しあわせ食堂

しあわせ食堂

 たまたま毎日新聞の連載をまとめた本が続きました(さらに西原理恵子さんのマンガ「よりぬき毎日かあさん」も同時に読んでたので、毎日新聞3連チャンとちょっとびっくりしました 笑)

 こちらは夕刊に連載されていた「しあわせ食堂」。

 このカラフルな本、なんだろう?と手に取りました。

 武内ヒロクニさんという方の不思議な迫力のある絵とともに、食べ物にまつわる思い出を多様な方々が語っていて、面白かったです。

 こちらは、三遊亭金馬さんがソース焼きそばについて語る回。天かすとキャベツで作るとは、美味しそうだなぁと思いました。

 

P50

 へへ、私、会長をしてるんですよ。全日本ソース焼きそば愛好会っていう会のね。まあ、ご存じないのも無理はない。だって、会員は私一人なんですから。

 要するに、それくらいソース焼きそばに目がないんで。ソース焼きそばっていえば縁日でしょ。屋台からじゅじゅーっとソースの焼ける音がして、こげたにおいが漂ってくりゃ、すーっとひきこまれる。鼻はぴくぴく。うまそうに誘うんだなあ。ところが、食べてみて、納得したことがない。

 でね、いつだったか、しゃれで全日本ソース焼きそば愛好会をつくったんですよ。日本国中のソース焼きそば屋を一軒ずつ訪ね歩いて、味見する。うまかったら表彰状、まずかったら弾劾書を渡すんです。門口に優、良、可のシールを張ったりね。よっぽど丈夫な胃袋がなけりゃ務まらないって悟って、名ばかりの会になっちゃいましたけど。

 ソース焼きそばとは古い付き合いでね。おやじが東京の森下町で「五銭満腹ホール」って大衆食堂をやってました。ラーメン、ライスカレー、天丼……なんでもあり。ソース焼きそばもありました。肉なんかひとかけらも入ってない。でも、それが僕らの郷愁の味でね。中華の焼きそばは肉やらエビやら高級品が入っていますが、あれは別物。

 金馬流の正調ソース焼きそばのポイントは天かすなんですよ。スーパーで売ってるような天かすのための天かすはダメ。かき揚げの副産物、サクラエビなんかの魚介や野菜のエキスを吸い込んだやつ。その天かすを鉄板にしきつめ、キャベツをのっけ、蒸しそばを置く。脂が溶けだしたら水をさし、湯気が立てば、ふたをして三〇秒ほど蒸す。

 両手に菜ばしを持ち、優しくほぐしていく。ヘラはめんが切れちゃいます。脂がゆきわたり、つやつやしてくれば、ここで塩こしょう。さらにめんを焼き、ソースをさーっと。深い味とは無縁の安物のソースを香りと色づけで。鉄板の上をソースが玉になって駆けまわる。そばをかぶせてやれば、からみつき、抱きつき、吸いとられていく。天かすはとろりと溶け、そばと一体となり、口に入れるや、これが無上のうまさ。

 肉が欲しけりゃ、入れなさい。サラダ油をしきたきゃ、しきなさい。でも、天かすの味を知ったら、そんな無駄はしなくなるはず。実はうれしい話があったんですよ。去年、神田の町内会が夏祭りをやったんですが、そこで金馬流の正調ソース焼きそばの屋台が出まして。やっぱり最高だったね。

 噺家生活六五年、ありがたく喜寿を迎えました。いまの世は幸せだけど、不幸ですよ。私は一二歳で先代の家に住み込み、掃除もするから冬は手がしもやけになる。つらいでしょなんて同情されたけど、一人前の芸人になるまでは歯をくいしばれっておふくろに言われてましたから。ぜいたくできない時代に生まれて、うまいものも知らずに育ちましたが幸せでしたよ。