本の中のたべもの、をテーマにしたコミックエッセイ。
言葉への感性が素晴らしくて、文章もかなり楽しめました。
P18
漫画では耽美的な部分ばかりを取り上げて、いかにもエレガントで気高いお嬢様かのように描いてしまいましたが、森茉莉の本当の魅力は「少女のように無垢で、自由で、わがままで、怒りっぽい」部分であると思います。
例えば、『貧乏サヴァラン』の中の「私に常識はあるのか」という章。
友人白石かずこの誕生会にて、大皿に盛られた刺身を楽しみに取っておいた茉莉。しかし残った二切れのうち一切れを、かずこの幼い娘にとられてしまいます。普通の大人であれば笑って許すところですが(というか大皿に載った刺身なのだから誰にとられても文句は言えない)、茉莉は2~3日たっても怒りと悲しみが収まらず、かずことの電話でその不満をぶつけたといいます。〝お嬢様中のお嬢様〟とは思えない所業。
しかし森茉莉が素敵なのは、自身の幼い性格を認めつつ、決して自己否定をしないところ。滑稽に見えるよう書いてはいるものの、「でも茉莉はこうしたかったのよ」「茉莉はこう思ったのよ」という確固たる自信が見えるところ。
「夏の間」という章では、ビスケットやドロップを口の中で溶かしながら眠る(そして口の中がぐじゃぐじゃになる)ことを告白し、「幼児の場合は可愛らしいが、いいお年の、平たく言えば婆さんの場合、惨憺たる間の抜け加減……」と、一度己を下げます。
が、次の瞬間「この世で一番愛すべき、老いたる少女」と自身を評し、自惚れ始めるのです。
強い。
森茉莉の文章は、鋭い視点と耽美的な世界観の中に〝幼い少女の心〟が常に混ざり合っていて、それがとても魅力的に思えるのでした。
P105(漫画の文章部分だけ抜き書きしています)
遡ること1日前…
私が「アレ」をやろうと思ったのは
小鳥来る日 平松洋子
この本がきっかけでした
・・・
それまで私が読んできた
平松さんのエッセイは
人や食べものの声が
にぎやかに聞こえてくるような
イメージだったけれど、
この本は少し違った雰囲気を
まとっているような気がする
なんだか…
表紙を見るだけでまぶしい庭の入り口に
立ったかのように感じるのです
目次を開くと、
懐かしい匂いと
異国の匂いが混ざり合うような
不思議な質感を持った
タイトルが並びます
中でも特に心惹かれた
タイトル
「ライチが連れてくる白昼夢」
・・・
平松さんが初めて
ライチを食べたのは
香港だったそう
当時日本では
まだあまり
見られなかった
ライチ…
「いがいがの硬くてちいさな
茶色の甲羅をぱかっと
はがすと、」
「それこそ
絵空事じみた
乳白色の水晶玉が
現れる。」
「おそるおそる口に含むと、」
「石にも似た
ひんやりつるんと
硬質の舌触り。」
「果肉に歯を立てると、
ぷりっとゆたかな弾力を
従えて、高貴な芳香、
やさしい甘みが
口腔に充満する。」
・・・
平松さんの文章は
食感となってダイレクトに
口の中に滑り込んでくる
感じがする…
「知らないフルーツを
まえにすると、
白昼夢の入りぐちに
立っている気分になる。」
と平松さんは言います
「はじめてのキウイ。
はじめての水蜜桃。
はじめての洋梨。
はじめてのパッションフルーツ。」
「そのたびに夢が開き、
陶酔に招き入れられた。」
ものすごく暑い日に
冷たい水でできた魚が
脇の下通っていったみたい
ひんやり透明で
幻みたいな文章に
心奪われて
しまいました
P146
私にとって本は
心強いお守りのような
気の置けない友達のような
とても尊いのに
それ以上に親しみ深い、
例えようのない存在です