私は料理で生きていく

私は料理で生きていく 日本の料理界で活躍する女性オーナーシェフ・料理長10人の仕事、生き方、マイルール

 こんなにもたくましい・・・と驚く方ばかりでした。

 

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 食の世界のみならず、各界の世界中のスターやセレブリティがこぞってひそかに訪れる店がある。東京は代々木上原、1日1組限定でおまかせコースを提供するレストラン「エテ」だ。オーナーシェフは、フランス料理の世界で修業を積み、若干24歳で独立した庄司夏子さん。「知名度がない自分がこの先成功するためには代表的な作品が必要」と考えて、独立当初は、今や彼女の代名詞となったバラの花を模したマンゴータルトの販売からスタート。その後、6席の小さなレストランをオープンさせた。庄司さんには「料理にもアートと同じような価値を持たせたい」という目標がある。・・・

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 ・・・女性シェフならではの悔しい思いもしました。オーナーシェフなのに、誰か男性が後ろにいて、お金を払っていると思われるんです。結婚していないのに「旦那が金持ち」とか、「パトロンがいる」「誰かの愛人をやっている」とか、今も言われることがあります。それに「ファッションが好きでチャラチャラしている」という印象を持たれるようで、私がオーナーシェフだというと驚かれます。自分の力でちゃんとやっているのに、悔しいですね。海外だったらそうは言われないだろうな、そんなことを言われる日本ってなんなんだろう、と思います。また、アーティストとコラボしている料理人が少ないので、コラボすると目立って「彼女は本物の料理人じゃない」と言われることもありました。

 でも、もともと一人でいること、理解されないことには慣れているんです。高校ではテニス部のキャプテンをやっていましたし、友達も多かったですが、家庭の悩みだとか、自分の核の部分を共有するのは難しかった。だから、自分の持っている世界観を自分の納得する形でちゃんと表現すればいいと思って、心ない人の言葉は気にしないようにしています。あと、自分を客観視するもう一人の自分がいるので、迷った時は彼女(エテ子さん、と呼んでいます)に聞きます。大切な判断をするときはいつも、エテ子さんに聞いて、自分を冷静に見つめて答えを出します。

 将来は、性別に関係なく料理を仕事にできる人が増えるといいなと思います。人の個性は、100人いたら100通りあるし、男女という2つの枠でくくることはできません。日本では何事においても型に従う傾向がありますが、私自身は、こと人材育成に関しては、一律に型にはめるのではなく、それぞれの個性に合わせた教え方をしていきたいと思っています。店はあくまでも、働く人間のポテンシャルをのばすためのプラットフォームですから。たとえば最近は、うつ病をわずらったことで就職がなかなかできない、という若い子を採用しました。この店を、一人一人が成長するための大切な、そしてインクルーシブな場所にしたいです。

 

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 一流ファッションブランドの店舗が立ち並ぶ東京・原宿~表参道の、大通りの裏にひっそりと佇む、その一帯だけ時計が巻き戻ったかのような古の風情を持つ築70年の古民家。ここが、気鋭の若手シェフ、木本陽子さんのレストランだと聞いて驚く人は多いだろう。おまかせコースの形で提供されるのは、韓国料理のエッセンスを取り入れたフランス料理という、独自性あふれる品々だ。・・・

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 韓国留学を終えた後は、ヨーロッパ各国を巡って食文化を吸収した後、日本で韓国料理の料理教室を主宰するなど、店に属さないフリーの料理人として活動していました。そんな中、今のお店「レストラン イェン」の出資者と出会い、2021年に店をオープン。これからはこの店を盛り立てていき、この店をやりながら出産や子育ても経験したいと考えているところです。昨今の料理業界の問題である長時間労働にも向き合いたく、まだ完全に叶えられてはいませんが「週休2日・1日8時間労働」を目標に店の基盤づくりをしています。

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 ・・・たとえば、ここイェンでは、ディナー営業のみの19時一斉スタートにすることで、数名いるスタッフの始業時間を昼12時とし、勤務時間をできる限り短くしています。始業時間の12時までは寝ていたければ寝ていていいし、上をめざしたければ他の店での研修や勉強に充てればいい。休みも週休2日としていて、もちろん遊んだっていいし、向上心があるなら話題の遠方の店に食事に行ったり、生産地に行ったりすることもできる。つまり、勤務時間はこれまでの料理業界の当たり前よりも短くし、残りは個人にゆだねる形です。調理技術の向上をめざすのなら、自分で努力する必要がありますが、それを誰もが一生すべてのライフステージで行うべきだとは思いません。レストランは、いろいろな人がいろいろな働き方を実現できる受け皿にならないといけないと考えるからです。

 直近の目標としては、まず「週休2日・1日8時間労働」を実現すること。次に、このイェンを運営しながら、子どもを産んで育てることです。もちろん結婚や出産は、たとえばパートナーが望むかどうか、結婚したとしても子どもができるかどうか、といった自分以外の要素に左右されることが多いのですが、私自身としては、シェフを続けながら出産し、赤ちゃんを抱っこ紐で抱っこしながらでもここに立つ覚悟があります。それくらいのことを現場がしないと、世の中の意識が変わっていかないと思うからです。以前、フランスに3ヵ月ほど滞在していた時に、あるレストランで食事をしていたら、シェフの子どもが客席を走りまわっていてびっくりしたことがありました。日本の、特に当店のようなファインダイニングだったら異様な光景だし、叩かれる可能性が高いです。でも、自分が子どもを走らせていても、常連さんが保護者のような温かい目で見守ってくれるような一つのコミュニティーをつくり上げることが、自分の理想です。

 もともとは想像力がありすぎるせいで、石橋を叩きすぎて壊すタイプだったんですが、今は考えるより行動したいという気持ちが強い。あまり人が歩いていない道を歩くことに不安がないわけではないけれど、最終的には「生きていて、ご飯が食べられればどうにかなる」と腹をくくっているので、今は自分の目標に向かって体当たりで突き進みたいです。

 

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 夢中になって希望を抱き、何も知らずに飛び込んだ料理の世界。厨房でともに働くのは男性ばかりで、山本結以さんは少数派であるがゆえの劣等感を跳ね返すようにがむしゃらに働いた。・・・より自分らしい表現ができる場所を求め、リオネル・ベカ エグゼクティブシェフが率いる「エスキス」の門を叩く。ベカシェフから繰り返し伝えられたのは、「食材の声を聴きなさい」という言葉。・・・

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 料理長になる際にリオネルに言われたのは、自分の下で働いている人に対して、「勝手に自分のところまで上がってきなさいという姿勢ではなく、自分が相手の位置まで下がって、手を握って連れて上がってこないといけない」ということ。相手の視点に立って、丁寧に指導する。今はこの意識を徹底しています。厨房は、常にスタッフの入れ替わりがあるもの。・・・チームみんなで成長して、いい料理をつくり上げていきたいと思います。一つの目標に向かってチームで何かを実現するのが好きなのは、小学生の頃からバスケットボールのクラブチームに入っていたからかもしれません。厨房では自分のこれまでの経験や性格が出るものです。

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 ・・・今、さらに具体的な憧れの対象に出会うことができました。それは、セブリーヌ・サグネさん。フランスの一つ星店の料理長を辞めて、新しく自分の店をフランスにオープンするというタイミングで、エスキスに2週間研修に来られていた方です。働く姿を見ていると、「仕事が好きで、人生が楽しいんだ」というのが伝わってきて、胸が高まりました。厨房で豆の皮をむきながら鼻歌を歌っていたり、作業中に目があったらにっこり笑ってくれたりして。一緒に食事に行ったのですが、初めて食べるうどんを、「おいしいねー、おいしいねー」と言って食べてくれて。そんな人間性を含めて、こういう女性シェフになりたいと思ったのです。・・・