳で夢を叶える

100歳で夢を叶える

 何も問題ないから元気、ではなく、手術や怪我があっても元気、なのがすごいなと思いました。

 

P13

 日本には、100歳を超える高齢者たちが9万人もいるという。この数は、なんと60年前までの600倍近くにもなるそうだ。本書は、90歳を超えてなお、日々を活き活きと過ごし、周囲に活力と元気を振りまく素敵な「生涯現役」の鉄人たちにお会いしたレポートである。

 

P80 

 昼下がりのホテルのレストラン。大村崑さんこと「崑ちゃん」は、パリッとしたスーツを着て、秘書を連れて颯爽と現れた。なんと胸には、「元気ハツラツ」と書かれた、あの懐かしい炭酸栄養ドリンクのバッジが輝いている。

 最近、多くのメディアに取り上げられ、そのスリムで筋肉質な肉体を披露している、やがて91歳の「崑ちゃん」を前に、ワクワク感がとまらない。

(開口一番、「崑ちゃん90歳 今が一番、健康です!」とおっしゃる。)

―おっと、昨年末出版されたご著書のタイトルですね。

大村 この本のおかげで講演依頼が殺到していてね。先日スポーツジムで「健康年齢」を測ってもらったら55歳だって。昨年より10歳も若くなっていました。

 でもね、ちょっと前までは、いつも疲れていて、ヨタヨタ歩き、息切れ、動悸、眠りの浅い不健康な老人だったのです。それが86歳で奥さんに勧められて入ったジムに通うようになって、本当に「元気ハツラツ」になったんですね。

 僕はね、小学校2年生のときに左目が弱視になり、さらに左耳を育ての親に殴られて難聴になり、19歳で肺結核を発症し片肺切除、おまけに58歳で大腸がんを患って手術……。ここ20年ほどで「老い」も加わって、不調続きの体になってしまっていたのですね。

―なんと、満身創痍だったのですね。

 ・・・

―・・・「崑ちゃん」にとってジムって何だと思われますか?

大村:はい、火曜日と金曜日の週2回、5年通っています。いわば学校かな?やさしい先生のときもあるし、厳しい先生のときもある。・・・やり始めた当初は3~4回しかできなかったスクワットも、今では、40キロのバーベルを背負って10回スクワットを繰り返すのが1セットとして、基本的にこれを3セット行っています。・・・

 とにかく「筋トレ」のおかげで、今は身も心も元気ハツラツです。僕は86歳から体の大改造をしたのですよ。僕が身をもって証明しているように、何歳からでも体は変えられるし、体が変われば気持ちまで明るくなるのです。

 ・・・

 また、夜中に何度も起きていたのが、寝つきもよくなったし、特にジムに行った日は心地よい疲労感があるから、ぐっすり眠れるようになりましたね。誤嚥もなくなって、食べることも楽しいしね。・・・

 ・・・とにかくよいことづくめですね。90歳で自分史上最高の体になってしまいました(笑)。

 

P139

―・・・ところで、百寿のコンサートもおやりになった実にエネルギッシュな摩耶子先生ですが、70代で大きな病気をなさっておられます。その後も骨折などのおケガもされましたね。

室井:ええ、70代で肺がんを患いました。96歳のときには大腿骨を骨折し、手術とリハビリを余儀なくされました。大腿部もですが、膝のお皿を二度も骨折し、そのおかげで筋肉はこうついているのかなど、自分の体のことを学んだり考えたりすることができたのです。「ピアノを弾き続けたい」という一心で、病気もケガも克服することができましたよ。

 そうそう、95歳で転んで、救急車で運ばれたときは、そばに誰もいなくて、しばらく転んだまま横になって見る空もいいものだなあと思って倒れていたの。「まあ何とかなる」ってね。街の住人が助けてくださいましたよ(笑)。

 ・・・

 私の食の基本的な考え方は、「好きなものを好きなときに好きなだけ食べる」ですね。ピアノを弾くことと同じで、「好きなこと、やりたいことをとことんやる」ことが、ストレスをためずに健康的にいられる秘訣になっています。

 私は、それこそ先に述べた「体調リベラリズム」だと思います。人間は本来自由であるというのが「リベラリズム」なのですが、私のリベラリズムは「体調」です。「体が欲していること」に従うのが私なりの健康法なのです。

 だから、規則正しく、決まった時間に寝て、決まった時間に起きることを誰もが勧めてくれますが、私の「体調リベラリズム」はそういうわけにはいきません。決めるのは、私の体だからです。起きていたいと思っても、体が「NONO」と声をあげ始めたら、起きていられません。逆に、ピアノを弾いているときに、心も体ものっていれば、零時を回っても、鍵盤をたたいていることがあります。寝たいときに寝る、食べたいときに食べる、弾きたいときに弾く、これぞ私の「体調リベラリズム」です。

 

P148

 東京都台東区浅草の「木馬亭」にて、いまも現役で、浪曲の曲師として定席に出ている玉川祐子師匠、御年100歳。

 ・・・

玉川 私はね、いま、一人暮らしだけど、何ひとつ不自由はないね。小そめが時折、稽古をしにやってきて、世話をしてくれるし、月1回の木馬亭での出番もまだある。

 目標はもてないけど、一日一日を大切に生きていきたい。他人に迷惑をかけず、毎日健康でいることが大事だよね。

 ・・・

 身の回りのことも全部自分でこなすよ。掃除、洗濯、食事の支度、買い物、すべてね。たったかたったか、娘時代と同じで、速足で歩けますよ。

 木馬亭に出かけるときは何も食べないね。一日くらい食べなくても死ぬようなことはないよ(笑)。

―すごいですね。そして、師匠の趣味は編み物だとか。

玉川:ええ、自己流だけど、なんでも編めるよ。今度毛糸玉もってきたら編んであげる。椅子のカバー、手袋、靴下、マフラー、なんでもOK。そうそう、これは三味線の「指すり(指掛)」。滑らないように指にはめるもので、買うと1300円もするんだよ。みんなの分も作ってさしあげるんだ。

「やってあげる」んじゃなくて、「させてもらえる」ことが私の幸せなんだよね。

 よく長生きの秘訣を聞かれるけど、あまりくよくよしないことだねえ。つらいこと、悲しいことはもちろんあるけれど、なるべく忘れて、物事をいいほうに解釈すること。それと、感謝の気持ちを忘れないこと。

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 とにかく、人にやさしく。人間は、聖人君子になれるまで頑張ることだね。他人にやさしくすることで、自分も幸せな気分になれるじゃない?それがいいよね。

 

P164

 ・・・誰もが知る登山家であり、日本随一のプロスキーヤーである三浦雄一郎先生を訪ねた。・・・

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三浦:3年前に病を発症して脊椎損傷、後遺症として両脚麻痺、手も少々麻痺してしまいましたが、手術してのち、今は週2回ジムに通い、マッサージや体操をしてリハビリに励んでいます。家でも週3回マッサージをして、3階に住まいがあるので、階段の昇り降りなど、よい運動だと思って頑張っていますよ。

 ・・・

 健康法としては、ウォーキングとストレッチ、早寝早起き、ラジオ体操、バランスのよい食事などの日常生活でやる「守る健康法」はもちろん、負荷をかけたトレーニングである「攻める健康法」があると思っています。あとは随時、病気やケガをしますから、それとの闘いですね。

 実は70歳を過ぎてから、心臓の手術を7度もしているのです。80歳でエベレストを目指したときも準備中に骨盤・大腿骨頸部骨折をし、直前には不整脈手術をしているのですね。まわりからは登山を延期するように言われましたが、信念でチャレンジをし、成功させました。そうそう、何度も死にかけていますから、この年までやってこられたのも、普通では考えられない運のよさが味方しているのも事実ですね。

 とにかく僕は、たとえ病気やケガをしたとしても、治る楽しみがあるじゃないか、と前向きに考えるんですね。

 ・・・

三浦:父・三浦敬三は、・・・99歳でモンブラン山系のバレーブランシュを滑降し、101歳で亡くなるまでスキーをしていましたね。

 驚くべきは、父は90歳から99歳の間に3回もスキーとトレーニングが原因で骨折しているのですが、それも克服して、モンブランの滑降を成功させたこと。とにかく自分が興味をもったものは、道具にも技術にもとことんこだわった人でした。