三谷幸喜さんのエッセイ、面白かったです♪
P24
訳あって最近、世界の偉人伝を読んでいる。・・・
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エイブラハム・リンカーン。伝記シリーズの常連である。奴隷解放宣言を行ったアメリカの十六代大統領。伝記に登場する少年時代のエピソードの数々をいちいち紹介はしないが、どれも正直者のエイブラハム少年の心温まる逸話。確かにそれらはいい話だし、リンカーンは立派な人だけど、果たしてこれって読み物として面白いのか。・・・
リンカーンは、かなり足のサイズがデカかったそうだ。これだけで、雲の上の人が身近に感じられる。でも、このことはほとんどの子供向け伝記には書かれていない。実に惜しい。
足がデカいということは、背が高いということ。リンカーンの身長は一九三センチ。歴代アメリカ大統領の中で一番デカい。トランプより三センチデカい。白鵬よりデカい。コブクロの大きい方の人(黒田さん)と同じ。そしてその高身長を利用して、リンカーンはなんと若い頃はレスラーだった。しかも二九九勝一敗。最強である。残念ながら、この面白いエピソードを知る日本の子供はほとんどいない。
P87
その日、僕の演劇人生最大の「事件」が起こった。
「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」の本番中の出来事だ。・・・
シャーロックと兄マイクロソフトのカード対決は、後半のクライマックス。ワトソン(佐藤二朗)が、登場人物全員にトランプカードを一枚ずつ配る。・・・
僕は楽屋のモニターで観ていたが、すぐに異変に気づいた。佐藤さんの芝居がおかしい。とりあえず芝居は続けているけれど、心ここにあらずといった状態。改めて画面を見ると、出演者の持っているカードが、いつもと違う。なんらかの理由で、配られてはいけないカードが配られてしまったのだ。
佐藤さんは(これはまずい)と思ったのだろうが、もう後には引けない。打開策を考えながらも演技を続けるしかない佐藤二朗。他の出演者たちも、カードが異なっていることには既に気付いているはず。誰もが、観客には悟られないように、密かに固唾をのんでいる状態だ。
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・・・その時、ゲームに参加していたヴァイオレット役の広瀬アリスさんが叫んだ。
「ねえ、やり直しませんか」
このままでは芝居が成り立たなくなると判断したアリスさんは、レストレイド警部(迫田孝也)がインチキをしたといういちゃもんを付け、カードを配り直すように要求。そのアドリブに迫田さんも乗り、「私が何をした」と反撃。その間に、佐藤さんがカードを回収。見事な連携プレーだった。
しかし問題はここからだ。集めたカードから本来配られるべきものを選び出さなければならない。テーブルに戻った佐藤さんがカードを広げる。客席からは見えないように、シャーロック役の柿澤勇人さんやハドスン夫人役のはいだしょうこさんが壁となる。だが、なかなか作業が進まない。はいださんに後で聞いた話だが、佐藤さんはずっと小声で「俺は老眼なんだ、俺は老眼なんだ」とつぶやいていたらしい。いたずらに時間は過ぎていく。
その時だった。長年テレビの生放送の司会を務め、突発事態の対応には慣れている八木亜希子さん(ミセス・ワトソン役)が遂に立ち上がったのは。
その時、僕も含めて舞台を見つめるスタッフの誰もが、八木亜希子のスイッチが入る音を聞いたような気がした。
・・・すっと舞台の中央に進み出た。そして役のキャラクターはそのままに、まったく台本にない台詞を口にし、随所で笑いを取りながら場を繋いでいった。それはまるでバラエティー番組の司会者そのものだ。
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やがて広瀬が唐突に「モノマネは出来るか」と八木に質問。それが「私にモノマネを振って」というサインであると瞬時に察した八木は、すかさず「あなたはどうなの」と返した。そこから広瀬十八番のモノマネショーが開始される。
しかしいくらなんでも舞台は十九世紀末のロンドンだ。百歩譲って「ローラだよ」で始まるローラの真似は外国名だから許されても、「そういえば日本には芦田愛菜という女優さんがいるそうね」という八木の強引なフリはいかがなものか。客席は大いに盛り上がったが、この時代、芦田愛菜は間違いなくまだ生まれていない。その間も佐藤は「俺は老眼なんだ」を呪文のように繰り返し、ハドスン夫人役のはいだしょうこは佐藤を励まし、シャーロック役の柿澤勇人はなす術もなくそれを見つめ、そしてマイクロソフト役の横田栄司はなぜか嬉しそうに笑っていた。
突然、業を煮やしたはいだが佐藤からカードを奪い、奥のドアから舞台裏に走った。既に広瀬のモノマネはネタが尽き、八木のアドリブも限界に近づいていた。スタッフの力を借りて正しい順に戻したカードを手に、はいだが帰還。彼女はそれを佐藤に渡し、佐藤は台本に沿ってカードを配り直し、そしてまるで何事もなかったかのように、芝居は再開された。
三時間は要したように思えた。舞台上にいた役者たちには永遠の時間に感じられたことだろう。だが実際は、上演時間はいつもより三分ほど長かっただけだった。
芝居は乱気流に突入した旅客機のように迷走した。しかし俳優陣(とくに女性陣、というかほぼ女性陣)の踏ん張りで、一瞬たりとも途切れることはなかったのである。
ショーマストゴーオン。芝居は続けなければならないのだ。
P95
和田誠さんが亡くなった(二〇一九年一〇月七日没)。
中学生の頃、著作のファンになった。シンプルだけど深いその絵。豊富な映画の知識。「お楽しみはこれからだ」のシリーズは何度読み返したことか。和田さんの絵をひたすら模写した。筆跡まで似せた。
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二十年以上にわたって、お付き合いさせて頂きました。・・・和田さんはまさに僕にとっての「育ての親」だったと言ってもいい。
レミさんがいつかこんな話をしてくれた。
「和田さんはね、丸一日、ホント、一日中ずーっと絵を描いてるの。それで寝る時にね、『ああ、今日もいっぱい描けて、楽しかった』って言うのよ。もうね、和田さんはね、そのくらい大好きなの、絵を描くのが」
和田さん、僕はあなたのようになりたい。