千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話

千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話

 語学オタクだそうですが、語学への好奇心や熱意がほんとにすごいなぁ・・・と思ったところは長くてここに引用するのが難しいのですが、印象に残ったところを書きとめておきたいと思います。

 

P12

 ルーマニアのルの字も聞こえやしない、千葉のどっか。住んでる町には地下鉄は通ってるけども、マクドナルドもなければ牛丼屋も一軒たりとも存在しない。そのクセ、歯医者だけは何でだか四、五軒くらいある陸の孤島みたいなところ。そんな町の片隅にある何の変哲もない家、その二階で俺はほとんどの日本人が理解できないルーマニア語タブレットに向かって叩きつけてる。下の階では両親がふつうに飯とか食ってる。つまり実家暮らし。しかも生まれてこの方三十年、ろくに外の世界に出たことがないんだ。

 いわゆるアレだよ、引きこもりってやつ。生まれついての引きこもり体質。子供部屋おじさんを運命付けられた存在。・・・

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 ・・・俺にとって重要なのは、俺を取り囲む、このどこまで行っても日本って感じの全てについて、ルーマニア語で考えるってことなんだ。日本語でできた俺の世界を、ルーマニア語でゆっくりと捉えなおすってことなんだ。

 まあ、そりゃ役には立たないし、誰のためになるってことでもない。これはただただ俺自身のためにやってるんだ。そしてそれが最高に楽しい。

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 引きこもり時代でも一応バイトはしてたって言ったけど、そのバイトは「ぴあ映画生活」という映画サイトでのバイトだった。毎週土曜日に東京の映画館を回って、入り口で観客に映画の評価を百点満点で聞いたり、感想を聞くって仕事だよ。

 俺はこれを五年くらいやっていた。何とか金を稼げるって以上に、俺にとってはネット以外で唯一社会と繋がる場所で、本当に救われていた。コロナのせいでバイトどころか「ぴあ映画生活」ってサイトそのものが閉鎖されたけど、ここがなければ今の俺はまず間違いなく存在しない。

 バイト中、シネマート新宿って映画館にも行くことがあった。ここは日本における韓国映画の聖地で、アンケートするために待機していると、韓国映画好きな中年女性たちがエレベーターからわんさか出てくる。・・・

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 驚くのは彼女たちが「もう韓国で観てきたんだけど……」って言うことだ。しかも何度も何度もそういう人に会った。・・・

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 俺が深く尊敬するのは彼女たちのこの熱意、知識欲、そして好奇心だ。

 実際はどうか分からないが、ここにおいて彼女たちの韓国映画や俳優たちへの愛は、韓国語って言語にまで突き抜けてるって、そう思えた。別に何に役立つとかではなしに、人生楽しむためにこれをやってるんだって俺にはそう思えたんだ。

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 ルーマニア語を学んでる時、心には彼女たちがいる。「他ならぬ自分のためにこそ人生を生きろ!」ってことを俺に教えてくれたからだ。

 

P91

 ・・・済東鉄腸、華麗なるルーマニア文壇デビュー!

 とか言いながらも、日本で引きこもってるって状況は全く変わらんから、現地にいたならまだしも華麗さなんてのとは程遠い。・・・

 ・・・デビューした後こそ未知の驚きに巡りあっていって、毎日が新鮮だった。

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 まず日本とのデカい違いといえば、職業小説家が存在しない、というか職業小説家という概念そのものが存在しないということだろう。

 ある人に言われたんだが、ルーマニアの出版業界はヨーロッパのなかで規模が最も小さいらしい。日本じゃ小説が売れないと言われて久しいが、ルーマニアはそれ以前に市場規模が小さいゆえに、日本で使われる「売れる・売れない」という尺度が適用できない。

 だから小説を書いて金を稼ぐことはできない。いや、そもそも小説を書いている人のなかで、小説を書いて金を稼ごうと思っている人物がほぼ存在しないの方が正しいか。こういう考え方が全く存在していないんだよ。

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 みんな、小説の外で自分の食い扶持を稼ぎ、余暇に何の心配も気兼ねもなく、ただ書きたいと思う小説を書く。言ってみれば、小説を書くというのは職業ではあり得ない。

 聞いた話だが、村上春樹と並んでルーマニアノーベル文学賞候補であるミルチャ・カルタレスク・・・も大学教授兼小説家らしい。

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 ルーマニアにおいて小説の執筆はお金に繋がらない。つまりは小説という芸術が、資本主義の論理の外に在るということだ。「芸術が金と結託するとクソッタレになる」って古風な考えを持つ俺にとっては魅力的に映るんだよ、ルーマニアは。