ひたすら行き当たりばったり

イラク水滸伝 (文春e-book)

 この姿勢と行動は、なんて面白いんだろうと思いました。 

 

P241

 舟造りは着々と進んでいた。八時頃私たちが工房に着くころには棟梁が仕事を始めている。・・・

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 しかし、この工法は一体何だろう。設計図を作らない。あらかじめパーツをきちんと用意することもない。材を正確に測ることもない。長さ、幅、厚さ、すべてにおいて無頓着である。メジャーはたまにしか使わず、その辺に落ちているカサブを切って、メジャー代わりにあてている。・・・

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「日本の大工はカンナだけでもいろんなサイズのものを何種類ももってるもんだけどな」と山田隊長は呆れる。ここの大工はカンナ自体使わない。なにしろ道具といえば、ジェッドゥーンと呼ばれる手斧、金槌、釘、ノコギリの四つしかないのだ。しかも釘は五センチぐらいのもの一種類。ジェッドゥーンは万能の道具で、鑿やカンナ、金床の代わりにもなる。

 ずっと湿地帯の船大工を雑とか適当と言ってきたが、ちょっとちがうのかもしれない。

 これは「ブリコラージュ」なのだ。ブリコラージュとはフランスの文化人類学クロード・レヴィ=ストロースが提唱した概念で、「あり合わせの材料を用いて自分でものを作ること」とか「その場しのぎの仕事」といった意味であり、文明社会の「エンジニアリング」と対照をなすとされる。

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 船大工たちは働き方もひじょうにランダムである。棟梁が姿を見せず、主任アブー・サジャードは工房に来ていてもスマホをいじってばかりで何もしなかったりする。すると、そこにイトコの大工がふらっと現れ、熱心に船尾の難しそうな部分をコツコツと組み立てる。でも、一時間ほどすると、パタッと手を止め、あとはまるっきり部外者のように、工房の隅に腰を下ろしてぼんやりと舟を眺めている。すると今度は、いきなり主任が猛然と釘を打ち始める。

 各プレーヤーが入れ替わりでソロを披露するようにも見え、なんだかジャズのセッションみたいだ。やりたいときにやりたい人がやりたいことをする。こんな働き方が世の中にあるのかと感心してしまう。

 

P282

 我々のタラーデは十日あまりでほぼ完成した。あれほど適当に造っていたように見えたのに、できあがってみれば三日月のフォルムが惚れ惚れとするくらい美しい。歪みやいびつな部分は見当たらず、すべてがなめらかで絶妙なバランスを誇っている。

 あとはギール(瀝青)を舟の表面に塗るだけだ。アフワールの舟造りがかくも雑なのは、一つには最後にギールを塗るからだ。多少の隙間など問題がなく完全防水が達成されてしまう。ここの人たちはシュメールの時代からそのように舟を造ってきた。いわば、「五千年来の雑さ」なのだ。

 

P432

 ・・・舟を水辺へ移送しなければいけないが、その前にこの敷地から運び出すのが難題だったのだ。三年前、私たちができあがったばかりの舟をここに運び込んだときは十数人がかりだった。金網がちょうど壊れていたところから、舟をうまいこと敷地に突っ込んだ。ところが、その後、金網はしっかり補修されてしまい、同じところから出せない。さらに、金網は敷地をぐるりと囲っており、舟が通れそうなスペースがない。問題は金網だけではなかった。金網の中に高い土壁の塀が築かれ、舟はその中に置かれている。人が通る出入り口はあれど、舟は十一メートルもの長さがあるので、そこを通れるとは思えないのだ。

「どこから舟を出すんですかね?」「いや、わからん」私たちは二人して首をひねった。

 まるで二重の密室トリック。アフワール人はいかにしてこの難問を解決するのか?

 と思いきや、彼らが選んだ秘策は―秘策でもなんでもなくて、行き当たりばったりだった。何も考えず、ただ行動する。

 私たちが「舟はすごく重いから人は最低十人は必要だ」と言うのをアヤド呉用以下誰も真剣に耳を傾けず、集まったのは白熊マーヘル、彼の弟ジャアファル、船頭のアブー・ハイダル、そして私たちのたった六人。しかも白熊マーヘルのピックアップトラックで現場に到着すると、敷地の中にずんずん入って、一歩も足を止めずにいきなり舟を持ち上げようとするので心底呆れた。

 ふつうの日本人や他の国の人なら、まず、舟のところに到着したら、周囲を見渡して、舟をどこから出すのか、見通しをある程度つけると思うが、彼らは何もしないのだ。・・・当然のことながら重くて一ミリも動かない。すると、今度は一人が塩化ビニルのパイプを、別の一人がペットボトルの飲料水を何本か持ってきた。なんと、これらをコロに使うらしい。

 あらためてここの人たちの仕事っぷりには瞠目させられる。まず、やってみる。そして、ダメだとわかって、初めて別の方策を考える。逆算をしないし、見通しも立てない。段取りゼロ。・・・

 中学校の先生であり大学院に通っているアヤド呉用から、読み書きを知らない白熊マーヘル兄弟まで、全員が同じ動き方をしているので、教育や学歴は何も関係ないことがわかる。

 彼らは「行き当たりばったり」という強い哲学を共有しつつも、具体的な発揮の仕方はバラバラ。私たち以外の四人が「上だ!」「下だ!」「右だ!」「左だ!」「タカーノ、そうじゃない!押すんだ!」「いや、タカーノ、ちがう、そっちじゃなくてこっちだ!」とわめき、頭が痛くなる。

 そのうえ彼らは躓きやすい場所で重いものを運ぶのに、みんなサンダル履きだった。・・・

 しかし水滸伝の民は無理やり舟を傾けて、なんとか初めの関門―土壁の塀―を突破。次は金網の狭い隙間ごしに、車を使って上に引っ張り上げるという。車道は一メートル以上も高い場所にあり、舟を引きあげる必要があるのだ。しかも金網のところは段差になっていて、舟の底がひっかかる。

 彼らは流れるような動きを見せるが、それはただ「止まらない」だけで、手順を把握しているわけではない。なにしろ舟と車を結ぶロープがない。誰もそこまで考えてなかったらしい。

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 それからも段差で舟が引っかかるとわかっているのに、誰もそこに板か平たい石を置いて段差を解消することを考えない。車のパワーに任せて引っ張り続けたら、周囲の地面がえぐれて段差がどんどん高くなっていくのは喜劇を見ているようだ。段差があまりにも酷くなって初めて、彼らはテコを使い始めた。

 見切り発車とその場しのぎの連続。さすが水滸伝の人々だ。・・・

 でも、そこには過剰にエンジニアリングと計画性に集中しすぎている日本人が見失っているものがあるかもしれない。・・・

 わあわあ騒ぎながら、優雅な曲線のおかげで極端に掴みにくい舟をなんとか持ち上げたり引っ張ったりしていたら、なんと金網のフェンスを乗り越えてしまった。タラーデの勇壮な三日月型の穂先が樹木の陰から外に出て、真っ先に日の目を見ている。

 今度はタラーデの横板を車の荷台に結びつけて引き揚げる。フェンスの鉄の部分にこすれ、ガリガリという激しい音を立ててタラーデが動く。船底のギールが削られているはずだがこれまた気にする人たちはいない。正午の猛烈な日差しの中、ウォーとかオリャみたいなかけ声を発してひたすら舟を押し上げる。

 しまいに舟は―信じられないことに―敷地の外側にある未舗装の路上に引き揚げられた。二重の密室を脱出してしまったのだ。ひたすら試行錯誤だけで。

「通っちゃったよ‼」と私は嬉しさと可笑しさで大笑いの発作に襲われた。そしてこうも思った。もし日本人だけなら、段取りを考えるだけで何日もかけた可能性がある。いいアイデアが生まれないとか、機械やスタッフの人数が足りないとか安全性に問題があるとか言って、作業そのものが無期延期=中止になっていたかもしれない。

 でもアフワール人はやり遂げた。やった者はやらない者より常にえらい。少なくとも私はそう思う。彼らには脱帽だ。