それぞれのストーリー

脇道にそれる: 〈正しさ〉を手放すということ

 この辺りのお話も印象に残りました。

 

P97

 ・・・アマゾンの奥地に住む少数部族「ピダハン」のことが思い出される。・・・ピダハンの生活観の特徴が表れているところを少し挙げるとすれば、彼らには宗教がない。数の概念がない。「おはよう」も「ありがとう」もない。左右を表す言葉も色の固有名もない。手近なものを利用するブリコラージュはあっても、技術の錬磨や伝承に関心がない。未来や過去の概念がどうも存在しない。

 ・・・

 ピダハンのような無文字社会では、過去を憂い、未来という幻影に怯えないで済む。常にただいまを生きていくほかないため、見てもいないことや思ってもいないことについて語ることがない。いまここを離れ、時間と空間を分断する必要がないのだ。

 

P128

 なぜか私たちは「相手の言い分を聞く」という、とても単純でいつでも始められることを怠ってしまう。見たくもなければ聞きたくもないことから目を背けさえすれば、いつか問題は解決するのだと思い込んでいる。

 自分が苦しみ、手放せないと思っているストーリーは、他ならない自分が生み出している。・・・

 私が切り離したがるもうひとりの私。・・・

<私の中に存在する「私として表現されている他者」>とは、どういう姿形をしているのか。それを知りたくて三年前、父に二時間あまりインタビューした。これまで生きてきた中で父と会話した総計時間は二時間もないかもしれない。親密な時間をもったことのない間柄であったが、ごく単純に「聞きたいことがあるから時間をとって欲しい」と伝えたら、あっさりと承諾してくれた。

 ・・・

 私が聞いたのは「父にとっての母や子供の存在、つまりは家族とはどういう意味合いを持っていたのか」だった。父のストーリーを尋ねたわけだ。

 私は「自分は被害者だ」というポジションからストーリーを作り上げていた。けれども、父の話を聞いていくうちに明らかになったのは、父もまた自身を「被害者だ」と思っていたことだった。彼にとって、私は親に理解を示さない「加害者」だった。

 そして私にとって最大の発見は、父の人生にとって価値があったのは先立たれた妻であり、子供は重要なキャストではなかったとわかったことだ。

 私は「怒られるのは自分が悪いからだ」と被害者の立ち位置から意味付けし、ストーリーを組み立ててきた。だが、父にしてみれば怒りにそう大した意味はなく、八つ当たりも含め単なる感情の発露でしかなかった。

 話を聞くにつれ、葛藤の源にあった「誤ったことを際限なく繰り返すどうしようもない私」「私が切り離したがるもうひとりの私」は、こちらの勝手な思い込みによって生まれたもので、実際には足場を持たない幻想だったと気づいた。

 家族としてひとつの事実を体験しながらも、それぞれに解釈が違うことを改めて知った。同じ時間を過ごしても異なるストーリーを生きているのだ。なまじ「同じ」と思うから、過度に期待し、依存し、「私は私である」ことに目が向かないのかもしれない。

 

P139

 ・・・社会福祉法人浦河べてるの家」・・・ここは「精神障害」を抱えた人たちの地域活動拠点となってる。・・・この日、私はべてるの家の定例となっている「金曜ミーティング」を見学すべく訪れた。

 建物に一歩足を踏み入れると・・・

 部屋の壁には、べてるの家の理念がいくつも貼り出されている。「安心してサボれる職場づくり」「勝手に治すな自分の病気」というフレーズが目に入って、思わず吹き出した。・・・

 ・・・

 ミーティングが始まると、発表者が話し、スタッフがホワイトボードに発表内容を書いていく。見学者は時にメモを取りながら熱心に聞き入っている。だが常連と思しきメンバーは集中して話を聞くというよりは、隣の人としゃべりながら、部屋を出たり入ったりしながら、後ろを向いてこの場に参加していないようなそぶりを見せながらと、「ながら」で話を聞いている。・・・

 ・・・

「僕の幻聴さんは毎日一〇リットルの水を飲むように言ってくるんです」と、男性は切々と自身の苦労について訴え始める。・・・べてるの家では、幻聴は、さん付けで呼ばれている。幻聴さんを無碍に拒絶し、否定するのではなく、その言い分に耳を傾けて、丁重に扱う。・・・

 彼が発表している途中で男性がやって来て、私の対面の後列に座った。しばらくすると、彼は突然立ち上がり、椅子を振り上げ「どうしてオレの悪口ばかり言うんだ!」と、前に座る男性に向かって怒声を発した。怒鳴られた男性が何か言っていたようには見えなかった。

「爆発」した男性を見るや、はす向かいの女性が怯えて泣き出し、かと思うと、さらにそれを見てゲラゲラ笑い出す人も現れ、思わず「カオスだ」と呟いてしまったものの、怒り、泣き、笑うことのすべてが、話の進行を遮る場違いな態度として微塵も扱われていないことに気づいた。落ち着いた冷静な態度とも違うのだが、話を聞く人たちは、ともかく起きたことのすべてを受け止めているようだ。

「まただ」と言ってほんの少しからかう調子や、「ちょっと、ほら」と椅子をおろさせる促しはあっても、彼を糾弾しはしない。この場がコントロール不能に陥るのではという懸念は見当違いのようで、こうした「爆発」は定例ミーティングの成り行きで生まれる、ちょっとした起伏に過ぎないものなのだろう。気分を変えるような気の利いたことを言う人もいない。あるべきミーティングの形に修正しようとする力がまるで働かない。

 爆発した男性は、向谷地さんに宥められ、別に悪口を言われたわけではないと理解し、落ち着きを取り戻した。遮られた報告がどのようにして仕切り直されるのだろうかと思っていると、今度は発表者に背を向けていた女性がくるりと振り返り、「あんた、自分のことが嫌いなんじゃないの?」とひとこと言い放ち、背を向けた。

 まるで脈絡のない発言に思えた。だが、その言葉を聞いた彼はハッとした表情を見せ、「では、今度はそれについて研究してみたいと思います」と言い終えると、席に戻った。

 予想だにしなかった展開に驚き、ひどく興奮した。この一連の流れに接して、べてるの家が理念とする「苦労を取り戻す」「昇る人生から降りる人生へ」「弱さの情報公開」の意味するところが腑に落ちた。・・・

 私の目前で繰り広げられたのは、ノイズと飛躍だらけでありながら、一流サッカー選手の鮮やかなパスワークにも似た滑らかな「流れ」そのものであり、しかも決してゴールに向かってはいなかった。結果ではなく、ただ流れというプロセスがあった。

 向谷地さんはこう言う。「どんなマイナスなことでも失敗したことでも、それを問題として捉え、解決に向かうのではなく、『それが私たちの中でどういう意味をもって用いられていくか』を大事にしています。なぜならマイナスも失敗もいろんな可能性をはらんでいるからです」